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こんなのもう、やだよ!!

「すっぽ抜けたりするかもなので、離れてください!」


 一応警告しておいて、斧を振りかぶる。


 村にいた時、父さんが斧の使い方を教えてくれた。

 腕の力で叩きつけるんじゃなくて、身体をコマのように回転させ、遠心力を斧に乗せると、疲れにくくて効率がいい。


 久しぶりだけど、身体で覚えている通りに斧を振り抜く。


 ばいいんって、斧は跳ね返ってきた。

 手が痺れる。


 一撃くらいじゃどうにもならない。

 そんなことだろうと思ってたけどね!!


 そこからひたすら、斧を振った。


「アルベルトッ

 様ッ

 頑張ってッ

 私もッ

 頑張るからッ」


 リズムをつけて斧を振りながら、アルベルト様に呼びかける。


 じきに額にべったり前髪が張り付き、そのうち汗が流れ落ちてきて手首で拭う。

 村を出てから力仕事をしてなかった手のひらが、熱を持ちはじめる。


 でも、アルベルト様の魔力を吸っている巨大な魔石の光は弱くなったり、また強くなったりと揺らいでいる。


 アルベルト様は頑張ってる。

 まだ助けられる!




 何回振ったのかわからなくなった頃、ぴしっと結界にヒビが入った。


「「「「「おおおおおおお!?」」」」


 周囲がどよめく。


「もうちょいッ!!」


 気合を入れて握り直して、一振り。

 ぴしぴしぴしってヒビが広がる。


「もう一丁!」


 ヒビがぴきぴきっと広がり、急にガシャンガシャンと音を立てて結界は壊れ、消えていった。


「アルベルト様ッ!!」


 駆け寄って、抱き起こす。

 でも、アルベルト様の頭はがくりと落ちた。

 意識はないみたいだ。


「額飾りを外して、床の魔石から離すんだ!」


 ジャレドさんの声が飛んでくる。


「はいッ」


 額飾り、ハーフアップに括った髪の結び目に両端のフックをかけてくっつけてるみたいだ。

 注意して外し、ジャレドさんの方に床を滑らせて渡す。

 しゃがみこんで背中から上半身を抱えるようにし、ぐいぐいと引っ張って外側へひっぱっていく。

 ひょろっとしてるのに、アルベルト様案外重い!!


 ていうか、向こうから引っ張られてるみたいだ。

 床の魔石が、アルベルト様に吸いついてるってこと!?


「ん〜〜〜〜〜〜!!!」


 踏ん張って、気合で引っ張る。


 すぽっと離れた瞬間、床の魔石がふっと暗くなった。

 柱や床の回路をめぐる光も消えて、真っ暗になる。


「よし!!

 装置アパラートから切り離せた!!」


 研究員さん達が、あちこちでライトや魔導ランタンをつけた。

 段差を越え、その先に広げてあった毛布の上に、どうにか引っ張りあげる。


 アルベルト様のマントの下は、いつもの適当なシャツと適当なパンツ。

 夏物だし、そんなに身体を温められるものじゃない。

 かき集められたバラバラのクッションを身体の下に入れて、なるべく楽なように、石の床に体温をとられないようにした。

 意識のない人を仰向けにすると舌で窒息することがあるので、横向きがいいって研究員さんが教えてくれる。


 私も軽くライトをつけて、アルベルト様の様子を見る。


 息はしてる。

 でも、全力を出して、息をつなぐのがやっとという感じだ。


 さっきのギネヴィア様もお辛そうだったけど、全然違う。

 もっと酷い。


 おばあちゃんが亡くなった時のことを思い出した。


 少しずつ弱って、ある日起きれなくなって。

 しばらくしたら、呼びかけても答えなくなって。

 半日くらい、ただ必死におばあちゃんは息をし続けていた。

 頑張って、本当に頑張っても息をつなぐことしかできない。

 そんな風におばあちゃんは見えた。


 最後に一つ、そっとため息をついて、おばあちゃんは息をしなくなった。

 顔色がみるみるうちに土気色に変わって──


 アルベルト様の様子、亡くなる前のおばあちゃんとおんなじだ。

 胸の奥が、きゅううって冷たくなった。


「アルベルト様、起きて!!

