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7.私がお姉さまを幸せにしますさようなら!!!

 というわけで、夕方、エミーリア様にも混ざっていただいて、近所の街まで買い出しに出て、ついでにエミーリア様にカーテシーの特訓をしていただいた。

 翌日、私の故郷の例の祭りで食べるクッキーをたくさん作る。

 アーモンドを大量に刻んで、乾煎りしたカラス麦を混ぜた生地と合わせて焼くものだ。


 ゲルトルート様もヨハンナも初めて見たと珍しがり、試食して美味しいと言ってくれた。

 調子こいて、ギネヴィア殿下やお姉さま方にもおすそ分けしたら、大変褒めていただき、お返しのお菓子とかリボンとか頂戴してしまった。

 これなら脳筋3人組も倒せるはず!


 素朴系のお菓子なら、包みを少しかわいくした方がいいんじゃないかというエミーリア様のアドバイスで用意した、赤白チェックのかわいい敷き紙を敷いた蓋付きバスケットに入れて、ゲルトルート様とヨハンナと一緒に武術場へ向かう。


 武術場は他の校舎から少し離れたところにある。

 2階建てのかなり大きな建物で、中はほぼ吹き抜けのアリーナになっており、2階に当たる高さから、壁ぞいにぐるりと階段状の観客席になっている。

 年に2回行われる武術大会の会場でもあるので、観客席が設けられているのだろう。


 広いアリーナは床に敷いたマットの色で区切られていて、それぞれ剣術や格闘の練習をしている。

 木剣とはいえ打ち合う音も凄いし、格闘の練習をしている人は投げたり投げられたり、締めたり締められたりしてるし、大変だ。


 ミハイル様達は、どこだろう?

 入り口のあたりで中を覗き込みながらきょろきょろしていると、長剣の練習をしている人たちがそれっぽい。

 手をぶんぶん振っていると、気がついてもらえたみたいだ。


 革鎧をつけた三人が、剣を置き、兜を外してこちらに向かってくる。

 あわててぺこりとお辞儀をした。


「はー……ちょっと緊張します〜……」


「え? どうして?」


「だって、お口にあわなかったら申し訳ないじゃないですか……」


「このかわゆい『でもでもだって』感…!

 やはりミナはヒロインなのです!!」


 くあっと眼を剥いてヨハンナが感動?しているうちに、ミハイル様達が出てきてくれた。

 私達を見て笑顔になり、やあ、と軽く手を上げかけて……固まる。


「ご無沙汰しております」


 ゲルトルート様は優美に微笑んで、軽く頭を下げられた。

 ミハイル様も頭を下げて応えるが、視線はゲルトルート様からわりと露骨にそらしている。


 というかもう、はっきり顔をそらしてる。


 ゲルトルート様がお美しいから、照れて目が合わせられないとか?って思ってたけれど、そういうレベルじゃない。


 なんだか、空気がピキピキと凍っていく……ような気がする……


 というか、ほんとに急に寒くなってきてぶるっと震えた。

 ……冷気が、微笑みを浮かべたままのゲルトルート様の方から吹き付けてきてる。


「ああああ! レディ・ゲルトルート、相変わらず麗しく。

 レディ・ウィルヘルミナ、本当に差し入れを持ってきていただくとは感謝感謝で大感謝です!……ええとこちらは?」


 セルゲイ様が、空気をごまかそうとするように大げさに手を振って前に出てきた。

 けど、この人もゲルトルート様からめっちゃ視線そらしたまま喋り、そのまま急にヨハンナの方を見た。


「ゲンスフライシュ商会長が娘、ヨハンナ・ゲンスフライシュと申しますのです」


 ヨハンナがぺこりとお辞儀した。


「ヨハンナ嬢!なんと愛らしい! こんなところで立ち話もなんですから!」


「…あちらのクラブハウスで…」


 セルゲイ様とウラジミール様が、さささと私達を側にあるクラブハウスへ誘導しようとする。


 でもなんか、ものすごく変だ。

 3人とも、ヨハンナや私は見るけど、ゲルトルート様の方は絶対見ない。


 なんなのこれ?とヨハンナを見ると、ヨハンナもびっくりしてるみたい。

 ゲルトルート様は、冷気を大☆放☆出しながらも令嬢らしい笑みを浮かべてる。


「いえ、わたくしはここで。

 ミハイル様、先日はわたくしの妹分であるウィルヘルミナを助けてくださってありがとうございました。

 ウィルヘルミナがお礼に故郷のお菓子を差し上げたいと可愛らしいことを申しましたので、一緒に作りましたの。

 召し上がってくださると、わたくしも嬉しく思いますわ」


 流れるように用件を伝えると、では、と、あくまで優雅にお辞儀をして、ゲルトルート様は踵を返した。


 でも校舎や寮ではなく、学院の裏にあるだだっ広い野原の方に、めちゃめちゃ早足ですたすた歩いていく。

 思わずぽかんと見送ってしまった。


 野原は、ススキのような丈の高い草で金色に輝いている。

 その金色にまぎれて、すぐに姿が遠ざかっていく。


 以前、婚約解消したい理由をおっしゃったときも、ミハイル様に関しては淡々とした表情だったし、今も悲しいとか怒っているとかそういう感情は(抑えきれなかった冷気以外は)見せずに立ち去られたけど……


 もしかして、ゲルトルート様、帰る方向思いっきり間違えるくらい、めっちゃ傷ついてるのでは……


 ヨハンナがこっちを確認するように見たので、頷いた。

 この流れで一人にしちゃダメだ。


「私も失礼させていただくのです!」


 びゃっとヨハンナがゲルトルート様の後を追う。


 男子三人はおろおろしているばかり。


 とりあえず、クッキーのバスケットを、手近なセルゲイ様に「これ差し入れとハンカチ!」と押し付けた。

 手が空いたところで、両腕を組んで仁王立ちになる。


「ミハイル様……今の対応はなんなんですか!?」


 地を這うような声で、私はミハイル様をねめつけた。


「た、対応?」


「ゲルトルート様からめちゃくちゃ顔そらしてたじゃないですか!

