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第23話 狢

今回まで軽葉視点が続きます。

 ジルは私の向かいの椅子に腰掛け、身の上話を語る。あまりに現実離れした世界の話ではあったけど、彼の話には何処かシンパシーを感じた。


「罪を犯していない者が、居場所を初めから与えられなかった者が、足掻いた結果がこれだった」


 苦虫を噛み潰したような顔で、歯ぎしりを立てながらジルは話し続ける。



「終戦しようと、転生者が介入しようと根本は変わらない。表面上だけ綺麗に整えて、その奥にある本質は一歩も進んでいなかった」


「……」


「俺以外、全員死んだ。餓死、自殺、心が折れてそのままぽっくり死んでいった奴もいる」


 目の前にいる中年の男は私の中ではもう恐怖の対象ではなくなりつつあった。

 今、昔話を語っている人物はただの被害者でしかないのだから。



「和平条約だの、民主主義改革だの、文明発展だので、大衆はさぞ喜んだんだろうなァ! 俺らの、平民にすらなれなかった者の屍を踏みつけてッ!」



 転生してから初めて、この世界の陰に触れた気がする。

 いや、単純に私が目を向けて来なかったからなのかもしれない。


 人が人である限り、この世から悲しい怨嗟と犠牲は消えないのだから。


 分かりきったことではあるけれど、これまでずっと苦しんで来た人間をいざ前にすると、その答えの重みが違った。



「だが俺がどんなに恨もうと声は届かなかった。生活は貧困を極め、腐敗した貴族は依然のさばり、人も魔族も俺を……腫れ物のように扱った」


「酷い、本当に酷い」



「だけどな、俺だって馬鹿じゃない。世界が腐っていようと、少なからず善人はいる。どんな立場であろうと、そいつらだけは祝福を得るべきだと思った」


 ジルは身に纏っている緑の外套を千切らんばかりに握り、怒りの篭った声を出す。



「だから俺は世界に復讐を誓った。咎人を殲滅し、善人だけの世界にするために」



「貴方は、何をする気なの?」


 質問するとジルの威圧感はスッとなくなり、落ち着きを取り戻そうと深呼吸を挟んでから彼は回答する。


「お前達をこの結界に閉じ込めておくのは、術式をこの魔草地帯に定着させるためだ」


「魔草地帯に、定着?」


「それが第一段階だ。定着後は地脈を通じて地上全てに術式を巡らせ、全生物の魔力を少しづつ吸い上げながら解術不可の領域まで拡張する」


「せ、かい……」



「その術式は完成し、『災厄の獣』を喚び出す召喚術式と成る」



 計画の全貌を知った瞬間、背中に鳥肌が立った。それは恐怖なのか、それとも驚嘆なのかは分からない。


 ただ、一人の男が抱いた果てしない怨みの大きさに言葉を失った。



「10年に1度、巨獣は各国に何体も出現する。たとえ召喚された獣を倒そうと、術式効果により即座に別の獣を召喚させる。災厄の獣は大地を踏みつけ、自然と命を簒奪(さんだつ)する」



