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第30話 ジル・グリムの真相 Ⅱ

「治療データ? なんでそんなものが」


 ベッドに広げられた資料とリインの発言に私ら3人は戸惑っていた。すると彼女の口から、とんでもない言葉が飛び出す。



「年長だった子達を除いて彼らは全員、難病に冒された患者だったんだよ」


 その発言で、私達は絶句した。


「押収した書物を見た時は目を疑ったよ。魔術の本よりも、医術に関する手記が多く見つかったのだから」


「病気……? 子供たちは、何の病気だったんですか?」


 リインは広げた紙の一つを手に取り、病名を読み上げる。



「白魔病、若年性エイドス症候群、薄蝋菌、巡泥熱、銀塊肝など。全員が異なる病を抱えていた事が判明した」


 この世界の常識に疎い私と軽葉が首を傾げていると、病名を読み上げる中でエマの顔色が変わった。



「え、待って下さい。どれも致死率の高い難病じゃないですか! 薄蝋菌は薬の材料調達が困難だし、巡泥熱と銀塊肝に関してはまだ治療法すら無いのに──」


「その通りだ。だから驚いたんだよ」


 饒舌になるエマを抑えたリインの手は震えていた。



「驚くべき事にだ。保護した子供達は全員、病が完治しているんだ」


「そんな、馬鹿な……」


「更にジル・グリムは、これらの病魔相手に独学で臨んでいた。たった一人で、ひたすら勉強していたんだよ」


 リインの体の震えの原因が、彼女の中で起こっている矛盾なんだと私は分かった。

 きっと彼女は団長としての意見と、一個人としての意見との間で揺れている。


「前提として、医術師でない者の医療行為は犯罪だ。しかし、これは偉業と言わざるを得ない」


 リインは団長という肩書きを一度置き、リイン・ジークフリート・ネビロスという一人の人間として話すことを決める。


「ジル・グリムは、現代医療でさえ治せなかった難病の治療法を、独力で編み出してしまったんだ」


 善悪だけでは収まらない。それは紛れもない事実だ。



「現在の治療法が見つかる前に発見されたと思われる記述や、従来のものより優れた治療法すらある」


「時代があと少し早く追いついて入れば、あの男はきっと英雄になっていたわ」


 エマの呟きに私達は黙って頷いた。



「全てはあの結界の効果と、この聖遺物のお陰だった」


 気持ちを切り替えると、リインは別の紙を私たちの前に出した。それを見ると今度は軽葉が口を開く。


「あ、これ私も見ました。確か名前は──」



「苦悶の髑髏、S級指定聖遺物。一瞬の激痛を代償に、対象者の受ける身体的負担を肩代わりする」


「ッ! そういう効果、だったんだ……」


 リインがペラペラと紙をめくる度に、胸を締め付けるような切なさがやってくる。



「子供たちは難病患者として病院や家族からも見放された者ばかりだった。ジル・グリムはそんな彼らを術式の核だけでなく、治療目的でも攫っていたんだ」


「でも、やはり全員が助かったわけではなかったようね」


「そうだとも。おそらく手の施しようが無いほど病気が進行していたのが、庭に埋まっていた遺体の子達さ」



「シャロンが、スキルで見た光景──」


 子供たちがあの地下室で叫び、苦しむ声を上げる記憶。

 あの映像は拷問では無く、手術の光景だったと今、やっと理解した。



「最後に、ジル・グリム自身についてだ。彼はこれから裁判を受けるが、おそらく刑務所病院に入るだろう」


「それって──」


「違うよエマ、身体的な理由ではない。彼は精神を病に犯されていたんだ」


「精神を?」



「取り調べの際、彼は『俺』という一人称を使っていた。だが時折、『私』という一人称に変わる瞬間があった」


 それはジル本人と地下で会話している時にも感じていた違和感の正体だった。何故か不自然に、俺と私という二つの一人称をジルは使っていた。



「そこから鑑定の結果、彼は精神疾患だと判断された」


 会話の一部始終を思い出すまでもなく、私は彼の一人称の使い分けの法則を把握した。



 ──ジルは子供たちに関することを話す時、必ず『私』と言っていた。



「ここからは、君たちから情報を元にした私の推測だ」


 鎧がガチャガチャと音を立てて揺れる。ベッドに散らばった書類をまとめながら、リインは導き出した仮説を話す。


「ジル・グリムは迫害の過去を経て、復讐の鬼と化した。そしてその果てに、古代術式での世直しを目論んだ」


 その通り。ジルの過去についてはあの時と、ここにやってきた初日に軽葉から聞いていた。



