8.迷宮の封印解除3
迷宮の封印解除を行ってから一週間が経過した。
その間、管理者としてする事はこれといって無かった。
伊東のアドバイスは、迷宮の自浄作用を促すために「暫くほっときましょう」だった。
そんなのでいいのかなと思いつつ、なにぶん素人なもんで、慣れるまでは全面的に、彼の言う通りに行動しようと紅葉は決めていた。
洞窟はその間誰も立ち入れないよう封鎖しているが、洞窟前まで一日一回は足を運び、周囲に気を配っていた。
「紅葉ちゃん山の祠に、そろそろ挨拶せないかんよ」
紅葉は数日前に祖母にそう言われていた事をふと思い出していた。
まだ時間はあるし、伊東さんが来る前にお参りに行ってみようかな……
大分前に買っておいたお神酒とお供え物を携えて、山の中腹にあるという祠を目指す。
人一人が通れるくらいの小道は、人が頻繁に通るはずはないのに整地されていた。
道なりにズンズン突き進むと、目指す祠は鬱蒼とした茂みの中に直ぐに見つかった。
近づいて見ると随分と古びた小さな祠だった。
蝶番部分が錆びつきいかにも建てつけが悪そうに見える。
案の上、扉がスムーズには開かず若干力が入った。
ようやく開けたところで、軽く掃除をして、紅葉は持ってきた物を祠の前にお供えした。
「森神様。この山の洞窟にある迷宮をこれから再開します。どうか長い目で見守ってください」
手を合わせ、今一番気掛かりな事についてお願い事をする。
「これからもよろしくお願いいたします」
去り際に一礼して紅葉はその場を離れた。
祠の前から紅葉が去って、雑木林の中に姿が見えなくなった頃。
小さな祠が急にカタカタカタと音を立てて小刻みに揺れ始めた。
物の数分で揺れが収まると今度は祠全体が淡く光り出す。
しばらく光り続けた後、今度は「ギギギ」と音がして祠の扉が僅かに開いた。
その僅かに開いた扉から、淡く光りながらふわふわとした何かが飛び出してきた。
フワフワしたそれは、祠の周りを八の字をかくように飛び回ると、その内ふっと旋回するのを止めて秋空の中に飛んで行った。
祠の扉はそれを見届けたかのように「ギギギ」と音を立てて再び閉じた。
「ばあちゃん祠にお供えしてきたよ……」
「そうかい。これで山神様も見守ってくださると……ばあちゃんも安心さね」
紅葉の報告に、祖母は満足そうに頷いた。
今日の予定を一つ片付け、後は迷宮の用事のみ。
待ち人が到着次第、いよいよ迷宮の中を確認することになっている。
「紅葉ちゃん。伊東君はまだかね?」
「うん。約束の時間はまだまだ先だよ」
「伊東さんが来たら、ばあちゃんも中見たい?」
「さてどうすっかね」
「まだ何も無いからね。面白くは無いと思うけど」
ばあちゃんは顎に手を遣り、しばし考える。
「ばあちゃんは迷宮が開業してからでいいさね。それまでは楽しみにしとくと」
「うん分かった! ばあちゃんもびっくりする様な迷宮にするから期待しててね」
ガッツポーズを決める紅葉だった。
「紅葉ちゃん。今日もバッチグーで決まっとるね」
「そうでしょう!」
今日の紅葉の服装は、以前も着ていたツナギ。
この前は、結局迷宮に入る事が無かったため、直ぐに着替える事になってしまった。
それからほどなくして、伊東がやってきた。
伊東は今日もスーツ姿だった。手には懐中電灯を握っている。
「おはようございます、山野さん。静子さん。」
「はい、おはよう。伊東君」
「伊東さんおはようございます」
山野姓が二人いるため、伊東は紅葉の事を山野さんと呼び、祖母を静子さんと呼んでいる。
私の事もいつか名前で呼んで欲しいな……。
苗字で呼ばれる事にとなんだか距離を感じてしまい、少しだけつまらない紅葉だった。