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またたきをとどめて  作者: kirinboshi
番外編 草間仁の場合
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番外編 草間仁の場合1

「ごめん、俺」


君のことは好きそうになれない。

そう続けようとするとハッとする女の子。

いつもは「僕」で通している自分だ。

女の子が驚いたのは「俺」と言ったことか、「ごめん」の続きが読めてしまうからなのか。

名前もまだ知らない可愛い女の子に僕は背を向ける。

物心ついたときから女の子を振ったのはこれで何回目だろう。


自分で言うのは嫌味だが、僕はモテる。

告白されて断るたびに外野では色々言われる。

「実は冷血漢」とか「変人」とか言う奴がいるが別にどうだっていい。


絵があればいい。

好きに描ければいい。


咲が丘高校二年生、草間仁。

僕が好きなのは絵を描くこと、それと――。



「お前、いい加減にしろ」

そう声を荒げたのは、美術部の三年の三木谷みきや先輩だった。

その日はコンペ前の部員たちの有志のみでの作品合評会だった。

卒業間近の三年生に絵を見てもらえる最後の機会だったが、雲行きはあやしい方へ進んでしまっていた。

僕は肩をすくめて「すみません」と謝りながら椅子に座る。

来栖が前の週から鉛筆画しか描かなくなった。それについて僕は意見を述べていたのだ。


「そもそも来栖が描けなくなったのはお前のせいだろう」


三木谷先輩の声は険を含んでいる。僕が次期部長になるのに嫉妬していると聞いた。

そもそも、だ。

僕は同学年の来栖の油絵に「色が足らない」と言ったに過ぎないのに。


「絵に関してはシビアな仁ちゃん」


長い髪を揺らしながら歌うように言って笑うのは、佐倉部長だ。

三年生で最も絵が上手い女部長。フォローしてくれるのは有難いが、真剣な場でもふざける性質が僕はちょっと苦手だ。

というか、僕は年上受けするタイプではない。

早く三年生になりたい。


来栖はボソッと「・・・・・・俺の問題だから」と言った。

その場はその一言でなんとか収まった。

だが、来栖が着色をしなくなったのは事実だ。来栖の絵に下手に口出しをしてしまった責任を僕は少し、感じる。



「お前が悪いだろ」

そうバサッと切り捨てたのは清川夕慈。この咲が丘高校の美術部顧問だ。

ぐだぐだと一人だけ居残って教員室に行くのはもはや僕の日課だ。


「いや、きよピーに言われたくないし」

「馬鹿」


何が、馬鹿なのか。清川先生ほど他人の絵を罵倒し、叩きのめし、美術部員どころか美術科の生徒の心もへし折る天才なのに。

そう不満を訴えると、清川先生は机の本に目を落としたまま、

「俺はずっとお前らより先輩だろ、同学年に言われちゃな」

とやけに甘いことを言った。


俺は先生を後ろから見つめる。左手で本を押さえながら読む先生。利き腕である右手は事故により失われている。

清川先生に憧れてこの学校に来る生徒は多い。

僕はただ単に絵を描くのが好きだからこの高校に入った。

おまけにたまたま勧誘された美術部にも入った。そして誰も近づかない教員室に入り浸るようになった。そして単純に、清川先生を好きになった。

この場合の「好き」をどう見なすかは僕自身でさえ判断がつかない。

人間愛なのか親愛なのか、恋愛なのか。

ちょうど17歳の男子高校生が青臭くも「僕」と「俺」との狭間で揺れているように。


「先生、好きだよ」

「馬鹿かお前」


そう、こうやって簡単に口にしても、清川先生は取り合ってくれない。

僕の絵を簡単にこき下ろすように。

むしろそれが心地良い。

窓から暮れゆく空を二人、この教員室で過ごしている時間は僕の心のようにゆらゆらしている。


「清川先生の人生ってどうだったの?」

「まだ終わってないし、ググれカス」


「はーい」と呟いてスマホをいじる。いや、何回も調べたけれど、俺が知りたいのはwikiとかに載っていることじゃない。


ネットに踊る先生の過去は激烈だ。

高校生にして美術家デビュー。

沢山のスポンサーとパトロン。

有名女優との恋愛。

数々のファンによるストーカー被害。

そして、バイクでの事故。

利き腕と共に失われた才能。


「蹴り落とされても良いから抱きしめたい」

「仁」


急に名前を呼ばれて緊張した。

清川先生をきよピーと呼ぶのも俺だけ。

俺を「仁」と呼ぶのも家族以外には清川先生だけ。


清川先生は本を閉じてこちらへ向いた。

立ち上がってツカツカとこちらへ来る。

すれ違う寸前でつと見る少し高い背。

清川先生のサングラス越しの瞳に俺がうつる。


「・・・・・・そういうことはね、言う前にやってしまうことなんだよ」


呆然と立ちすくむ俺をよそに清川先生は教員室を出た。

至近距離で見た先生の少年のような瞳。

在りし日の天才少年のガラス玉に壊れそうで透明感のある光。


清川先生の才能は失われてしまった。

だけど、清川先生は決して死んでいない。

生きている。生きている清川先生が好きだ。


僕は呆然と教員室に立ち尽くした。



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