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愚者は妥協と踊るだけ  作者: 胃痛トール(著) かいでんぱおじ(原作)
第一章「竜の国」
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第一章1話『開始』

 勇者が次に目を覚ますと、既に陽が高く昇っていた。

 周りを見渡すと、ミルもセズもネイクも、まだ夢の中だ。

 3人が目を覚まさないように、勇者は静かに仮設の宿舎を出る。

 テントの外では、騎士団がきびきびと動いていた。

 どうやら勇者たちが魔王城を出てからずっと魔物の掃討(そうとう)をつづけていたようだ。

 それも現在はほとんど終わりに近づいたようで、交代で休息に入った騎士団の団員から状況はいいと聞くことができた。

 勇者は騎士団の団員たちと会うたびに、よくやってくれたと声をかけられた。

 彼らの表情には疲労と緊張の色が出ていたが、そこにいる誰もが笑顔だった。

 20年間大陸中を恐怖に陥れていた魔王が遂に倒されたのだから、当然と言えるだろう。





 勇者が宿舎に戻るとミルが起きていた。


「お帰り、起きたらいないんだもの。ちょっとびっくりしたわ」


 寝る前に(しわ)になることを気にして上着を脱いだからか、普段より随分身軽そうだ。

 勇者より二回り近く小さいその体を見て、よくここまで来れたものだと思う。

 魔導士のセズもただでさえ頑強とは言えないが、ミルはそのセズより更に小柄なのだ。

 とは言え、勇者自身はミルが決して弱くないことを知っている。

 勇者の体術の姉弟子であるミルに勇者が組手で勝てたことは一度もない。

 2人の間では積み上げてきたものがそもそも違う。

 それでもなお、勇者はよくここまで来れたものだと改めて思うのだ。それだけ辛く苦しい旅でもあった。


「さっき騎士団の人たちから食料をもらったの。少し遅いけど朝ごはんにしましょう」


 ミルにはこれから年相応の少女らしく、平和に暮らしてほしいものだ。

 本人にはとても言えたものではないが、勇者は旅の最中もずっとそう思っていた。

 この旅が終われば、その願いもようやく実現するだろう。




 朝食の用意ができたところで、セズとネイクを起こすことにした。


「セズちゃ〜ん、そろそろ起きて〜」


 はっきり言ってセズは寝相が悪い。

 その原因はセズが普段から長時間の睡眠をとろうとしないことにある。

 勇者一行4人の中でも特に警戒心の強いセズは、火の番を積極的に勤める。

 みんなが眠り時間がある中、魔導書をじっくり読みたいという理由もあるだろうが。

 セズは睡眠そのものが少ないだけでなく、一度に取る睡眠時間も短い。

 勇者が日課の鍛錬をこなす程度の睡眠時間で、熟睡したかのように目覚めよく起きる。

 普段そんな睡眠しかとらないものだから、今回のように慣れない長時間の睡眠を取ると変な寝かたになるのだ。


「まうぃんく〜」


 何かの魔法の詠唱だろうか。意味は分からないが、この状態のセズは簡単には起きないだろう。

 セズは一旦おいて、ネイクを起こしにかかる。




 ネイクに声をかけてみる。しかし反応はない。

 肩を掴み揺さぶってみる。次は反応があった。


「もう呑めない……」


 呑めない?と聞いてまさかと思い勇者がネイクに鼻を近づけると、かすかに酒の臭いがした。

 まさかこの男、他の3人が寝ている間に抜け出して酒を呑んでいたのか。

 ネイクは騎士の中でも代々騎士団団長を継ぐ家系の次男で、彼の父も兄も立派に騎士団団長を務めているというのに、この男はそんなことはお構いなしとばかりに普通に酒を呑むのだ。

 酒を呑むなとまで言うつもりはないし、酒癖が悪いとまで言わないが流石に遠慮がなさすぎる。

 思い返してみれば、先ほど騎士団の中でもネイクと仲の良い者たちに、ネイクによろしく、と言われていた。言われた時はそのまま流したが、よく考えてみればそういうことだったのか。

 そう考えると不思議な気分になり、無性に水をかけてやりたくなった。

 というわけで水の低級魔法を使い、ネイクの鼻っ面に的確に水を浴びせる。


「ぶほっ、う、げほっぼっ、な、なんだ、敵襲か!?」


 ネイクの慌てる顔を見て勇者は溜飲を下げた。

 どうやらセズも起きたらしい。

 これでようやく勇者たちの1日が始まる。

 ようやく平和になった世界の、始まりの1日目が。


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