力を得ることって、恐ろしいことだと思うんです
そっか。
帝国には奴隷制度はないから、奴隷を差別するって発想がほとんどない。
エルスタルが農奴だったと言われても、苦労した人だったんだねとしか思わないけれど、当時としては大スキャンダルだったろう。
国によっては、農奴は女神フローラの恩寵を拒んだ人たちの末裔ということになっていて、だから酷い扱いを受けても仕方ないんだって正当化してるところだってある。
「エルスタルとしては、みずからの来し方を誇る気持ちで描いたのかもしれないが、皇帝に並び立ち、打ち倒す手がかりを描いてしまったというのはなかなか皮肉なことだ」
龍との対話の場面、公爵閣下から見るとそういうことになるんだ。
でも、どうなんだろう……
「あの……
私、『理の龍』の幻影は見ましたけど、こんな風に対話してくれる感じは全然なかったんです。
高いところで、自分たちはここにいるよー!て感じでぐるぐる回ってるだけで。
力を貰うためには、龍と出くわすだけでなくて、もっと条件があるんじゃないでしょうか。
どういう条件なのかは全然わからないですけど……」
さっきも、エドアルド様たちには言ったことだけど。
この絵が皇家を打倒できる手がかりだとか、なんだか腑に落ちなくて、またもがもが言ってみる。
「ふむ。
エドアルドは龍を見てないんだね?」
「はい。
ウィラも、もし見ていたのなら、そういう話が出たはずなので、見ていないと思います」
気がついたらエドアルド様、軍人みたいに直立不動になってる。
「憶測はいらない。
……と言いたいところだが、ま、そうだろうな」
一瞬、エドアルド様がぴきーんてなって、「そうだろうな」と言われて、そっと吐息をつく様子に、閣下はほんの少し口角を上げた。
この人、わりと根性悪い人なのかも……
その根性悪い人がこっちに視線を合わせてきて、くひってなった。
「ではレディ・ウィルヘルミナ。
もしノルド枢機卿が遺跡まで行っていたとしたら、龍は彼に力を授けたと思うかね?」
「無理じゃないですか?」
反射的に、半笑いで答えてしまった。
大叔父だからってギネヴィア様を頭ごなしに叱りつけようとして、切り返されたらなんにも言えなくなって。
昼間っからお酒を飲んで、支離滅裂なことを言って、暴れて。
一言で言ったら、すっごく幼稚な人だ。
「エルスタルの場合は、魔獣のせいで誰も安心して暮らせない、このままじゃ駄目だって、強い思いがあって遺跡の試練に挑んだわけじゃないですか。
ノルド枢機卿は、ただの我儘ですもん。
ヨハンナは、理の龍は神様みたいなものじゃないかって言ってましたけど、そういう存在が、ただの我儘に、めちゃくちゃな力を与えるとか、ないと思います。
あったら困ります」
言ってて気がついた。
私たちは試練とか知らずに紛れ込んで、とにかく全員無事に帰還しようと必死だっただけだから、理の龍は近づいて来なかったのかもしれない。
「なるほどね。
私が理の龍だったら、面白そうだから枢機卿に力を与えるかもしれないが、君が言いたいことはわかる」
え??
笑っていいのか悪いのかわからないことをさらっと言われて視線が泳いだ。
ヨハンナは、ふふっと笑ってる。
「ところでエドアルド。
この原本とゲンスフライシュ嬢の翻訳、どうするつもりかな?」
公爵閣下はエドアルド様に振った。
「あー……その……
父上にお預けするのではいかがでしょうか」
気に入らぬげに、公爵閣下は眉を寄せた。
「ブレンターノで私物化してよいものではないだろう」
「ですが、皇家に差し出すには、僕がこの絵を見たこと自体が後々問題になることもありえるかと……」
エドアルド様は言いよどんだ。
「ふむ。
君は辺境伯家に行くしね」
「はい」
ええと……
皇家と辺境伯家が揉めたりした時。
辺境伯家がこの絵を知っていることを皇家が把握していたら、辺境伯家が「理の龍」の力を得て、本気で歯向かってくるのではないかと警戒されてよけいこじれるとか、なんならなんにもしてないのに謀叛するつもりだろうと言いがかりをつけられるかもしれないとかそういうこと?
