幕間 塔の研究室(1)
そのまま公爵家でお世話になって、日曜の午後、公爵家の馬車で学院に戻った。
馬車が公爵邸の敷地を出る前にヨハンナは私を枕代わりにして爆睡しはじめ、エドアルド様の「ウィラ様大好きトーク☆春のパレーティオ辺境伯領編」を3時間聞いているうちに、夕方に学院に着いた。
2人は学院で降り、私は魔導研究所まで乗せてもらう。
護衛の方に、「ここで待機し、学院までお送りします」と言われて困ったけれど、「閣下の厳命なので」と押し切られてしまった。
珍しく馬車で来た私にちょっと戸惑っている守衛さんに会釈をして、とにかく研究室に向かう。
革製の書類挟みを抱えて、階段を2段抜かしで駆け上がると、扉が見えたところでアルベルト様が飛び出してきた。
「ミナ!
大丈夫なのか!?
ギネヴィアが『手紙鳥』で、ミナが枢機卿に怪我させられたって……」
残り2、3段のところで、むぎゅうっと抱きしめられた。
あ、そういえば怪我のことは、こっちからは特に言ってなかった。
「腕を掴まれてちょっと痛かったですけど、もう大丈夫です!」
私からもむぎゅーってして、からまりあったまんま研究室に入り、いつものソファに座る。
着く時間を「手紙鳥」で知らせていたせいか、ミントとスライスしたオレンジを入れた水差し、お茶請けのサンザシの小皿が並んでいた。
「掴まれたとこ、見せて」
アルベルト様に右手を取られる。
やばってなったけど、半袖だし隠しようがない。
痛みはほとんどなくなったけど、赤黒い痣や引っかき傷は残っている。
まあ、そのうち消える傷だけど。
「これ、『ちょっと痛かった』じゃないだろう……
許すまじ枢機卿……」
私の制服の袖をまくりあげたアルベルト様は、思いっきり眉を寄せた。
「結局プレシーの次男の件も、枢機卿だったそうだぞ」
「え、どゆことです?」
「エレン・ヴィロンが次男を診たら、一箇所、脳の血管がねじられて詰まってるところがあったそうだ。
知っている者が非常に限られる、特殊な魔法でそういうことができる」
そんな魔法があるんだ!
でもそんな変な魔法、なんでわざわざ作られたんだろう……
使い所が狭すぎる。
「それで改めて調べたら、プレシーの次男が倒れた直後、同室の者が医者を呼びに行ったりして、数分間、ある書記官と二人きりになってたって話が出てきた。
その書記官、以前、次男に叱責されたことを根に持っていたようなんだな。
で、侯爵家がその書記官を呼び出して詰めたら、自白したって」
「はいい?」
わざとやったってことは殺人未遂だ。
それをあっさり自白ってどういう詰め方したの侯爵家……
「書記官は、従兄弟が神殿に仕えている縁で、ノルド枢機卿に暗殺用の魔法陣を描いて貰ったんだな。
で、強い睡眠薬を次男の茶に入れて昏倒させた後、他の者が医者を呼びに行くよう誘導して、2人きりになったところで、魔法陣を次男の頭に押し当てて自分の魔力を流して血管をねじった。
次男が倒れた時、念の為、飲み残した茶も検査してたんだが、そうなるだろうと踏んで書記官が次男の飲み残しを捨て、茶を足していたので、今までわからなかったらしい」
「枢機卿、なんでそんなことを……」
「書記官は枢機卿に大金を払ったんだが、そういえばここ数年、枢機卿の金回りが良すぎたという話も出て、他にも似たようなことをしてたんじゃないかって、侯爵家が必死に洗い直してる」
「ええええ……」
なにそれ!?ってなった。
お金をもらって、魔法で人を傷つける手伝いをするとか、絶対やっちゃダメなやつじゃん!
