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0.発端

 皇暦311年の冬。

 西大陸の覇者と呼ばれる巨大帝国ヘルメネア──の片田舎にある領都の館。


 夕食後、領主夫妻の居間で、グラスを傾けながら、第5代ベルフォード男爵イーサンは思い悩んでいた。


 発端は、一月ほど前にもたらされた、平民の娘が魔法を発動させたという報告。


 田舎の男爵領のさらに隅っこにある、ヴェント村という山村で、秋祭りのさなかに魔獣数頭がなだれ込む騒動があり、その際、居合わせた15歳の村娘が魔法で倒したしたというのだ。


 この国では、貴族と平民を分かつのは、属性魔法が使えるかどうかにかかっている。

 魔獣が大陸に跳梁跋扈し、多くの生命が失われた大暗黒時代は、伝説的な極大魔法を駆使した初代皇帝エルスタルらによって幕を閉じたが、折々湧いてくる魔獣に対抗する上で、強大な魔法は必須。

 しかし、魔力そのものは誰でも持っているとはいえ、属性魔法を発動できるほど魔力を持つ者は数万人、数十万人に一人と言われている。

 そして、魔力の強い者の子は、やはり魔力に恵まれることが多い。

 それ故、西大陸のほとんどの国では、魔法が使える者に貴族としての地位を保証しているのだ。


 一方、ごくごく稀に、魔力が強い平民が現れることもある。

 領都など大きな町にある神殿では、周辺に住む子どもたちが7歳になった時に、魔力の鑑定を行っている。

 鑑定で適性があるとわかった子は、基本的には領主の養子となり、魔法を教えこまれ、貴族として暮らすことになる。

 ただ爵位を授けるのではなく、わざわざ養子にするのは、一族として囲い込むためだ。


 だから、イーサンもその村娘を養女とし、男爵家の令嬢として、しかるべき者、つまり貴族に嫁がせるべきなのだが──


 その村娘「ミナ」は、どうも光魔法を発動させたようなのだ。


 現在、よく使われている魔法は、2種に大別される。


 まず、火・水・風・土の属性魔法と、それらを組み合わせた複合魔法。

 これらの魔法は、エスペランザ語という古語で呪文を詠唱し、体内を巡る魔力を外に放出することで発動させ、爆炎を起こしたり、強烈な雷を落として魔獣を倒すことができる。


 もう一つは無属性魔法。

 明かりを灯す「ライト」、箱などを一時的に開けられなくする「封印」、透明な防護壁を一瞬で構築する「防御結界」など呪文の詠唱なしに発動することができる。

 これは平民でも稀に使える者がいるが、魔獣を倒すほどの威力はないので、無属性魔法が使えるからといって貴族に取り立てられることはない。


 一方、4つの属性魔法と無属性魔法とは別に、光魔法・闇魔法もある。

 だが、この2つは発動させられる者が極端に少ない。

 帝国初期には強力な光魔法を使った記録もあるが、光と闇、どちらも伝説化しており、現在、使える者がいるかどうかもイーサンにはわからないほどだ。


 しかし、ヴェント村の村長の報告では、ミナは左の手のひらから「光の弾」のようなものを射出し、中型魔獣「魔羆」を一撃で吹き飛ばしたとのこと。

 ミナの魔力の鑑定をした領都神殿の神官達も、彼女の魔力属性は「光」に間違いなく、しかも魔力はこれまで見たことがないほど強いと言う。


 実際に会ってみると、ミナはびっくりするほど無邪気な少女だった。

 ピンク色の髪に蒼い瞳の、いかにも人の良さそうな愛らしい娘で、どうして魔獣を倒せたのか、まったく覚えていないと言う。

 生まれて初めて領都に来て、イーサン達貴族にも初めて会い、両親共々めちゃくちゃに緊張していたが、妙に萎縮したり、おもねったりはせず、正直に言いたいことを言う姿勢に好感を持った。


