8.思ったより本物だった
「ゲルトルートがやられたらしいな……」
「ふふふ……奴は悪役令嬢四天王の中でも最弱…」
「婚約者ごときに落ちるとは、悪役令嬢の面汚しよ……」
悪役令嬢連合協議会のランチにお誘いいただいて、食堂の個室に行くと、エミーリア様、ウィラ様、ギネヴィア様がよくわからないことを言っていた。
「……えっと……なんのお話ですか??」
「せっかくですので、お約束のセリフをお願いしていたのです」
もっと表情は冷酷な感じで!と演技指導?していたヨハンナが笑顔で言う。
ぱちくりしていると、ノリノリで〆のセリフを言っていたギネヴィア様に席を勧めていただいた。
ゲルトルート様は、今日は欠席らしい。
これ、流れ的にミハイル様といちゃいちゃランチとかだな!!
ミハイル様、許すまじ…!と思ったけれど、ダンスのレッスンは続けてくださるので、勘弁して差し上げることにする。
「それにしてもあの2人が、さっくり良い仲になるとはなー……
気持ちがすれ違っているだけなのは明らかだったから、2人に何度も忠告したのに」
ウィラ様は鱒の蒸し焼きを2人前分召し上がりながら、「解せぬ」という顔をされている。
「ミハイルはウィラに対抗心があるから、素直になりにくかったのでしょうね。
ゲルトルートの方も、ミハイルのあの態度では、本当は好かれていると言われてもなかなか飲み込めなかったでしょうし」
ギネヴィア様がとりなすようにおっしゃった。
「次はわたくしの番よね。
ウィラと違って、わたくしが婚約解消したい理由は我儘かしらとも思うのだけれど、よろしいの?」
エミーリア様は、少し遠慮がちにウィラ様に訊ねられた。
ん?どういうこと?
「もちろん構わない。
くじで2番を引いたのはエミーリアだからな」
ウィラ様が爽やかに頷かれる。
ええと、ウィラ様には婚約解消を望まれるそれなりの理由があるけど、エミーリア様はそうでもないってこと?
「えっと……エミーリア様は、どうして婚約解消したいのですか?」
ふふふ、とエミーリア様は笑まれた。
「わたくしの婚約者、オーギュスト・コンテ様は本当に素敵な方なの。
年は一つ下で、宰相や大臣を多数輩出しているコンテ侯爵家の次男。
ご本人も成績優秀。
人当たりもよく、見た目も麗しい方で、卒業後は独立して宮廷に出仕されることがほぼ決まっているし、出世間違いなしなのだけれど……」
もともとエミーリア様はのんびり暮らせる次男三男以降を希望されていたそうだ。
伯爵家、侯爵家の嫡子の妻に迎えたいという話もあったけれど、打診の段階で辞退したそう。
侯爵夫人なら出世では!?と思ったけれど、上位貴族の多くは宮廷に高官として出仕しているので、領地管理は夫人の役割となる。
領地管理は、税の徴収や領民の保護だけでなく、領内の産業への投資に他領他国との交渉と、なかなかハードな上に、嫡子の妻となると婚家のあれやこれやにも巻き込まれがちで大変なんだそうだ。
オーギュスト様?がおっしゃったような方なら、希望通りで普通に良縁じゃないですか!
「わたくしは、お年を召した殿方が好きなの!
最低でも40歳……いえ、40歳ではまだ若すぎるわ。
40代後半、できることなら50歳以上、なんなら60代以上でも……!」
エミーリア様は、ぐっと拳を握り、瞳に炎を燃やして主張された。
ええと、これはどういう…?
「エミーリア様は、枯れ専なのです。
一般的には、オジサマ好きと言った方がわかりやすいかもしれませんですね」
眼鏡をくいっとしながら、ヨハンナが解説してくれた。
ギネヴィア様、ウィラ様も諦めたような顔でこくこく頷かれている。
ご本人としては切実な問題らしく、周囲の微妙な反応にぷんすかされている様子は可愛らしいけれど……
「オーギュスト様?と婚約解消されたらどうされるんですか?」
エミーリア様は、よくぞ聞いてくれたとばかりに、にっこにこになった。
「侯爵令息との婚約が解消されたら、伯爵令嬢の私はちょーっとキズモノ感が漂ってしまうわよね?
もう卒業間近だし、私と年齢や家の格が合う未婚の殿方はほとんど婚約者が決まっているわ。
と!い!う!こ!と!は!!」
「……ということは!?」
「後添いよ!
奥様と死別された、お気の毒な紳士に可愛がっていただくの……」
両手を祈るように組んで、うっとりとエミーリア様は、微笑まれる。
見た目クールなくせに、めちゃめちゃドリーミーだなこのお姉さま!!
「いやいやいや……
太鼓腹の脂ぎったおっさんと結婚させられるかもしれないじゃないですか!」
「ふふふ、ぽっちゃりしたおじさまも可愛らしくて大好きなの。
お肌のお手入れをされた方がよろしいのではと思う方もいらっしゃるけれど、そのあたりは、結婚後にわたくしに任せていただければよいのだし。
ちなみにツルツルっとされた方も、なでなでさせてくださるのなら大歓迎よ?
成績優秀者には学院長のツルツルをなでなでする権利が与えられるのなら、もう少し勉強も頑張ったのに……」
……エミーリア様、思ったより本物だった。
脂ぎった太鼓腹のおっさんを「ぽっちゃり」と可愛らしく言い換え、ツルツルピカピカ上等、なんなら学院長をなでさせろとのご発言に、さすがについていけないとみんな視線を泳がせる。
ちなみに学院長は、小柄で太鼓腹、そしてツルツルだ。
福々しい感じの方だけど、女子生徒が憧れるタイプでは全然ない。
「幸か不幸か、デュルクハイム伯爵一家は、末娘のエミーリア様にどちゃくそ甘いのです。
もっと年上の方が良いというエミーリア様をなだめすかして、一つ下のオーギュスト様と婚約させたこともありますし、それがあちらから解消となってしまえば、エミーリア様が納得できる『お気の毒な紳士』が現れるまで、いくらでも待ってくれると思われるのです」
食後の紅茶を啜りながら、ヨハンナが冷静に解説してくれた。
「ミナは、あれだけこじれていたゲルトルートとミハイルの仲をあっという間に取り持ってくれたのですもの。
エミーリアのこともきっとなんとかなりますわ」
ギネヴィア様が優雅に微笑まれる。
そんなこと言われても、イケメン侯爵令息とドリーミーだけど麗しい伯爵令嬢のお姉さまの間に令嬢もどきの私がどう割って入れと…!?
「そうだ。ミナならきっとできる。
そして、私の方もどうにか……」
ウィラ様が、私の両肩にぽんと手を置かれて、うるうる眼でトドメを刺しに来た。
いやだから無理だってばさ!!
ギネヴィア様、なにやってるんすか!?とか言いつつ新章です。
よろしくお願いします!




