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またたきをとどめて  作者: kirinboshi
第一章 壊れた足
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第八節 テニス部

放課後、澪は千夏と並んでテニス部へと向かっていた。

正直、澪にはとても勇気のいることだった。松葉杖をついてようやっと歩いているこの姿は、部員たちにとって憐れみの対象以外の何物でもないだろう。


テニス部の顧問の桜田先生と部員の皆が部室に揃って待っているのだ。千夏が力添えをするように先に部室に入って、不自由な体の澪のために扉を開けてくれている。


「先輩、おかえりです!」

「おかえり!」

「おかえりなさい!」


澪の予想に反して、部員の皆は後輩・同級生・先輩に限らず、そう声をかけてくれた。

もう、テニス部には戻れないのに……。澪はぎこちなく微笑んだ。


顧問で体育教師でもある桜田先生は、澪の体についての状態はよく分かっているはずだ。皆が「無事に戻ってきてくれて良かったです」というようなことをひとしきり言ってくれた後、桜田先生は口を開いた。女性なのに化粧っ気のない、厳しい顔つきはいつもの通りだ。


「はい!戸川以外は練習に入る!」


パン、と手を叩いて桜田先生はその場を収めた。皆は「じゃあねー」と澪に声をかけながら部室を出ていく。


桜田先生と二人になった澪は即座に緊張した。


一体何を言われるのだろう……。


「退部」という言葉が当然浮かんだが、桜田先生は澪をいたわるように、部室内のベンチに座らせて自分も横に座った。母親より年かさの先生がふっと柔和な顔になった。いつも厳しく、怖い存在の先生がこんな優しい顔になるなんて、と澪は目を見張った。


「戸川、テニス部に戻ってこないか?」

「え……」


一瞬、何を言われたか澪は戸惑う。桜田先生は笑顔のままだ。


「戸川は、テニスが何よりも好きだ、って先生は知っている。戸川の動体視力には先生自身驚かされていたよ。体の動きさえついていけば一流だ、って。

どうだ、マネージャーとして、もう一度、テニス部を支える気はないか?」


澪は、桜田先生の話をただただ聞いていた。


そうか、マネージャーになるという道もあったんだ……。


桜田先生は澪のテニスプレイヤーとしての目をすごく買ってくれていた。

そして、澪のテニスに対する情熱も澪以上にわかってくれていた。


澪は桜田先生の言葉に頷きながらも、「考えさせてください」と言うのがやっとだった。

そして、今日はそのまま家に帰された。


澪はゆっくりゆっくり注意深く帰路につきながら、テニス部のことについて悩んでいた。

部屋に戻った澪は、改めて物が少なくなり、華やかさに欠けるがらんとした自室を眺めた。


澪はこの部屋が、まるで自分そのもののように思えた。

テニスを捨てた、何もない自分。


テニスに対する情熱が完全になくなったとは言えない。

しかし、澪はあくまでプレイヤーでいたかった。

選手として、練習し、レギュラーになり、試合に出たかった。

マネージャーとして、サポートに回る自分は想像できなかった。


それに一度、折れた心はもう戻らない。




スマートフォンのメール音が鳴った。

部活終わりに心配したのだろう、千夏がメールをくれた。


『色々悩むことあるだろうけど澪らしくね~!』


いつもの明るい千夏の調子に澪は安心してふっと息をもらした。


そうだ。自分なりに決めていこう。


澪は一つのけじめをつけるために、固く決意した。


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