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またたきをとどめて  作者: kirinboshi
第一章 壊れた足
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第五節 退院

定期的にリハビリに通わないと行けない日々がしばらくは続くが、松葉杖の使い方にも慣れ、澪はどうにか一人で歩けるようにまで回復した。


退院の日、今までお世話になった看護師さんや病院スタッフの人にお礼を言い、澪は父が運転する車で自宅へと帰った。


久々に見る一軒家の我が家は、何も変わりないように見えた。変わっているとしたら、春より緑が青々と茂っていることと、事故にあった自分。

澪はネガティブな考えを追い払うかのように頭を振った。


幸い、澪の部屋は一階にあったので、無理に階段を上ることもなかった。しかし、澪は自分の部屋に入ってしばし絶望した。


少し、片付けられてはいるが、変わりのない自分の部屋には、モーリー・ハドソンをはじめとするテニスのスター選手のポスターや、ラケット・ボール、数は少ないが大会のトロフィーなど、テニスにまつわる思い出の品が沢山、飾られている。


もう、テニスなんて出来ないのに……。


澪は一人、部屋で涙を流した。


救いがあるとすれば、あのひん曲がったテニスラケットはどこにも無かったことだ。母が気を遣って処分してくれたのだろう。あのテニスラケットがあったら、まるで澪はラケットが自分のように感じてしまう。


あれがクッションになって命が助かっても、ひん曲がって用をなさないラケットはまるで自分だ。ラケットはここには無いのに、澪の脳裏にはあの形が焼き付いて離れない。


よろよろと澪は松葉杖を引き寄せ、立ち上がった。

部屋の一番、目立つところに貼っているモーリー・ハドソンがラケットを持ちながらガッツポーズを取っているポスターの前に立つ。


そして、画鋲を抜くこともせず、紙の端をつかむと勢いよく引きはがすように破った。

画鋲がどこかに飛んでいく。

それを気にも留めずに澪は次々とスター選手のポスターを破いていった。いつも大人しい澪の中に眠っていた熱情のようなものが湧き上がっていた。最後に残っていたテニスに対する情熱が発散され、消えてなくなっていくかのようだった。


数日の内に、テニスに関するありとあらゆる物を全て処分した澪はスッキリとした部屋のベッドで一人ぽつねんと座っていた。


明日から新学期である。


これから、どうしようかなー……。


澪は再び、病室で味わった絶望感を感じていた。

勉強に励め、と言われても澪はそんなに勉強に夢中になれる性質ではない。


学校、楽しいかな……。


夏休みを挟んだとはいえ、皆は春から思いおもいの夏を過ごしただろう。

澪は自分だけ置いていかれたようになった感覚を抱えた。


そして、事故の時のことをフラッシュバックしたり、逆に楽しかった時のことを考えたり、眠りの浅い日々を過ごした。


もちろん、その間に有華と千夏も家に遊びに来てくれた。夏休みの宿題のことで相談したり、千夏の恋愛のことで盛り上がったり、澪には救われる時間だった。


ただ、有華も千夏もテニス関係のものがすっかり片付けられた澪の部屋を見て、感じたところがあるらしく、テニスの話は一切しなかった。

澪は二人に気を遣わせていることを申し訳なく思った。


あの時、事故に合わなければ……。


何度、そう澪は思ったか、分からない。

車に跳ね飛ばされた瞬間に見た夜空が綺麗だったことを思い出す自分をことごとく間抜けだと思った。

自動車の運転手からは、正式に謝罪してもらい、それなりの対価をもらっている。ただ、あの事故の原因は澪が不注意だったこともある。澪は自分の迂闊なところが本当に嫌になった。


そして、暗い気持ちを抱えたまま、澪は登校の日を迎えた―――。


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