ヨハンナは、この絵が皇家との交渉のカードになると言っていたけれど、持ってたらそれだけで皇家に対して強く出られるってものでもないっぽい。
「高貴な方々の思惑の張り巡らせあいは、なかなか面倒なのです。
いっそ世紀の大発見として、大!公!開!してしまうというのはいかがでしょう?」
「え! そんなのアリなの!?」
その面倒なものをブレンターノ公爵家に持ち込んだヨハンナがとんでもないことを言い出して、エドアルド様と私だけでなく、公爵閣下も軽くのけぞった。
「もちろん、エルスタル同等の力を思いもかけぬ人物が得て、大陸全体のパワーバランスが変わることもありえますので、お勧めはできませんですが」
眼鏡をくいっとしながら、ヨハンナは公爵父子をふふんと見返した。
ヨハンナ、2人をからかったの??
「……ヨハンナ嬢、心臓に悪いことは言わないでくれ。
そうだ、レディ・ウィルヘルミナ、君はどう思う?
そもそも手稿は、君が見つけた隠し場所にあったんだし」
今度はエドアルド様が急にこっちに振って来て、え!?てなる。
「えっと、私は難しいことはわからないので……」
助けて!て、ヨハンナを見たら、ヨハンナは続きを促すように小さく頷いた。
公爵閣下も、エドアルド様も、私の言葉を待ってる。
まとまらないまま、口を開いた。
「あの、力を得ることって、恐ろしいことだと思うんです。
特に強い魔力は、人生を狂わせてしまいますし……」
私だって、エレンだって、平民として地道に暮らしていくんだろうなって思ってたのが、わけがわからないことになってしまったし。
魔力があってよかったと思うこともたくさんあるけれど、怖いって思うこともある。
「これを書いた人たちの気持ちもあるし、必要になることもあるでしょうから、燃やしたりして『なかったことにする』とかはやっぱりできないですけど、とにかく、今の所はあまり人の目に触れないようにするのがよいのかなって。
ただ……」
続きを言っていいのかどうか、迷う。
「私の魔法をみてくださっている、魔導研究所のアルヴィン皇弟殿下には、今回わかったことをお伝えさせていただければと思います。
ずっと、私の魔法ってなんなんだろうって、一緒に考えてくださってる方なので……」
アルベルト様には、自分のことは言っちゃ駄目だって言われてる。
でも、ここではっきり言わずに、後で公爵閣下に内緒で伝えるようなズルをしたら、私だけでなく、アルベルト様も、ブレンターノ公爵家の信用を失ってしまうような気がした。
「ふむ。
『塔』のアルヴィン皇弟殿下か。
だが殿下がエルスタルの力を望んだらどうする?
あの方こそ、世を恨まれていてもおかしくはないだろう」
じいっと公爵閣下は私の眼を見た。
ぶるぶるっと首を横に振る。
「殿下はそんなもの、お望みになりません。
ご自分の力に苦しんでいる方ですから。
大きすぎる力の怖さを、一番よくおわかりです」
そういう辛い境遇にあっても、変にねじくれたりせず、飄々と自分にできることをしてる人だから、私はアルベルト様が好きなんだ。
「それに、猫ちゃんみたいにはにゃーんてした方なので……
そんな、怖いことはしません!」
ほんとは「特にくすぐられっぷりがはにゃーんてしてて、ちょうかわいいんです♡」と言いたかったけれど、そこはさすがに自重した。
自重したのに、なんか変な空気が流れた。
ヨハンナが「なるほど、脱力系イケメン貴公子ですか!それもまた王道なのです」と頷いてるのはいいとして、
「『塔の殿下』のイメージと全然違うんだけど……
僕、今の話を聞いてもよかったのかな」
「……貰い事故だ。
我々に責任はない」
エドアルド様はあっけにとられた顔をしてるし、公爵閣下もめっちゃ微妙な顔をしている。
もしかしてアルベルト様のイメージ、壊しちゃった??
公爵家の人たち、どういうイメージを持ってたんだろ……
呪われた魔力を持つ孤高の皇子フハハとかそういうやつ??
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