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またたきをとどめて  作者: kirinboshi
番外編 草間仁の場合
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番外編 草間仁の場合3 嵐の前

三年生として部長になってからの春夏は僕にとって平穏な日常だった。

新しく入ってきた一年生を指導し、今が一番盛りとはしゃぐ二年生をいさめる日々だった。


部長として認められる実力もある。

夏休みが終わる頃には志望校も決まった。


清川先生との仲は相変わらず縮まらない。

別にそのことに焦りを感じるわけではなかった。

教員室に出入り出来るのも、清川先生を「きよピー」と呼ぶのも僕の特権だった。


秋に入る頃、一人の女生徒が美術部に出入りし始めた。

僕は美術科の卒業制作で忙しかったが、その元・テニス部の生徒の事故は知っていた。

全校集会で事故の危険性が校長からはしつこく周知されていた。そして、美術部員の山田有華が友人として美術部に呼んでいるとも、自分の耳に入っていた。


単なる居場所として美術部にいてもらうことは部長として異論はない。

普通科のテニス部員がろくに絵も描けないのは想像がつく。


卒業制作も目途がついたある日。

その女生徒が部室にひっそりと存在しているのを目にとめて声をかけた。


「はじめまして、戸川澪さん……で合ってるよね?」


僕がそう声をかけると、足に怪我をした女生徒が軽く頬を染めてどぎまぎと返事をした。


「まぁ、ゆっくりしていってよ」


僕はそう言って、もうその女生徒から興味を失っていた。

明日、清川先生が美術部に顔を出すことだけが楽しみだ。


次の日、美術部の部室に現れた清川先生はいつにもまして機嫌が悪かった。

だけど、僕は臆することなく清川先生を追いかけて教員室に入った。


「仁、美術科のレベルが年々下がっているぞ」


清川先生は僕をサングラス越しに睨みつけた。

日常茶飯事のことだ。

僕にとってはむしろ心地いい。


「今度、部員全員の絵を先生に見ては頂けないでしょうか。

 美術科のレベルは致し方ありませんが、美術部はそうレベルは下がっていません」


僕がそう進言すると、清川先生はふっと鼻で笑った。

僕の言葉を信じていない様子だ。僕としては春夏、美術部のコンペを制し一生懸命に描いてきたつもりだ。絵のことで妥協はない。


「……まぁ、いいだろう」


そう言って清川先生は左腕で洋書のページを器用に繰り出した。

清川先生は事故にあって右腕がない。

それから、作品作りを絶って後進の育成に力を注いでいる。


僕なら喜んで先生の右腕になるのに。

観念としてそう思っても、無理な話だ。

清川先生と僕では画風が違いすぎる。清川先生の激しさは僕の絵にはない。

右腕のない先生の後ろ姿を見ていると、何故かさっきの足を怪我した女生徒の姿がオーバーラップした。


コンペ前に先生に絵を見てもらう。その時にあの女生徒にも絵を描いてもらおうか。

ふとそんな考えが浮かんだ。あの生徒はもうテニスは出来ないかもしれないが、絵は描けるじゃないか。

そして、その気まぐれな判断が僕をおとしめることに、僕はまだ気づいていなかった。


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