【別話】今宵は火牛の計
来夢迷宮・三階層、合戦場エリア――。
今日も霧の戦場に、新たな刺客が足を踏み入れた。
「……よし、風向き、湿度、地形、高低差、敵の潜伏箇所。完璧に把握した」
声を発したのは、チーム『鋼の方程式』の副隊長である。
「諸君、これは戦術検証であると同時に……実戦訓練でもある!存分にやりたまえ」
「了解しました! 出撃準備万端です!」
隣の女魔術士・エミ、両手を組んで魔法陣を構える。
そして、その後ろには無表情の大男・前田。何を聞かれても「押忍」としか言わない、筋肉タンクである。
「ではいこう、配置につけ!」
一糸乱れぬ動きで隊列を組む冒険者たち。合戦場の霧が彼らを包む。
一方――霧の向こうで待ち構えていた、ドクロ隊本陣。
「お館様、また新手が来ましたぞ」
「うむ、あの整った歩幅…… きゃつらなかなかの手練れと見た」
「どうします? 先手を打ちますか?」
「いや、今宵は――あれじゃ、『火牛の計』でいくぞ!」
「またそれですか!?」
官兵衛が苦い顔をするも、お館様はご満悦。
「よいではないか。姫さまにいただいた『爆発しない安心牛型ぬいぐるみ』も再利用できよう!」
「牛、突撃ぃぃぃ!」
お館様の号令とともに、ドクロ兵たちがぬいぐるみ牛を大量に曳いて突進を始めた。
笛の合図でぬいぐるみの目が赤く点滅し、「モォ〜〜!」と鳴く仕様である。
「敵、出現――牛!? しかもぬいぐるみ型!? これは陽動か!?」
「……読めない。読めないわ、戦術意図が一切読めない!」
「押忍」
「落ち着け、これは――深い策略だ。あえて我らの思考を乱すための奇策!」
「相手にとって不足はない」
冒険者達はお館様の作戦にまんまと引っかかる。
牛部隊に気を取られている隙に、ドクロ隊が側面から華麗に回り込んでいた。
「左! 左ががら空きだ!」
「やられた!? あの牛、ただのぬいぐるみじゃなかった!」
慌てるエミと前田を尻目に、お館様が高らかに宣言する。
「これぞ、戦術とは何かを知らぬ者に対する、我らの手本である!」
「……いやお館様。ただの火牛に振り回されてるだけでは……」
官兵衛の呟きもむなしく、冒険者たちは戦術的には完璧ながら、ドクロ隊の自由奔放さと妙な攻撃のクセに翻弄され、次々に隊列を崩されていく。
「……だ、だめだ。分析不能。これまでの戦闘データでは分類不能……これは、“戦術”じゃない……!」
「否ッ!」
霧の向こうから声が響く。
「これぞ戦術ではなく“骨術”ッ!!」
お館様が槍をくるりと回し、最後は足元の地面に突き立てて決めポーズ。
風にたなびく、来夢迷宮印の幟。そこには、ぎこちない筆跡でこう記されていた。
《姫さま万歳☆》
「「「姫って誰だ?」」」
「知らんが、恐ろしい戦術の元凶なのは間違いない」
チーム『鋼の方程式』は、完膚なきまでにぬいぐるみと骸骨に翻弄されて撤退するのであった――。
その頃モニター室では。
「……あれ使っちゃう? 恥ずかしいから外してって言ったよね?」
「でも紅葉さま、あれはドクロ隊が心をひとつにするシンボルですの」
「心がひとつすぎて怖いよ!!」
こうしてまた一つ、“姫さま伝説”は広まるのであった。