 視界にもいれたくないって感じで!!」


「いや、それはその……」


「こないだ助けていただいた時、ミハイル様ちょうかっこいい…素敵…!

 ってなってたのに、ちょうがっかりですよ!!!

 お姉さま、婚約解消したいっておっしゃってるんですからね!!」


「え、婚約解消!?」


 3人は驚いて顔を見合わせた。

 こいつらあんな失礼なことしといてゲルトルート様のお気持ちを考えたこともなかったのかと、ますますブチ切れる。


「当たり前じゃないですか!

 婚約者でしょう? 一番にお姉さまを守らないといけない人でしょう?

 なのに、お姉さまを傷つけて……ほんっとありえないわ!!!

 ていうか、こんな失礼な人にお姉さまは渡せません!!

 私がお姉さまを幸せにしますさようなら!!!」


「いや、これはその、なんというか……」


 ミハイル様が手を振ってなにか言い訳しようとした。


「なんというか、その。

 レディ・ゲルトルートの方を見ると……ついその、胸を見てしまいそうになるので……」


 途中から視線を落とし、自分のつま先を見ながら、ぼそぼそとミハイル様が言う。


 思わず、ハァ!?って言ってしまった。

 意味がわからない。


「以前、いちいち胸を見てくる男子がマジきもいしありえないしぶっちゃけ無理とご友人におっしゃっているのを漏れ聞いたんだ」


「…具体的には『もしわたくしが世界を征服することがあれば、あのゴキブリ以下のクソ共は、まとめて焼き尽くしてくれますわ!!』とのお言葉もあり…」


「実際、魔法実習で、一瞬でダミー人形を焼き尽くして先生を困らせてたし。

 あれ絶対、ダミー人形をゴキブリ以下男子に見立てて焼いたんだと思う……」


 ウラジミール様とセルゲイ様が代わる代わる補足し、その時の恐怖を思い出したのか3人でぶるっと震えた。

 世界征服って悪役令嬢っぽい。

 というかゲルトルート様、この間はあれでも毒吐きを手加減されてたのか。


 素で呆れてしまった。

 おっぱい見たら怒られそうだから、顔も見ないって……

 ほんと、一回焼いた方がよいのかもしれない。


「そんなことでお姉さまを苦しめてたの!?

 というか、ミハイル様はゲルトルート様と結婚したいの?したくないの?

 ゲルトルート様、ミハイル様は自分と結婚したくないんだって寂しそうにおっしゃってたんですけど!」


 この人、エラい人(予定)だった気がするけど、もう敬語が出てこない。

 ミハイル様は弾かれたように顔を上げた。


「結婚したい!!ぜひしたい!!

 だが、まずはウィラ殿に試合で勝利しないと……」


 なに言ってるんだコイツとさらにイラッとした。


「あーあーあー! そういう先送りはどうでもいいから!!」


 私はゲルトルート様が消えた方角を指さした。


「今すぐ追っかけてって、洗いざらいぶちまけて、全力で謝って来い!!!」


「了解!!!」


 命令された時の条件反射なのか、ぴっと敬礼の姿勢を取ると、ミハイル様は全速力で駆けていった。




 あっという間にミハイル様は見えなくなり、そのままセルゲイ様、ウラジミール様と待つ流れになった。

 2人はミハイル様と子供の頃から一緒に騎士修行を励んできた幼馴染とのことで、ミハイル様とゲルトルート様のあれこれを話してくれた。


 ミハイル様は、学院入学前にゲルトルート様と婚約が決まった時こそ有頂天だったけど……


 「自分は無趣味な脳筋だから、教養豊かなゲルトルート様にふさわしくない」とか、「試合でウィラ様に勝てない自分に、ゲルトルート様の手を取る資格はない」とか、いちいち後ろ向きに走りがちで、なにげにフォローが大変だったらしい。

 色々オツカレさまです……


 ヨハンナが乙女物の本質は、「でもでもだって」で話をこじらせる「もだもだ」だって言ってたけど……ミハイル様、見た目はゴツいけど心は乙女なんじゃ?


 男性にも「真実の愛」の物語の需要があるって話、ちょっとわかったような気がする。




 だいぶ経ってから、2人は戻ってきた。

 なにがあったか知らないけど、左頬がなんか赤くなったままのミハイル様は、穏やかな微笑みを浮かべたゲルトルート様に肘を貸し、2人はちゃんと視線を交わしている。

 ゲルトルート様の左手には、枯野に咲き残った野の花を摘んだのか、小さな花束があった。

もう一本、おまけが続きます!

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☆★異世界恋愛ミステリ「公爵令嬢カタリナ」シリーズ★☆

※この作品の数百年後の世界を舞台にしています
― 新着の感想 ―
[良い点] ハッピーエンド! はぁ、フィクションや実生活のドラマはコミュニケーションで解決できます。
[良い点] うむ!仲良きことは美しきかな(・ω・)ノ 丸く収まるのが一番(∩´∀`)∩ でもやっぱり漢はみんなフロンティアが気になるのか(≧▽≦)
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