「しかし彼の良心と罪悪感はそれを許せず、魔術工房を孤児院として結界内に建てた」


 多分、これも真実なんだろう。本の山の中で、平和への野望を吐露したあの男の気持ちを思えば、必然と理解出来る考えだ。



「だから、みんなに言ったんだ……」


 子どもの親を殺した自分を許したくない気持ち、それが子供たちに放った脅迫の真意だったんだ。


 自分の親が悪人だったと悟らせないため、そのせいで外で苦しい思いをあの子達にさせないために、ジルは子供達を引き取ったんだ。



「彼の正義は方法を誤っていたものの、確かに本物だった。似た境遇の子供達を救うことで、少しでも自分の心を救いたかったのかもな」


 そうかも知れない。あの時のジルの顔は、救いを求めているようにも見えた。



「貴族殺しの大犯罪者が被った仮面、子供達を愛する孤児院の主ジル・グリム。その偽りの姿こそ、本当の彼だったんだろう」



 悲しき運命を背負った人間の真実は、胸を抉られるような辛さがあった。


「ジル、さん……」


 静まり返る部屋の中、ここで軽葉が言葉を発した。



「その愛は、本物でした」


「軽葉ちゃん……」



「奏ちゃんが来た時、ジルさんは年長の子供達が亡くなった事に気付いてたの。地下室の結界は、年長の子達を核にしてたから。だからあの時、ジルさん──」



 脳裏に浮かび上がる、あの時の光景。剣で何度も叩いて、扉を破壊して吹き飛ばしたあの時。


 私のことを見つめる、ジルの顔が。



「泣いてたの。静かに、涙を流して」



 頬を伝って伸びていた2本の涙の筋。それが暴風で掻き消される瞬間も、その時の絶望したジルの表情も。


 その全てが、私の目に焼き付いていた。


 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 報告が終わるとあの後、リインはすぐに部屋を離れていった。騎士団の任務として、王都へ向かったらしい。



 静寂に包まれた部屋の中で、私は頭の中で何度も反芻していた。

 あの場で私がジルに問い詰めた事が正しかったのか、今となってはもう分からない。


「私は、どうすれば良かったんだろう」


「奏のした事は、最善の行動だと思うわ。私が奏なら、他に方法は思い付かなかった」


 零れた私の心の声に、エマはそっと寄り添ってくれた。


 慰めが欲しい訳じゃないのに、また余計な言葉が口をついて落ちる。


「もっと、強かったらなぁ……」


「奏ちゃん。奏ちゃんは、強いひとだよ」

 

「軽葉ちゃん?」



 突然投げられた言葉に私は困惑した。自分に似つかわしくない称号に違和感を感じていると、軽葉はゆっくりと胸の内を明かす。


「私、過去のせいで人が怖かったの。今まで誰も信じられなかったし、心を許せる人もいなかった」


「っ……」


「でも、奏ちゃんは友達になってくれた。私を守ってくれて、助けようとしてくれた。誰よりも私を、大切にしてくれた」


 目に涙を貯めていく私に、軽葉は優しく微笑んだ。



「もう過去も、乗り越えられそうなの。これは全部、奏ちゃんのお陰。だから奏ちゃんは強くて、優しいんだよ!」


 別人を見ているようだった。声をかけただけで泣きそうだった少女は、見違えるほど堂々とした女の子に変わる。


 軽葉の方こそ、強くなっていた。



 前へ進み始めた軽葉の成長に喜んでいると、ふと疑問が頭に降りてきた。


「……そうだ軽葉ちゃん。軽葉ちゃんは、エマちゃんに言った? 過去のこと」



「うん、話したよ」


「軽葉から昨日聞かせてもらったわ」


「一緒に冒険する仲間に、隠し事は良くないと思って」


 あれだけ彼女を縛られていた過去の影は何処にも見えなくなった。



 この短い期間の中で、ここまで人の過去に触れることになるとは思ってもみなかった。

 どんな人間にも、辛い過去はある。それを皆は血眼になってでも、乗り越えようと必死に生きているんだ。


 だったら私も、乗り越えなきゃいけない。



「……じゃあ、私も言うね」



 私の中で決意は固まった。エマと軽葉、異世界で出会ったかけがえのない大切な友達であり冒険仲間。


 この2人になら言える気がした。この2人となら、乗り越えられる気がしたから。


「この世界に来る前。転生する前の、私の過去」



 ──悪夢が蘇る。私の経験した、最悪の14年間の記憶が目を覚まして襲いかかる。

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