領主様と奥様に初めてお会いしたとき、「魔法を使えるってことは、普通の人より強いってことだから、他の人を傷つけたりしないように今までの何倍も気をつけなきゃいけないし、他の人を守れるように、魔法の力を磨かなければならないんだ」って、教えていただいた。
特に枢機卿は、望んでなったわけじゃないにしても偉い神官なのに。
「それで、カール様のお兄様は良くなられたんですか?」
「ヴィロンが血管のねじれを戻して、酷い頭痛は収まったそうだ。
麻痺は完全には治せなかったが、若いし、身体自体は健康体だからね。
頭痛さえ治れば、時間はかかるかもしれないがかなり回復できるんじゃないかな」
そうなんだ……
「全快、というわけにはいかなかったのは残念ですけど、良かったです。
それにしても枢機卿、なんでそんな変な魔法を知ってるんです?」
「皇家から出された時に、枢機卿はその魔法をかけられてる。
……子供ができないようにされたんだ」
アルベルト様はめちゃくちゃ苦い顔でおっしゃった。
「え……」
引いた。
めっちゃ引いた。
皇家ってそういうことするんだ。
「俺のところに回ってきた話はそんな感じかな。
とりあえず、ミナの怪我、治癒魔法かけとくか」
アルベルト様は話を変えた。
「アルベルト様、治癒魔法も使えるんですか?」
「一応」
もうだいぶ治ってきてるけど、治癒魔法を見たことがないし、お願いすることにした。
「肩まで袖をまくっておいて」
言いながらアルベルト様は、膝の上に手のひらを上に向けて詠唱を始めた。
呪文は癖があってわかりにくいけど、水と熱の流れをよくする、みたいな意味っぽい。
青の魔法陣を中心に、赤と黄色の小さな魔法陣が、左右の手それぞれの上にぽんぽんぽんとかわいく出現する。
アルベルト様は、私の右の脇の下と右腕の肘の上の外側に手のひらを押し付けた。
「循環する」
温かい感触が、触れられたところから染み込んできて、腕の中でかたまりになり、え?て思っているうちに、私の身体の中を一周する。
「なんか、ぽかぽかぽわぽわします……」
温かいものがぐるぐるっと身体を巡りつづけ、内側からぽっかぽっかしてくる。
くにゃんとアルベルト様にもたれかかってしまった。
お風呂や運動の後のぽかぽかと違って、握りこぶしの半分くらいの大きさの「なにか」がぐるぐる巡ってる感覚がはっきりあるから、脇の下を通る時とかちょっとくすぐったい。
「血や体液の巡りをよくして、回復を促進する魔法だからね」
アルベルト様は私の二の腕を軽く持って、痣のあたりを観察している。
痣になってるあたりの皮膚の内側?に、軽くチクチクしているような感覚が出てきた。
「土が入っているのはなんでですか?」
「水と火だけでもいいんだが、土が入ると身体を構成する微量元素に干渉して、さらに回復を早められる。
特に骨折だと、水と火だけじゃあまり意味がないと言われてるね」
アルベルト様が説明してくださるうちに、赤黒くなっていた痣の真ん中あたりが濃くなり、縁のあたりが黄色に変わっていく。
「ほへー……しゅごい……
ありがとうございます!」
今日はなるべく水をたくさん飲みなさい、とアルベルト様は水差しの水をグラスに注いでくださった。
ごくごく飲む。
「は! 例の絵と手稿、翻訳をお渡ししないと。
あと、エドアルド様が魔力を判定するプリズムを貸してくださったんですけど……試してみます?」
だいぶ迷ったのだけれど、やっぱりアルベルト様の魔力を確かめたい。
なので、お昼ごはんの後、エドアルド様にこそっと相談してみたのだ。
ご快諾いただけて、私は絶対に触らないという約束でお借りして来たのだけれど……
アルベルト様は少し考え込んだ。
「エドアルドに判定結果を伝えないといけないかな?」
「いえ、それはないです。
ほぼほぼアルベルト様を測るんだってバレてるので……
できたら知りたいけれど、差し支えがあるならお知らせいただかなくても良いとおっしゃっていただいてます」
「あー……なんかバレたって書いてたね。
俺らがつきあってるってことがバレた、てことでいいの?」
さらっとそんな風に言われて、思わず赤くなった。
「つつつつきあってるとは言ってないですけど!
なんで魔導研究所の所長である皇弟殿下が、わざわざ私に紹介状書くの?みたいなことを突っ込まれて、挙動不審になっちゃって……
で、そういう関係なんだあああ!そーかそーかそういうことかー!とか言われちゃって……」
「そーかそーか」
バレちゃって叱られるかなって思ったけれど、アルベルト様はにっこにこになって、私のほっぺをむにってした。
すんごいにこにこして、私の頭をぽんぽんする。
めっちゃにこにこだ。
なんだこれって思いながら、ふしゅーってなってしまう。
「そういうことなら後でやってみよう。
俺もエドアルドのプリズムを試してみたかったしね」
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