ノルンとふしぎな雪のゆめ
ノルンはふしぎな女の子。
青いお空にお魚をえがいてみたり。
風と追いかけっこしたり。
いろんな色の葉っぱでお花を作ってみたり。
みんな、ノルンのことをこう言います。
ノルンはふしぎな女の子。
でも、ノルンにもふしぎに思うことがありました。
それは、ゆめです。
ゆめを見るのは、ねむっている時だけ。
だいすきなキャンディをいっぱい食べられる時があります。
おきにいりのお人形さんとおはなしできる時があります。
こわいかいじゅうに追いかけられてしまう時があります。
朝になったら、いっしょに住んでいるマイヤーおばさんに、ゆめのおはなしをします。
おばさんは、楽しそうにノルンのおはなしをきいてくれるのです。
ときどき、なんだかとてもかなしくなって、泣いてしまう時があります。
そんな時は、朝をまたずに、マイヤーおばさんのベッドに向かいます。
マイヤーおばさんは、ほほえみながら、こう言ってくれるのです。
「ノルン、あなたはひとりじゃないわ」
そうして、朝までいっしょにねむってくれます。
すると、朝にはゆめをわすれてしまう……
そんな時、ノルンはすこしさみしい気もちになるのでした。
「こんやは、どんなゆめを見るかしら?」
まどからまんまるお月さまを見つめながら、ノルンは言いました。
こたえは、だれももっていません。
ゆめは、いつだってねむってから分かるのですから。
ノルンがゆめのことを考えていると、ドアを小さくノックする音がきこえてきました。
マイヤーおばさんです。
「ノルン、ねる時間よ」
「はぁい。おやすみなさい、マイヤーおばさん」
「おやすみ、ノルン。いいゆめを」
「おばさんも」
おたがいのおかおは見えなかったけれど、ふたりはにっこりとわらいました。
ノルンはおふとんにもぐります。
「いいゆめを、おやすみなさい、みんな」
小さくつぶやいたノルンは、ゆっくりと目をとじました。
ゆっくりと、ゆっくりと。
ノルンは、あるいていました。
きづいた時には、しらないところにいました。
「あれ? ここはどこ?」
あたりをキョロキョロと見まわしてみます。葉っぱのおちたたくさんの木が、ノルンをとりかこむように立っています。
どうやらここは、森の中のようです。
町からいつのまにはなれてしまったのだろう。
ノルンはすこしこわくなりました。
「どうやったらおうちにかえれるのかしら?」
来た道が分かりません。
木と木のあいだに、目じるしのようなものもありませんでした。
心ぼそくなりました。泣いてしまいそうです。
でも、ノルンが泣きだす前に、だれかの泣き声がしました。
「えぇん……ひっく……ひっく……」
「だれ?」
泣き声がするほうへとあるいていくと、とても小さな女の子が、おひざをかかえて泣いていました。
「どうしたの?」
「ひっく……ひっく……」
ずっと泣いている女の子のよこに、ノルンはそっとすわりました。
「あなたは、ひとりじゃないわ」
ノルンのことばに、女の子はやっとおかおを上げました。
「きみは?」
「わたしは、ノルン」
ノルンはほほえみました。
女の子もわらいました。
「あなたのおなまえは?」
「スノース」
とても小さな女の子はこたえました。
「スノース、いいなまえね」
「ありがとう」
「どうして泣いていたの? スノース」
「じつは……おとしものをしてしまったの。あれがないと、とてもこまるの」
スノースはまたうつむいてしまいました。
ノルンは、スノースがかわいそうになり、手をさしのべました。
「わたしもいっしょにさがすよ!」
「いいの?」
「うん!」
「ありがとう! ノルン!」
スノースは、立ってもノルンのはんぶんくらいでした。
こうして、ノルンは小さな女の子のスノースといっしょに、またあるきはじめました。
ノルンはききました。
「おとしものは、どんな色をしているの?」
「色はないのよ」
「どんなかたちをしているの?」
「かたちのないものなの」
「えっ? それじゃさがせないわ……」
ノルンはおどろき、かたをおとします。
スノースは言いました。
「でもね、ノルンもきっと見たことがあるものだわ」
「へっ? なんだろう?」
そんなふしぎなものがあるのかしら?
さっきまでガッカリしていたノルンでしたが、スノースのこたえにワクワクしてきました。
ノルンとスノースは、木のかげや、石のうしろなど、ていねいにさがしました。
でも、森は、とてもひろく、なかなかスノースのおとしものが見つかりません。
「どのあたりでおとしたの?」
「ごめんなさい、ノルン……お空からおとしちゃって、どこにおちたのか分からないの」
「えっ⁉ お空⁉」
ノルンは上を見ました。
お空は木のえだにふさがれて、見えなくなっていました。
あたりはすっかりくらくなっています。
どんどんさむくもなっていました。
「さむいね……スノース、だいじょうぶ?」
「わたしはへいき。ノルンは?」
「う、うん。わたしも、へっ……へっくっしょん!」
へいき、と言いたかったけれど、体はすっかりひえてしまっていました。
「たいへん! でも、ごめんなさい、ノルン。わたし、あったかくすることはできないの」
「だ、だいじょうぶ。あっ! スノース! 体がひかってるよ!」
ノルンがスノースを見ると、かのじょの体がキラキラとかがやいているではありませんか。
「どうしたの⁉」
「ノルン! ちかくにあるわ!」
「えっ?」
「わたしのおとしもの、きっとこのちかくにあるんだわ!」
スノースがはしりだしました。
「あっ、まって! スノース!」
ノルンもはしります。
たいようのひかりが当たらず、まっ黒だった木々が、だんだんと白いひかりにつつまれていきます。
なんだろう?
