第11話 出発
見上げても枝の分かれ目さえ見えないほど巨大な樹が並んだ森。その中は朝の光が差し込んで、空の代わりに葉の深い緑の天井が風で揺れている。
微かに香る葉の青い匂いと鼻を抜ける木そのものの匂い、そして獣道の傍や樹の根元では緑以外の色鮮やかな花々が咲き乱れている。
花の持つ妖艶な蜜の香りと美しくあると同時に力強く花弁を開いている植物に私は吸い寄せられる。
特に道の近くで咲いた赤い花はつい手に取ってしまいたくなった。
「エマちゃん! このお花とかも触っちゃダメ?」
「全部だーめ。毒草や魔草じゃなくても、マンドラゴラかもしれないからね〜」
「そっかぁ、ちょっと勿体ないね」
──あの任務が終わった後、旅の準備のために私はラウム村に1週間ほど滞在していた。
スウェン達や他の冒険者の皆は任務で一足先に旅に出たけど、それまでの間はこっちの世界の話をしたりしてもらって楽しみながら必要な常識や最低限の歴史とマナーも教えてくれた。
マスターさんから貰ったあの銀剣は正式に私の武器に登録してもらった後に村の鍛冶屋さんで打ち直してもらった。それも私が討伐した魔獣の牙も錬成して魔力が少し篭った簡易的な魔剣にしてくれたのだ。
更に小さな集落だったから村人の皆とも仲良くなれて、丈夫で長持ちするナップザック式の道具袋や村の馬鈴薯で作った簡易食料を持たせてくれたり等、手厚く送り出してくれた。
プニのことも私の使役魔獣としてギルド登録したり、お世話の仕方を説明もしてもらえた。
ラウム村と老犬の酒池にはまた必ず来ると皆と約束を交わして、私はエマと次の街に向けて旅に出た。
そして今は、次の街に行く途中としてこのバラキエル森林の中を通っている。魔獣と遭遇したエリアとは違い、今いる森の北西部は多くの植物が自生している地域らしい。
「バラキエル森林の北西部はまだ植物が少し多い程度の所だけど、次の街を超えた先の森は本格的な魔草地帯だから絶対に油断しないでね」
「そんなに危険なの? 魔草って言うぐらいだから、魔獣も一緒にいるとか……」
「小型の魔獣しかいないから危険度はあまり高くないよ。小型魔獣は魔草を食べれば満腹になるし魔力も補給出来るけど、大型や中型は満腹になるまで食べると魔力過多で死んじゃう。だから寄り付かないの」
それを聞いて少しばかり安心することが出来た。
中型魔獣だけでも元の世界では大型動物の分類に含まれる大きさなのに大型魔獣までいたらどうしようもなかった。
「とは言っても魔獣はほぼ全種が雑食性だし、魔力が高い人間とかはむしろ大好物だから」
「そんな……嫌だなぁ」
「しかも魔草そのものも有毒なものや動いて人間すら栄養にする種類もあって危険だからね」
エマが私に注意喚起していると、私の服の袖からスライムのプニがひょこっと顔を出す。
普段は大人しく、プニは寂しくなるとたまに顔を出して私のことを見つめる。普段はTシャツのように私の服の中にいる。
プニは外敵から身を守るために肌着のように伸びて私の体に着いているのだが、私にとっては防具のような役割になってくれている。
それは水スライムの特性らしく、主となった者に甘えるようにつくようだ。臆病だがたまに現れた時のその姿が何とも可愛らしい。
「プニも食べちゃダメだかんね。魔草も種類によっては凶暴化するから」
『キュ〜……』
エマに注意されたプニは残念そうな声を出してまた服の中に潜った。
雑談をして歩いている最中、ふと降ってきたように気になる話題が思い浮かんだ。突然降りてきた疑問をそのまま脊髄反射でエマに私は尋ねる。
「ところでエマちゃんって、なんで冒険者になったの?」
「うーん……理由は少し説明が面倒だし長いから嫌なんだけど、強いて言うなら遊びたかったからかな」
その理由は正直意外なものだった。
知性と大人の落ち着きがあるエマが遊び歩いているイメージはどうしても結び付かなかった。
「こうやって任務こなしながら冒険して、衣食住はある程度困らない生活送って、自分探しする為の旅してる感じだね」
多少は驚いたが、理由を聞くとやはりエマらしい考え方だった。
魔法が使え、ギルドという組織が存在し、様々な魔獣が出没する世界ということを考えると、危険という問題を取り払えば賢い生き方なように思えた。
「奏は? まぁこの世界に来たからって理由が殆どだと思うけど、何か旅の目的とかあったりする?」
聞き返されると、少しだけ言葉が詰まったが言いたいことの方向性は決まっていた。
主な理由は異世界に対する憧れだったが、それ以上に思うことは──
「……私も、エマちゃんと似てるかな。私は、この世界で『幸せ』を探す為に冒険したい。色んなもの見て、感動したり喜んだりして楽しみたい」
「そう、奏らしくて良い理由っ」
目標を改めて実感できるというのは、気分が優れて良い。エマと話していると不安な気持ちも和らいで楽しい気持ちの方が大きくなっていく。
そんなこんなで話をしながら歩いていると、足から伝わる道の感触が変わる。そして森の緑から目の前は一気に開けて青空とともに丘下の街が道の先に見える。
「着いた、ここがベリト町だよ」
「おわっはぁっ……!」
町人や商人達で賑わっている異世界らしい中世西洋風の街が広がっていた。




