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どうかギネヴィアを守ってくれ

「とにかく、皆を地下へ」


 ギネヴィア様は野原に背を向けると、足早に中へ向かわれた。

 先生も生徒も騎士も、皆、ぞろりと動き出す。


「殿下! 皇族、王族の方々だけでも、お逃げいただかねば」


 我に返った副学院長がギネヴィア様に追いすがる。


魔象ラシャガーズだッ!!

 魔象が来るッ!!

 あとッ

 人面鳥アルピュイアの群れもッ」


 転がり落ちるように階段を降りてきた、学院の警備のおじさんが叫んでへたり込む。

 いつの間にか、鐘の音が止んでいた。


 動揺を表にほぼ出していなかった、上位の生徒達の間にも衝撃が広がった。


 魔象というのは名の通り、象に似た巨大な魔獣。

 小さな2階建ての家一軒くらいの大きさがあって、力も強い。

 石造りの建物であっても、魔象にしつこくぶつかられると壊れてしまう。

 だから、帝都の旧市街は分厚い城壁で囲まれているんだけど……


 学院の本館は?

 この建物は、魔象に攻撃されたらどれくらい持つの?

 石造りで見た目は重厚だけれど、窓を大きく取ってるし、魔象の攻撃に耐える強度はたぶんない。


「まさかッ」


 エドアルド様が、バルコニーに取って返し、欄干の上にぽんと飛び上がると野原の向こうの森に双眼鏡を向けた。


 一番近くの魔導騎士団の拠点は帝都だ。

 ここから馬車で3時間弱。

 さっきの緊急信号を見て、すぐ出撃準備に移り、馬を飛ばしたとしても、やっぱり3時間以上はどうしたってかかる。


 私達が本館地下の退避壕に立てこもったとして、魔象などの魔獣がみんな本館にたかったら、3時間も持たない。

 仮に魔獣の一部が本館から街道の方へそれたとしても、魔導騎士団は交戦しながら学院へ向かうことになるし、到着までもっと時間がかかることになる。

 どっちにしても無理無理無理!!だ。


 ていうか、魔獣の群れが下に流れたら、麓の町や村がみんなやられてしまう。

 下手したら、帝都新市街まで魔獣の群れが到達してしまうかもしれない。


「ここからじゃまだ確認できないな……

 あ!武道場の方にまだ生徒がいるッ」


 エドアルド様が大声を上げて武道場の方を指した。


 革鎧をつけ、弓矢とか槍とか盾とかかさばるものを抱えた生徒が数人、こちらに走ってきてるけど、様子がおかしい。

 小さな獣に襲われながら走ってるみたいだ。

 足元にまとわりついてくるのを払おうとしているし、肩先あたりに飛びかかられて矢筒で振り払いながら走っている人もいる。

 足を止めてしまったら、一気に襲いかかられてしまいそうだ。


「ちょっといってきます!」


「ミナ!?」


 エドアルド様に呼び止められたけど、びゃっと階段を駆け下りて、野原を突っ走った。





 武道場まで半分くらいのところで、声が届く距離に入った。


「セルゲイ様!」


 生徒達の中にセルゲイ様がいた。

 みんな、騎士系の生徒だ。


「ミナ!!来るな!!」


 でも、来ちゃったし。


「ライトッ!」


 飛びかかってくるのは魔鼠。

 鼠といっても子犬ほどの大きさだ。

 本物の鼠より大きい分、魔法を当てやすくて助かる。


 ビシバシと魔鼠に「ライト?」を当て、数を削っていくと少し余裕ができた。

 足を噛まれたのかびっこを引いている人を囲むようにして、本館に走る。


 本館の方はようやく動き出して、窓の鎧戸を閉める作業をしている。

 動いている人の中に、ちらっとリーシャが見えたので、きっと「封印」もかけてるんだろう。

 魔象にぶつかられたら、「封印」ごと砕かれてしまいそうだけど、ヘルハウンドとか人面鳥くらいならしばらくは時間が稼げるはずだ。


 怪我人は、1階へ。

 エレンが待ち構えていて、速攻手当してくれてる。

 セルゲイ様と私は2階のバルコニーへ続く階段を駆け上がった。


 追ってきた魔鼠に「ライト?」を当てようと振り返って固まった。

 いつの間にか、バルコニーの周辺に魔鼠が数百匹は集まってきてる!


