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幕間 塔の研究室(2)

 というわけで、大神殿で手稿を発見した経緯の詳細から、ヨハンナが訳してくれた内容、無属性魔法こそが光属性魔法ではないかという推測まで、先に説明した。

 「ことわりの龍」の話よりも、無属性魔法=光属性魔法説にアルベルト様はぶったまげ、ヨハンナが言っていたことを思い出しながら、あれこれ説明して、なんでそんな話になったのかようやく把握してもらった。


「無属性が光属性なんじゃないかって話、ブレンターノはなんて言ってたのかな」


「えーっと……

 公爵閣下は、属性の話はあんまり。

 確かエドアルド様は、光魔法の訓練のやり方を整備すれば、今の基準では『平民』とされている者でも、魔獣と戦えたりするんじゃないか、どうして整備しなかったんだっておっしゃってました」


「なるほど」


 アルベルト様は、エドアルド様と同じことを考えてらしたのか幾度も小さく頷いた。


「アルケディアもエスペランザ王国も、高い魔導技術を持っていたのに滅んだだろ?

 俺が研究している魔導考古学では、数百年周期で大陸全体の瘴気の量が変動していて、瘴気の量が増えすぎてどうしようもなくなったんじゃないかって言われてるんだ。

 もしこの推測が正しければ、いつかまた瘴気量が増大し、魔獣襲来が頻発する時が来る。

 そうなってしまったら、いくら皇家の魔力が強大でも追いつかない。

 少しでも身を守れる者が増えるようにできればいいんだが」


「え、そうなんですか??」


 その説明、ものすごく違和感があった。


「村の学校では、皇家がすごい魔力で魔獣を追い払って平和になりました、魔獣はちょこちょこ湧くから注意しないといけないけど、基本、もう大丈夫ですよ的な説明だったんですけど……」


 学院の授業でも、そういう考え方は違うんだってなるようなことは習っていない。


「あー……

 そういう風に教えているのか。

 皇家が瘴気を抑えているわけでは全然ないのになあ」


 そっか。

 ヒルデガルト様のお歌の件で、瘴気に直接干渉する魔法や能力はないはずだってヨハンナが言ってたのを思い出した。


「じゃあ、大暗黒期みたいに、またあっちこっちで魔獣襲来が起きるってこともありえるんですか?」


「普通にありえる。

 そのあたりで魔導考古学に興味を持ったんだが……正直、帝国での研究は遅れてる。

 ヨハンナ嬢の言う『皇家の魔法すごい!』が邪魔になってるんだ」


 アルベルト様は苦い顔をして、ふと時計を見た。


「今日はミナを早めに帰さないといけないな。

 プリズム、やってみるか」


「あ、はい。

 公爵家の馬車、待って頂いてるので……」


 危ない、忘れるとこだった。


 バッグの中から、巾着を出す。

 中身は宝石を入れるケース。

 ぱかっと開くと、柔らかい鹿革のクッションに埋もれるように、新たに作られたプリズム3.0が鎮座している。


「エドアルド様から、魔石を溶かしてしまわないか、先にチェックしてほしいって言われてるので、手のひら出していただけますか?」


「ほむ」


 ひょいと突き出された右手に、ピンセットでケースのすみっこに入ってた、無属性──じゃなくて光属性魔石のかけらをのっける。


 んじーと2人で観察したけど、溶けたりしないようだ。


「そいえば無属性が光属性なら、なんで魔獣から光属性の魔石が出てくるんでしょうね」


「んー……魔石の属性は、魔獣の種類に応じてほぼ決まってる。

 無属性の魔石は、普通の動物が魔獣化した個体からしか出ないんだ。

 動物にも『意思の力』がある程度あって、それが魔石として析出してくるのかもしれないね」


「なるほろ……」


 とか言いつつ、アルベルト様は、おっかなびっくり、プリズム3.0を取り出した。

 前に私が溶かしたものより、一回り小さい。


 判定結果がどうなるのか、ちょっと緊張してきた。


「あ、先端から強い光が出るんで、眼に向けないでくださいね」


「りょ!!」


 アルベルト様がそっと手のひらにプリズムを乗せると、びゃーっと強い白い光が天井に放たれ始めた。


 良かった! アルベルト様、闇属性じゃないみたい。


 みるみるうちに光は天井に広がっていっぱいになり、それでは足りなくて、壁に伸びていく。

 天井から50cmほど下まで光が達したところで、四方に色が現れ始めた。


 赤、青、黄、緑。

 四属性だ!!


 四色に変わった光はなお広がり、壁だけでなく本棚や家具も染めて、アルベルト様がプリズムを乗せている手のひらの高さでようやく止まった。

 ここが測定できる限界なのかも。


「アルベルト様、すごい!!