 で。ぶどう農家を営んでいるミナの両親と話し合い、男爵家で預かることにした。

 ミナというで名は貴族らしくないので、ウィルヘルミナと改名して養女とする手続きを進めているのだが──


「やはり、貴族学院に入れるしかないだろうな……」


「そうですね。

 私達では、魔力の使い方を教えられませんし」


 傍で刺繍をしていた妻のベアトリスは、イーサンと同じタイミングでため息をついた。


 男爵夫妻の子は、男子二人。

 二人とも、既に成人し、それぞれ結婚して独立している。


 息子達には、幼い頃から夫婦みずから魔力の使い方を手ほどきした。

 7、8歳頃からは子どもへの指導を専門とする魔導士も雇い、それなりに魔法が使えるようになったところで、帝都の近くにある貴族学院に入学させた。

 現在は平民も学力試験を突破すれば入学できるが、本来、貴族学院は十代なかばの貴族の師弟に魔法の使い方を教える学校。

 貴族の男子の場合、まずは貴族学院で同世代の子弟同士つながりを築きつつ、魔法や教養を磨いて卒業し、家を継ぐ準備に入るなり、大学に入学して宮廷への出仕を目指すなり、魔導騎士団に入団するなりというのが定番の進路だ。


 しかし、女子は事情が少し異なる。

 貴族学院は、男女共学の全寮制。

 うっかり「悪い虫」がつくのを警戒して、親元で花嫁修業をさせ、良縁を探して嫁がせる親もまだまだ多い。


 最初、イーサンとベアトリスも、ミナを引き取るとしたら、手元で育てるつもりだった。

 ミナは、既に15歳。

 村の学校で、簡単な読み書きと計算は習ったそうだが、初等教育程度。

 子どもの頃から教養を積む貴族の子に、今から追いつくのは難しい。

 まずは男爵家で魔力の使い方を覚えさせ、貴族の暮らしにある程度慣れたら、近隣の領主達の中心になっているラザルス伯爵夫妻に相談して、事情を理解した上で娶ってくれる家を探した方が良いと判断したからだ。


 しかし、イーサンもベアトリスも、ミナに魔力の使い方を教えられないことがすぐにわかった。


 魔力を使うには、まずは自らの体内をめぐる魔力を自覚し、コントロールできるようにするのが大前提。

 コントロールの仕方を覚えるには、両手をつなぎ、相手に魔力を注ぎ、相手の魔力を受け入れて2人の間で循環させるのがもっとも基礎的なトレーニングだ。


 だが、試しにイーサンがミナと手をつないで魔力を注いだ瞬間、意識が飛びかけた。

 すこんと、魔力がすべて吸われそうになったのだ。

 イーサンよりも魔力の多いベアトリスがやってみても同じこと。

 慌てて息子たちに魔法を教えてくれた魔導士を呼んだが、自分には到底無理だと断られ、優れた教師が揃っている貴族学院への入学を強く勧められた。


 そもそも、属性が火風のイーサンと水風のベアトリスでは、光魔法を教えられない。

 これが公爵家などなら、伝手を辿って高名な魔導士に個人的な指導を依頼することもできるのだろうが、あいにくベルフォード男爵家はそこまで力を持っていない。


 となれば、貴族学院に入れるしかないのだが──


「しかし、編入試験に間に合うだろうか。

 とにかくエスペランザ語がなぁ……」


 属性魔法を使うにはエスペランザ語が必須なので、エスペランザ語がそれなりに出来なければ、いくら貴族の養女で魔力があっても入学は叶わない。

 学院は4月始まりなので、入学試験は2月。

 あと数週間しかない。

 エスペランザ語は帝国語の祖語なので、文字は同じだし、発音や文法も共通する部分はあるが、さすがに間に合わなさすぎる。

 8月に試験がある、9月編入を目指すのが最短となる。


 魔力が巧く扱えなければ、身体に障りが出ることもある。

 なるべく早く、魔力の使い方を覚えさせたいのだが、9月編入に間に合うかどうか──


「ま、素直な子ですし、頑張り屋のようですから。

 いずれにしても、私達を信じて、大事な娘を託してくれるあの子の両親の思いに背かないよう、できる限りのことをいたしましょう」


 身体が大きく、どこか熊っぽいイーサンよりも、小柄で華奢なベアトリスの方が肝が据わっているところがある。

 ベアトリスに圧が強めの笑みを向けられて、イーサンは「そうだな」と頷くしかなかった。


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☆★異世界恋愛ミステリ「公爵令嬢カタリナ」シリーズ★☆

※この作品の数百年後の世界を舞台にしています
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