雷撃フールモ!」


 ファビアン殿下がバルコニーに飛び出してくると、「雷撃」で一掃してくださった。

 範囲を外れたやつは、殿下をおっかけて出てきたカール様が火魔法で焼く。


 野原の方にはまだ魔鼠はいるし、その向こうにはヘルハウンドの群れらしい黒い影が動いてるけど、こっちに来るまでまだ少し間がありそうだ。


 空には暗い雲が垂れ込め、風はほとんどないのに大きく渦を巻くように動いてる。

 エドアルド様の研究室に行く前は、あんなに晴れていたのに。


「ほかに残ってる生徒は!?」


 生徒にもみくちゃにされた名残か、よれよれになってるデ・シーカ先生がセルゲイ様に聞く。


「武道場周辺は俺達が最後です。

 寮や特別教室棟は、わかりませんが」


「わかった」


 デ・シーカ先生は、離れたところにある寮や他の建物を睨んだ。

 人影は見えないけど、たとえば寮で寝込んでいる子がいたら、外からはわからない。

 先生は、めちゃくちゃに嫌そうな顔をし、魔獣が近くにいないことを確認すると、とにかく中に入れと私達を促し、早く扉を封鎖しろと1階に声を張った。


 鎧戸がほとんど閉じられて薄暗くなったホールに入ると、私が飛び出す前よりも、みんな浮足立ってた。


 大階段の下は、ようやく平民の生徒から退避壕へ入る流れになったみたいだけど、あんなところで死にたくないって泣き叫んでる子もいたりで進んでない。

 大階段の途中は、それなりに魔法が使える生徒。

 退避していいのか悪いのか、不安げに顔を見合わせてる。

 騎士系科目の先生達が、倉庫から武器を出してきてるけど、階段の上がり口がごった返してるせいで、武器を扱える人に分配する作業が進まない。


 大階段の上、先生方と上位貴族の生徒達は、とにかく退避壕にという者、まだ馬で避難をと言っている者、こうなったら迎え撃つしかないという者で、喧々諤々だ。

 ギネヴィア様は目を伏せて、なにかを待っている。


 屋上にあがって状況を確認してきたのか、エドアルド様が階段から飛ぶように降りてきた。


「ヘルハウンドの群れ、接近中!

 おそらくあと7、8分で本館に到達します。

 ヘルハウンドに続いてイービルボア、魔羆も来ます!

 森の中、遺跡と野原の中間地点付近にオーガ200体以上、人面鳥同数程度、アラクネ、エキドナなどと魔象確認!

 魔象は30体以上、ひときわ大きな個体もいます!」


「キング・ラシャガーズもいるのか!!」


 どよめきが広がる。


 魔象ラシャガーズはそんなに知能は高くないけれど、キング・ラシャガーズは頭がいい。

 人の気配があれば、執拗に攻撃してくるし、周りの魔獣をうまく使ってくる。


 人面鳥は、立った状態でだいたい人間と同じくらいの高さの大型の鳥。

 頭は人間の女性の頭になっている。

 攻撃魔法を使える人がそれなりにいれば、魔象ほどは怖くはないけど、地上からも空からも攻撃されるとなると、やっかいだ。


 カカッと音がして、中空に「手紙鳥」が現れた。

 ギネヴィア様がぱっと手を出して受け取り、一瞥するとエドアルド様を呼んで、小声で相談しはじめた。

 エドアルド様の表情がみるみる曇る。


 その合間にギネヴィア様は、私をちょいちょいと手招きされた。

 おそばに寄ると、軽く折った手紙を渡される。

 私が読んでもいいの?と眼でうかがったら、頷いてくださったので、慌てて開いた。



------------------------------------

  飛行型はこっちでなんとかする。

  なにをしても良い、生き延びろ。

  ドラゴンはいない。

  きっとなんとかなる。



  ミナ


  愛してる。

  どうかギネヴィアを守ってくれ。

------------------------------------



 走り書きだけど、アルベルト様の字だ。

 胸のあたりが、ぎゅうって縮こまった。


 愛してるなんて、今まで一度も言われたことない。


 嬉しいより、怖いって気持ちが先に立つ。

 アルベルト様、なにをするつもりなの?


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☆★異世界恋愛ミステリ「公爵令嬢カタリナ」シリーズ★☆

※この作品の数百年後の世界を舞台にしています
― 新着の感想 ―
[気になる点] 死亡フラグ立てんなし!ああ、でも、ドラマチックだけどー! [一言] ふあーッ! よくファンタジーもののお話だと、気楽にスタンピートが出まくる昨今ですが、が! 素晴らしい絶望感!緊迫感!…
[一言] ピンチだ!キャーって気持ちと、総力戦だ!ってワクワクする気持ちがない交ぜになったところに 愛してる が来て、うわーーー!ってなってます。アルベルト様やりよる!
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