 四属性なんですね!!」


 私がはしゃいでアルベルト様の方を見ると、アルベルト様は硬い顔をして、天井を見上げていた。


 つられて上を見て、血の気が引いた。


 最初は白い光に満たされていた天井、真ん中にぽつんと黒いものが浮かび上がると、みるみるうちに広がり、白い光の円が塗りつぶされていく。

 黒に変わった円、その真中に今度は白い光が現れて、黒を上書きするように白が広がる。

 そしてまた黒が白を塗りつぶしていく。

 黒と白が互いに相手を侵食しようとしてるみたいだ。


「……なるほど、こういうことか。

 凄いなこのプリズムは。

 俺の魔力は、光と闇の拮抗として在る、ということか」


 アルベルト様は、くしゃっと顔を歪めて、半笑いのような、半泣きのような顔になった。


「これ……

 アルベルト様、闇属性もあるってことです……か?

 あの、闇属性を持ってる人って……」


 エドアルド様は、闇属性持ちは希少なだけでなく寿命をまっとうすることは稀だとおっしゃってた。

 でも、そんなこと口にできなくて、言ってしまったら本当にそうなってしまいそうで、言葉が途切れる。


 アルベルト様は、少し困ったような笑みを浮かべて、プリズムを元のケースにしまうと、「おいで」と私を膝の上に抱き上げた。


 動揺してしまってる顔を見せたくなくて、アルベルト様のこめかみに頬を押し付けるようにひっついた。

 心臓が不穏に、どくどくと高鳴ってる。


 アルベルト様は、私を大事に大事に抱きしめてくださった。

 私もアルベルト様の背に両腕を回す。


「闇属性を持つ者は、短命であることが多い」


 優しい声が、直接私の胸に響く。


「だけどそれは、異常な魔力を持て余して、精神のバランスが崩れやすいからだと思う。

 俺の場合は、叔母上やギネヴィアがずっと支えてくれた。

 お祖父様である先代公爵、伯父上である現公爵も、俺のことを気にかけてくれている。

 研究を通じて、交流してくれる者もいる。

 それに、今はミナがいる」


 アルベルト様は、少し身体を離して、私の眼をまっすぐ見た。


 深い藍色の瞳に、金の粒がきらめいている。

 本当に夜空のよう。

 吸い込まれそうになる。


「ミナがいるから、俺は大丈夫だ」


 にゅふって、いつものように笑ってくださる。


 でも、どうしても、いつものように一緒に笑えない。

 油断すると泣いてしまいそうで、口をへの字に結んだまま、こくこく頷くことしかできない。


 アルベルト様は、もう一度私をぎゅーっと抱きしめて、背中をぽんぽんしながら、耳元に「大丈夫だから」とおっしゃる。

 また身体を少し離して眼をあわせ、笑んだまま私の頬にキスしてくださった。


 そんな風にされたら、大丈夫だと信じるしかなくて、もっかいこくりと頷く。


「プリズムの判定結果は、ミナが見た通りにエドアルドに報告してくれるかな。

 俺が『ヨハンナ嬢の解釈を支持する』と言っていたと伝えてほしい。

 それにしても、このプリズムは素晴らしい。

 うまく使えば、帝国の魔力のあり方が変わるだろう」


「……はい」


「今日はもう帰って、早く寝なさい。

 ギネヴィアには……判定結果も含めて、ミナからはなにも言わなくて良いから」


「アルベルト様……」


 なんか、しなきゃいけないと思うのだけど、頭が全然回らない。

 なにか、アルベルト様のためにできることがあればいいのに、なにも思いつかない。


 もしかしたら、ある程度はこういう結果を予測されていたかもしれないけれど、きっとアルベルト様の方がショックが大きいのに。


「ほらほら。

 よい子のミナは、早くねんねだ。

 明日から、また学校だろう?」


 アルベルト様は子供に言い聞かせるように言って私を立たせると、瓶底眼鏡をかけた。

 「手紙鳥」をジャレドさんに送って返事を受け取ると、珍しく階段の下まで、手を繋いで一緒に降りてくれる。


 人払いをした1階は無人だ。

 でも、主塔のエリアから、アルベルト様は踏み出さない。

 じゃあここで、と促されて手を離し、私一人で馬車の方に向かう。


 何度も振り返ってしまった。


 アルベルト様は、その度に大丈夫だとにこにこ頷いてみせ、私が馬車に乗り込み、窓から姿が見えなくなるまで、手を軽く上げて見送ってくださった。


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☆★異世界恋愛ミステリ「公爵令嬢カタリナ」シリーズ★☆

※この作品の数百年後の世界を舞台にしています
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