 起きて!!」


 必死にほっぺをぺちぺちするけど、うっすら眼を開いて、また閉じてしまう。


「魔石を殿下に!!」


 所長代理が叫ぶ。

 見ると、魔石をざらざらっと放り込んだ書類箱が毛布の傍にあった。


 私が触ると溶かしてしまうので、よれよれになったハンカチで包んで持ち上げ、アルベルト様の手のひらに押し付ける。

 ぎゅうって押し付けるけど、自分からは握ってくれない。

 魔石にもアルベルト様にも反応はなかった。

 

「魔力を吸ってくれないです。

 お薬とか、なにかないんですか!?」


 半泣きになる。


 魔力切れに使える薬なんてない。

 ひたすら休んで体力を回復するしかない。

 そんなこと知ってるのに聞いてしまった。


「外へ移そう。

 ここじゃ手当もしにくい」


「とにかく所長に話しかけて!

 温めて!

 身体を起こした方が呼吸しやすいかも」


 研究員さん達がばたばた動き始めた。


 よいせっとアルベルト様の上体を起こしながら、むぎゅって抱きつく。

 そばにあった柱によりかかるように横座りになって、私の肩にアルベルト様の頭をもたせかけるようにしたら、巧いこと安定した。

 息遣いも少し、楽になったみたいだ。


 でも、アルベルト様の身体はやっぱり冷たくて、いつもみたいに抱き返してくれない。

 その分、多めにむぎゅっとしてくっつく。


「えと! アルベルト様!

 私達、勝ったんですよ。

 ギネヴィア様が、凄い魔法を打って……」


 いつも研究室であれこれおしゃべりしているように、野原で起きたことを話そうとしたら、言葉が出なくなった。


 腕を吹き飛ばされるユリアナさん。

 地に伏す近衛騎士の人達。

 魔羆のあの目。

 泥の地獄へ、引きずり込まれていく魔獣の咆哮。

 力なく横たわり、耳から血を流し続けるヒルデガルト様。


 慌てて、意識から振り払う。


「えっと、えと……」


 なにか、楽しい話がしたい。


 ふと、村の放牧地の風景が浮かんだ。

 もこもこした羊の群れが散らばって、無心に草を食べてる。

 子供の頃、学校が終わると友達と羊を撫でによく行った。

 誰が一番うまく羊の鳴き真似ができるか、競争したりして。


「ああああ!アルベルト様!

 元気になったら、一緒に私の村に行こ?

 なんにもないとこだけど、今の季節だと、いろんな花がいっぱい咲いてて綺麗だし。

 葡萄の花もそろそろ咲くよ。

 花びらはないから地味だけど、甘い、いい匂いがするの。

 あと、例のお祭りするところも、アルベルト様が調べたら、きっと面白いことがわかると思うし」


 学院に慣れるためにいっぱいいっぱいで、村のことを恋しがる暇もなかったけど、ぶわっと懐かしさがこみあげてくる。


「ほんっとなんもないとこだけど、川で釣りもできるよ。

 マスとか釣って、河原で塩焼きにして食べたらすっごく美味しいし。

 瑪瑙とか、綺麗な石を探したりできるの。

 おじいちゃんは、自分で見つけた石をペンダントにしてもらって、おばあちゃんにあげて、おばあちゃんはそのペンダントをずっと大事にしてたの。

 て、前に言ったよね、この話!!!」


 帰りたい。

 アルベルト様と一緒に、村に帰りたい。


「アルベルト様、もう村で暮らそうよ。

 畑やって、美味しいワイン作って……

 畑がやだったら、羊を飼ってもいいし。

 毛刈りも糸紡ぎも、私、上手だって褒められてたの。

 知ってる?

 毛刈りされたての羊って、めっちゃしょんもりした顔になって、めちゃめちゃかわいいの」


 ずっと閉じ込められて暮らしてたアルベルト様は、きっと釣りをしたこともないだろう。

 毛刈りどころか、生きてる羊だって見たことがないかもしれない。


「きっと、父さんや母さんや、村の人も助けてくれる。

 私、一生懸命働くから。

 アルベルト様が好きなお祭りクッキーもたくさん焼くし、絶対絶対、アルベルト様のこと、幸せにするから……」


 私、なに言ってるんだろう。


 元気になって、魅了の問題がなんとかなって、「塔」から解放されたとしても、皇位継承権を持ってる皇弟殿下のアルベルト様が、村で暮らすなんてできっこないのに。


「魔法とか、皇家とか、怖いよ!!

