攻撃こそ最大の防御なりいいいい!!
「いきましょう」
ギネヴィア様が立ち上がって、光のフルーレで地面を指した。
アデル様が、慌てて数式を書いた紙を広げ直しながら寄り添うように立ち上がる。
ギネヴィア様は、低い声で呪文を呟きはじめ、ドーンと魔法陣が出る音がした。
どこ?て眼で探すと、私たちを中心に直径10m以上ある魔法陣が地面に浮かび上がる。
「なんだその魔法陣は!?」
枢機卿鳥が眼を剥いた。
魔法陣は、青と黄色がまだらに光っている緑色。
土と水が最初っから混ざり合ってるみたいだ。
その魔法陣の外縁に沿って、無数の、直径2cmほどの泥の珠が浮かび上がった。
くるくるっと自転して、一回り小さくなる。
「矢を放つのです! あるだけ放つのです!!
攻撃こそ最大の防御なりいいいい!!」
枢機卿鳥にギネヴィア様の邪魔させまいと、ヨハンナが叫ぶ。
比較的雷魔法の被害が浅かった3階から、属性矢も属性付与が間に合っていない素の矢も、枢機卿鳥めがけてびゅんびゅんと放たれる。
いつの間にか枢機卿鳥の後ろをとっていたオーギュスト様が火球を連射しながら、白馬を走らせる。
マクシミリアン様も、負けじと枢機卿鳥の右手へ走りながら攻撃する。
火球は枢機卿鳥の防御結界の死角を抜け、羽根が幾度も飛び散った。
動きが明らかに鈍くなっている枢機卿鳥が、次々と飛んでくる矢と魔法に手こずっているうちに、珠の動きを制御する数式魔法の詠唱が始まった。
緊張でぶるぶる震えながら、アデル様が複雑すぎて迷宮のようになっている数式をエスペランザ語で呟き、ギネヴィア様が復唱する。
泥の珠は、魔法陣の外縁の上を回り始め、どんどん加速していく。
あっという間に、濁流の真ん中にいるみたいになった。
外が見えなくなってウラジミール様と身を寄せ合う。
私たちが立っているところはほぼ無風だけど、外側は凄い風が吹き荒れてるみたいで、なにかぶつかったり壊れてる音がする。
おろっとしているうちに、珠の動きが、ふと斜めによじれた。
濁流は、長い長い縄がくねりながら私達のまわりを回転しているような形に収束していく。
泥の縄は、螺旋を描いて上昇しはじめた。
速い。
「くそッ!?」
枢機卿鳥が雷撃を放ったけれど、バチッと火花が散っただけで動きは止まらない。
意思を持つようにうねりながら天に向かう様子は、泥の龍みたいだ。
ぎゅるるるるっと一度螺旋が縮んで、先端が頭のように太くなる。
「行け! 数式魔法……!
……アデル、この魔法の名は?」
ギネヴィア様は魔法名を叫ぼうとして、アデル様に訊ねた。
名前なんて考えてなかったみたいで、びっくりした顔のアデル様が首を横に振る。
もう名前を考える暇はない。
「水土を舐めるなあああ!!」
ギネヴィア様は叫んだ。
たぶん聞こえた人全員、「え!?それがこの凄い魔法の名前!?」てなった瞬間。
泥の龍は「首」を大きくもたげた。
恐怖で顔をひきつらせ、背を向けて逃げようとした枢機卿鳥のはるか上に到達し──
鞭のようにしなって、上から枢機卿鳥を殴りつけた。
バシイイイン!と凄い音とともに、枢機卿鳥は地面に叩きつけられ、泥の龍は解けて、そのまま地面に降り注ぐ。
と、同時に魔法陣も消えた。
しん、とあたりが静まり返った。
ギネヴィア様は身をかがめ、辛そうに肩で息をしながら、枢機卿鳥の行方をみやっている。
枢機卿鳥は私達から100mほど先、野原の真ん中方向に落ちたように見えたけど……
少し凹んだところに落ちたみたいで、どうなったのかよくわからない。
「あ、ウラジミール様!」
グレイヴを担いだウラジミール様が飛び出すと、暗く垂れ込めていた雲が散っていく空の下、ひょいひょいと駆けていった。
皆、固唾を飲んで見守っていると、枢機卿鳥を見つけたのか、ウラジミール様はグレイヴを構えてそろりそろりと近づいていく。
一閃、グレイヴがきらめいた。
そしてもう一閃。
ウラジミール様は、警戒したまま向こう側に回り込むと、石突の方で突く。
そして、こちらに向かって、片手を天に突き上げてみせた。
「勝ったぞーーー!!!」
エドアルド様の雄叫びが聞こえた。
わああっと本館が湧く。
おーほっほっほっほ!となんか凄い高笑いも聞こえた。
アントーニア様だ!
