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またたきをとどめて  作者: kirinboshi
第四章 コンテスト
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第五節 同じ悩み

部内コンペまで二週間になり、澪はいよいよコンペに向けた絵を描き始めた。

もちろんまだ習作の段階であるが、いよいよ花を題材にとる。


部室の中央には大きな花瓶が置かれ、色とりどりの数種類の生花が飾られていた。コンペ練習用に部費から花束を買い求めたのである。もちろん、この花たちを練習用ではなく本番用に描き下ろす部員もいた。


澪は花瓶の花は練習用と想定して描いていた。花びらや葉っぱの植物の特徴をとらえるためだけの練習材料。花瓶の花では澪のカメラ・アイが充分に生かしきれないからである。


本番用にはどんな花をどんな風に描こうか。澪は悩んでいた。


有華も同じ悩みを抱えていた。聞けば、サーシャもずっと悩んでいるという。

三人で花の図鑑をめくりながら、「うーん……」と考え込む。

残酷にも時間は待ってくれない。図鑑とにらめっこしていたのも三十分程度だった。三人はおのおのがまたキャンバスに向かう。


悩んでいるのは私だけじゃない……。

競争相手だとしても、同じ悩みを分かち合える。


澪はそれを励みにありとあらゆる花を描いた。だが、コンペまで残り十日をきっても自分の納得できる花の絵は描けなかった。悩みに陥って、自分の絵を破り捨てたくなった瞬間もある。でもキャンバスがもったないし、たとえ失敗作でも冒涜は出来ない。

澪は油絵具が乾いてから、納得のいかない絵を白く塗りつぶしては上に習作を描いていった。


皆が、コンペ用の絵を油絵で進めるのに反して、来栖先輩は相変わらず鉛筆画で出すつもりらしかった。毎日、緻密な植物画を淡々と描いている。

観察して描くタイプの才能を持つ来栖先輩が今の澪にはうらやましかった。


「お前は……記憶能力を使えばいいじゃないか」


澪は悩みを来栖先輩に吐露すると、そんなあっさりした回答が返ってきた。


澪は確かに、と納得させられながらも取り立てて、花に縁も興味もなかった自分の人生を悔やんだ。

いや、でも、確かにあるはず……。


そう、この咲が丘高校の入学式。

あの希望にみちた気持ちでこの高校に入った日。

眩しい白亜の校舎に咲いていた……。


あった。桜だ。暖かい空気の中、散り咲いていたあの……。


そうだ。今、咲いているものを必死に探さなくても私の記憶能力があれば……。

澪は来栖先輩にまたしても光明と呼べる気づきを与えられた。


すぐさま澪はクロッキー帳を開く。

いきなり油絵にはしない。このイメージを確かにするために、構図を考え、花の特徴を記憶だけではなく正確に練習し、下描きしなければならない。

色合いも問題だ。澪はこれまでの油絵の習作で、下に置いた色から上にどの色を置けばどう発色するかを掴んでいた。


題材を、やっと見つけた。

澪の目はもう迷うことなく、目的に向かってきらきらと輝いていた。


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