ノルンが考えていると、ふっと、とてもあかるいところにでました。
「わぁあ!」
そこにはまっ白な山がありました。
ゆっくりあるくと、さくさくとなり、白い足あとができます。
えだにかぶっている白いものを手でさわってみると、ひんやりとつめたくて、ノルンの手のぬくもりにそっととけていきます。
「これは、雪だわ!」
そうです。あたりてらすほどのまっ白な山は、雪がつもったものでした。
「やっと見つけた!」
スノースもうれしそうです。
「これが、スノースがさがしていたおとしもの?」
「うん!」
スノースが雪山にちかづいたとたん、それはぶるぶると大きくゆれました。
「だれだぁ⁉ おれさまの作った雪山にさわるやつは⁉」
大きな雪山だとおもっていたそれは、大きな雪男さんだったのです。
「おれは雪とさむいのがだいすきだ! この森をずっと雪のせかいにしてやるんだ!」
雪男さんがそう言うと、さっきまでひかりにつつまれていたまわりが、とつぜんごぉごぉとふぶきになりました。
「きゃあ⁉」
ノルンはふきとばされそうになり、木にしがみつきました。
「や、やめてぇ! 森はさむい時もあって、あったかい時もあるから、みんながくらせるのよ!」
スノースが言いました。
「みんな? みんなだとぉ? みんな、おれのことがきらいだ。だからおれも、みんなのことがきらいだ!」
雪男さんがさけぶと、またごぉごぉと風と雪がなりました。
「おれは、ずっとこの雪山にひとりでいるんだ!」
雪男さんのことばが、ノルンにはかなしくきこえました。
「ひとりじゃ、ないよ」
木にしがみついてノルンは、言いました。
「なに?」
「あなたは、ひとりじゃない!」
ノルンはまた言いました。
「だって、わたしはあなたのこと、きらいじゃないもの」
「うっ、うそだ! いつだって、みんな、おれを見るとにげるんだ。こわがるんだ!」
「そんなこと、しているからよ!」
スノースが言いました。
「雪のようせい、スノースのちからをこんなことにつかって、おともだちのノルンをいじめるなんて、ゆるさない!」
スノースがふわりとお空にまい上がりました。
さっきまでごぉごぉとふきあれていた風と雪が、スノースのまわりにあつまります。
あつまった雪は、ぎゅっとかたくなり、大きな玉となって、雪男さんの上におっこちました。
「いでぇ……!」
雪男さんは、くるくるとまわって、そのばにあおむけでたおれました。
「雪男さん⁉」
「あら……ちょっとやりすぎちゃったかな……?」
ノルンとスノースが、あわてて雪男さんにかけよります。
あたりはもうしずかな白い雪のせかいにもどっていました。
「あいでで……」
「だいじょうぶ?」
「ごめんなさい、やりすぎちゃったわ」
しんぱいそうに見つめるふたりに、雪男さんはもうしわけなさそうなおかおをしました。
「おれのほうこそ、すまない。あたまがひえたよ」
あたまをさすりながら、雪男さんは立ち上がりました。
「ほんとうに大きいのね」
「雪男だからな」
にんまりとわらったおかおは、まるでお日さまのようでした。
「わたしは、雪男さんのこと、ぜんぜんこわくないわ」
「ありがとう、ノルン」
雪男さんは、スノースを見ました。
「雪のようせいさん、これをかえすよ」
雪男さんが手のひらをひらくと、そこにはなにもありません。
ノルンも、雪男さんも、おどろいてしまいました。
「あっ、すまない! とけてしまったようだ!」
「いいえ、ここにあるわ」
スノースが、雪男さんの手のひらにそっとじぶんの手のひらをかさねます。
すると、きれいな雪のつえがあらわれました。
「すごい! これが、スノースのおとしものだったのね!」
「うん! ノルン、雪男さん、ありがとう! これで、この森に冬をとどけられるわ」
スノースが、またふわりとうかびました。
「見つかってよかった!」
ノルンがわらうと、雪男さんが言いました。
「こんどは、ノルンのさがしものを見つけたよ」
「わたしの?」
こんどは、スノースが言います。
「そう。ノルンのかえり道」
ふたりが、おなじほうこうをまっすぐしめしました。
ノルンは、さみしくなりました。
「おわかれ、なのね」
「いいえ」
「また、来てよ」
ふたりは言います。
「きみは、ひとりじゃない」
ノルンはなみだをこらえて、わらいました。
ノルンはゆっくりとあるきます。
ゆっくりと、ゆっくりと。
スノースと雪男さんにしめされた道をあるきました。
朝が来ました。
ノルンは、目をさまします。
ゆめのじかんは、もうおしまい。
ふと、まどの外を見ました。
「わぁ! 雪だ!」
いつもはおふとんからなかなかでられないノルンも、この時ばかりはベッドからとびおきました。
そして、首をかしげます。
「雪は、どうしてとけるのかしら?」
あらあら。
ノルンにまたふしぎなことがふえたみたい。
ふしぎには、たいせつなさがしものが、いっぱいつまっているのかもしれませんね。
~おわり~