「それって、そっそんなの、ただの大量殺戮じゃないですか!」


「ただし、獣は打ち倒すことが可能だ」


 ジルは一層力強く声を張り、僅かに潤んだ目をこちらに向ける。



「多くの人々が真に平和を願い、他者と争わず傷つけぬと心から誓うことにより、災厄の獣は消滅する」


 彼の野望はあまりに暴力的で、それでいて魅力的な夢物語だった。



「災厄の獣は消滅と共に民へ豊穣を。残った咎人の元へは、災厄の獣から生まれ落ちる無数の『小さき獣』が殺しに行く」


「そんなこと、本当に出来るの?」


「世界中の魔力と生命力を用いての術式だ。不可能ではない」


「全人類が願わなければ、災厄の獣は消えないんですか」


「全員でなくとも、多数の人間が真に懇願すれば獣は消滅する。それに善悪を知らぬ子供だけは一定年齢に成長するまで例外的に猶予が与えられる」



 人道に反する度し難い行い。そうであるとは分かっている。

 それでも彼の言うことは、善悪の物差しで測ろうとは出来なかった。今にでも彼に「それで良い」と言ってしまいたい。



 それでも私は、言っても無駄な綺麗事を口に出す。正義か悪かではなく、私の感じた思いを彼に伝えたくなった。



「私は……この方法が絶対に正しいとは思いません」


「共感を得られないのは重々承知だ。私だって……」


「でも」



 何を言おうとしているんだろう。彼には励ましにすらならない言葉なのに。



「貴方の、ジルさんの正義も分かります。その辛い気持ちも、されたことも。だって、まるで──」


 彼の過去が、彼の姿が、一つ一つ重なる。蔑むような人間達の目も、選択肢を与えてもらえない状況も、全てが目に浮かんで見える。



 周囲の人間に勝手に押し付けられる悪意。その耐えられない潰されるような痛みは、今でも胸に刻まれている。



 逃げ場のない部屋の中へ篭った、一人の少女の姿が彼の話の中で投影されていた。



「私と同じ……」


 これ以上は何も言えることが浮かばない。私はジルのような怨みすら持てず、ずっと殻に閉じこもっていた愚か者だから。


 嫌いな自分の過去と自分自身を思い出して、泣きそうになりながら黙っているとジルはそっと語り掛ける。


 その声だけは、いつもの孤児院にいるジルの声と同じだった。



「虐げられた者が他者を虐げないとは限らない。だが、お前が前者なら分かっている筈だ」


「……」



「自分が何をすべきか、何が善と悪なのか、をな」


 私は小さく頷く。


 その時にふと、頭の中にある言葉が思い浮かんだ。彼には通じないと思ったが、私は何気なくその言葉を零す。



「私達、同じ穴の狢(むじな)ですね」


「異世界の慣用句など、俺は知らない」



 ジルはさっと顔を背け、哀しげに目線を落とす。


 部屋の壁に数本の光の線が走った。青白く光る線を確認するとジルはタンスをガチャガチャと漁る。


「反応が出たか、これで良い」


「次は、何を……?」


「お前に結界内に拘束する術式を付与する」


「えっ」


 ジルは道具を準備しながら結界について再度秘密を明かす。



「結界は侵入時に術式が付与される細工をしているが、お前達や魔力量の多いガキは1週間が経過しようと効果が反映されない場合がある」



「……分かりました。出来るだけ痛くしないで下さい」


 もう何が正しいか分からない。でも彼の野望を妨げられるほど、私は正義感を持っていなかった。

 むしろ止めるべきではないとも思ってしまったかもしれない。


 敢えて加担するようなことはしたくない。だったら動かず、何もしない方がマシだという、汚い考えに走る。



 そうやって思考停止させた私は抵抗する事をせず、そっと目を閉じた。



 その時、爆発に似た衝撃音が部屋に木霊した。爆音は部屋の扉から鳴っている。ドン、ドンと大木槌で殴るように一定の感覚で叩かれていた。



「馬鹿な、何故場所が分かった」


 ジルの顔から血の気が引いていくのが見て分かった。音のするドアの方を見て、口を開けたまま固まっている。


 木の扉が金属のような重い音を響かせながら軋み出す。


「入口には簡易術式が起動している筈だ、侵入出来る訳がない。なのに、なんで」


 音の間隔は徐々に短くなり、扉にびっしりと亀裂が入っていった。



「あの子達が、生きている限り──」


 何かを言いかけたその時、ジルは目を丸くして声を失った。



 瞬間、けたたましい音を立ててドアが吹き飛んだ。机の羊皮紙は宙を舞い、床へ乱雑に置かれた魔法具はガラガラと部屋の後方まで転がる。



「かなで、ちゃん……」


 木っ端微塵になった扉の向こうから外の光が差し込む。光の中には見慣れた人影がある。



 でもそこには見たことの無い姿をした友人が立っていた。

 服にはとんでもない量の血の飛び散っている。赤く濡れた右手で銀の剣を握り、左腕はだらんと垂らしたまま。


 そして奏ちゃんは、無表情のまま泣いていた。冷たい憤怒を孕んだ目を、ジルに向けて。

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