 こんなのもう、やだよ!!」


 気がついたら、叫んでいた。


 ああそうだ、私、ずっと怖かった。


 アルベルト様を一人ぼっちにしてしまった歪んだ魔力も。

 こんな装置に、アルベルト様を縛りつけてた皇家も。


 アルベルト様、なんにも悪いことしてないじゃん。

 なのに、ずっとここに閉じ込められて。

 あげくの果てに──死にかけている。



 このままじゃ、アルベルト様が死んじゃう。



 涙がぼたぼた落ちて、アルベルト様の頬を濡らす。


 眼を拳で拭って、ふと顔を上げると、ジャレドさんがこっちを痛ましそうに見ていた。


 だめだ、考えないと。

 誰もアルベルト様を助けられないんだ。

 私がやるしかないんだ。


 弱々しいけど、まだ息はある。

 病気や怪我とかじゃない。

 ただの魔力切れなんだ。

 普通だったら、寝てれば治るんだ。

 なにか、手立ては絶対ある!!


 私の涙で濡れたアルベルト様の頬を手のひらで拭うと、すうっと、ひんやりする感覚があった。


 濡れてない首筋にぺたぺたと触る。

 やっぱり、すうってする。

 アルベルト様と何度もやった「魔力巡らせ」で、魔力を吸われる側の手みたいな感覚だ。


 魔石から魔力を吸う時でも、他の人と魔力を巡らせる時でも、自分がそうしたいと思わなければ、魔力は勝手に流れないはず。

 なのに勝手に私の魔力が、吸われてる?


 服越しに接している肩とかにはそんな感覚はない。


 肌だ、肌に直接触らないと。

 なるべく広く!!


「直接触ったら、私の魔力が吸われてるみたいなので、ちょっと脱ぎます!」


 研究員さん達の方に向かって叫ぶと、「は!?」と驚かれた。


「い、いや待て! 待て!

 今の所長に魔力を直接吸わせたら、君が持っていかれてしまう!」


 ジャレドさんが慌ててる。


「だって仕方ないじゃない!!

 魔石から吸ってくれないんだもん!!

 むぎゅってしても、冷たいまんまなんだもん!!」


 子供みたいに言い返しながら、アルベルト様を支えたままもがもがとブラウスを脱いで、上は袖なしのシュミーズ一枚になる。

 アルベルト様のシャツもボタンを外してゆるめ、裾から手を入れるようにして背を直接抱き、アルベルト様のほっぺを私の肩に乗せる。

 手首から肩まで、なるべく隙間がないようにしっかりくっつける。


 アルベルト様の腰に脚をからめて、引き寄せた。

 これでもし私の力が抜けてしまっても、どこかが触れ続けてる状態になるはず。

 令嬢どころか村の基準でもめちゃくちゃ行儀が悪いけど、知ったことじゃない。


 冷たい。

 石の像を抱いているみたいだ。

 力がどんどん抜けていく。

 急に頭がくらくらしてきた。

 なんでか、唇がかさかさに乾いていく。


 でも、アルベルト様はほんの少しだけだけど、自分で身じろぎした。


「いけそうです!

 私達を離さないで!

 なにがあっても、絶対に離さないで!」


 ジャレドさんに叫んだけど、舌がもつれた。

 声は、届いてるんだろうか。


 つけっぱなしだった、私の「ライト」が勝手に消えた。


 薄闇の中、身体の芯がしんしんと冷えていく。

 やがて他の人のライトや、カンテラも見えなくなってくる。


 アルベルト様が、深々と吐息をついて私の胴に腕を回してきた。


 よかった。

 やっぱりこれでいいんだ。


 きっと、アルベルト様は助かる。



 かくりと落ちそうになる頭を、傍の柱に預けた。



 だめだ、もうなんにもかんがえられない…………






 不意に、肩を掴まれて揺り動かされた。

 頭の上で、誰かが叫びあっている。

 カンテラ? ライト?

 さかんに動いている光が眩しい。


「ミナは触れるだけで魔石を溶かす!

 ありったけの魔石を持ってきてください!!

 ミナに魔力を吸わせるんだ!」


 意識がふっと飛んで、次の瞬間、首筋に温かいものが押し当てられた。

 にゅるにゅると身体の中に魔力が流れ込んでくる。


 エドアルド様?

 アルベルト様の傍に来ちゃだめなのに……って、おぼろに思ったのを最後に、意識が途切れた。


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☆★異世界恋愛ミステリ「公爵令嬢カタリナ」シリーズ★☆

※この作品の数百年後の世界を舞台にしています
― 新着の感想 ―
[良い点] 動かなくちゃいけない時に動けるミナが、格好いい。 望郷と共に理不尽に泣いているミナが切ない。 [気になる点] >  アルベルト様の腰に脚をからめて、引き寄せた。 …………破廉恥だと思う者の…
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