「勝った……?」
ギネヴィア様は、小さく呟いた。
ほとんど柄しかなくなっていた光のフルーレがふっと消える。
そのままくらっと前のめりに崩れ落ちかけたギネヴィア様を、完璧なタイミングで白馬から飛び降りてきたオーギュスト様が華麗に支えた。
「ギネヴィア殿下!!!」
騎士系の生徒と救護係の腕章をつけた平民の生徒達が1階から飛び出してきた。
救護係なら、エレンも入ってそうだけど、姿が見えない。
「……わたくしはただの魔力切れだから。
向こうに、重傷の近衛騎士が何人も」
駆け寄った皆に、碧色の瞳に戻ったギネヴィア様が震える手で南の方を指す。
フルーレが消えた途端、お顔が一気にやつれ、凄い隈が出ている。
「向かいます!」
救護係は南へ急ぐ。
ギネヴィア様は、私の方を見てなにか伝えたそうに手を動かしている。
思わずギネヴィア様の手を握ると、びっくりするほど冷たかった。
「叔父様を」
私が「はい!」とお返事したのが聞こえたのかどうか、ギネヴィア様は眼を閉じた。
息をつなぐのもやっとという様子だ。
オーギュスト様が、お姫様だっこで抱き上げる。
大きな音がして振り返ると、研究所から緑の信号花火が3つ打ち上げられた。
そしてオレンジの信号花火も3発。
緑は制圧完了、オレンジは救援求むの意味だ。
急がないと!
「オーギュスト様、馬をお借りしていいですか?」
「制服じゃ馬は無理だ。
僕が送ろう」
ギネヴィア様を担架に託すと、オーギュスト様は口笛を吹いて白馬を呼び、先にまたがると私を引っ張り上げた。
踏み台なしで馬に乗るのに慣れてなくて、じたばたしてる私の足を、騎士系の子が押し上げてくれる。
オーギュスト様の後ろに、どうにか横座りになる。
あ、伝令石をつけっぱなしだと、まずいかもしれない。
慌てて外して騎士系の子に渡して、照れてる暇とか1秒もないのでオーギュスト様にがしっと掴まった。
「行くよ」
声をかけてから、オーギュスト様は馬を走らせた。
2人用の鞍ではないので、本気で走らせたら普通に落馬する。
気は急くけど、ゆっくり目の駈歩が限界だ。
右手に延々続く泥の海を見て、何が起きたのかとびっくりしているオーギュスト様に、極大魔法のことやらなにやらざっくり説明した。
月曜の午前中は授業を入れていないオーギュスト様は、急ぎで出したい手紙があったので、馬を借りて麓の宿場町に降りていて、警告信号に気づいて慌てて戻ってきたそうだ。
群れからはぐれた魔獣数体が町の近くまで降りてきてたけど、ギネヴィア様の働きかけで増やしていた警備とオーギュスト様のおかげで、なんとかなったらしい。
すぐに町から救援も来るそうだ。
「危なかったな。
魔獣襲来に臆して逃げたと思われたら、僕の貴族人生、ここで終わりだったよ」
わざと冗談めかしておっしゃる。
「オーギュスト様、めちゃくちゃ目立ってらしたから、そのへんは大丈夫ですね」
白馬にまたがって華麗に火球を連射するオーギュスト様。
ギネヴィア様をキラキラしく抱きとめるオーギュスト様。
本館防衛の指揮をとったエドアルド様より、凄い魔法を打ったリュークス殿下より、最後の気力を振り絞って枢機卿鳥を追い込んだデ・シーカ先生より、みんなの印象に残ってる気がする。
火球は火属性持ちが2番目に習う下級魔法なのだけど、オーギュスト様が使うと普通にかっちょいい。
途中、救護係を追い越し、近衛騎士達が見えてくる。
「すぐ助けが来ます!」と叫んで南へ向かっていると、研究所の方からこっちへ走ってきている馬が見えた。
「ジャレドさん!!」
研究員のジャレドさんだ。
こっちに気づくと、馬を寄せてきた。
「良かった!
ベルフォード嬢、研究所に早く!!
所長が……」
ジャレドさんはなにか言いかけて、オーギュスト様の前で口にしてはまずいことなのか慌てて口を閉じた。
「僕は本館に戻ろう。
君はあっちへ」
なにやら察したのかオーギュスト様は、私が降りるのを手助けしてくださった。
ジャレドさんの後ろに乗り換えるのも、手伝ってくださる。
「あの、エドアルド様に研究所で問題が起きてるみたいだってお伝えしていただけますか?」
たぶんギネヴィア様はしばらくお目覚めではないと思うので、念の為お願いしておく。
「ん、了解」
軽く片手を上げると、オーギュスト様は学院の方へ馬を走らせた。
ヨハンナ「なお、この意味での『攻撃こそ最大の防御』は誤用表現らしいのです(しれっ)」




