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またたきをとどめて  作者: kirinboshi
第二章 美術部
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第五節 清川先生

美術部部長の草間仁と出会ってから、二日後に、今度は美術部顧問と澪は初めて会った。


美術部顧問、清川夕慈きよかわゆうじ

有華の受け売り通りだが、澪は彼が高名な現代芸術家であることを知っている。美術部にいる間も画集などをみて、作品も知っている。知っている、というだけでその作品たちは澪には理解の範囲を超えていた。綺麗と思う作品も多数あったが、同時にどう観ていいかわからない絵もあった。


有華に言うと「感じるものだよ!」と力説されたが、澪は清川先生の絵は草間部長とは対極にあるようなものだと思っていた。


元・前衛天才芸術家。なぜ、「元」なのかと言うと、利き腕を失い、失意のまま筆を折った悲劇の美術教師だからだ。「左手で描けばいいのにねぇ」と有華は言ったが、自らも事故にあった澪には、なんとなく筆をおいた清川先生の気持ちが分かる気がした。


澪にはそこまでのテニスの才能はなかったが、清川先生は、美術界の最先端にいて、最高のプレイヤーでいたかったのだろう。


今では、後進を育てることに心血を注いでいる。清川先生に教わるには、この咲が丘高校の美術科に入るか、美術部に入るか道がないという。

美術高校進学を諦めた有華が、この高校を目指した理由はそこだった。

澪から見ても、美術や芸術に関することが大好きな有華は、たとえその才能が中途半端でもまぶしかった。以前、テニスコートで走り回っていた自分を見るような思いが澪には感じられた。


清川先生はどんな気持ちで、美術を志す若者たちを見ているのだろう。

嫉妬はしないのだろうか。

しないだろうな、と澪は清川先生のこれまでの功績が収められた画集を眺める。


作品群を観るにつけ、清川先生こそ神に愛され、才能を与えられた人物なのだな、ということが澪にわかり始めた。数々の作品を生み出し、そして、バイク事故によって最後は神に裏切られた存在。


清川先生は、この高校の教師になることで気持ちの収まりをつけたのだろう。

中途半端なテニスの才能しかなかった私は……。


澪は嘆息して画集を閉じた。


「きよピー、すごいでしょ?」


いきなり話しかけられた澪はビクッとする。その声の主が見知った有華のものではなく、草間部長だったからだ。


「き、きよピー……?」


澪は内心どぎまぎしながら繰り返す。

朝礼の場で立っている姿しか見ないが、無精ひげが生え、グラサン姿のいかめしい清川先生を「きよピー」?

有華が笑い声を上げた。


「きよピーって言ってるのは草間部長だけだよ」


そう有華に教えられて、澪は草間部長が本当におおらかというか、誰に対しても垣根が無いのだな、と驚かされた。


「お、噂をすれば、きよピー」


草間部長が扉を開けて入ってきた人物に大声で「お疲れ様です!」と挨拶する。

部員たちも口々に清川夕慈、清川先生に挨拶する。澪も小さな声で照応する。


清川先生は事故で右腕を失っている。しかし、左手があるおかげで特に生活には支障がないようだ。挨拶する部員に黙礼はするが、そのままスタスタと部室奥の教員室に入っていった。


その間、澪の松葉杖には、少し目を留めていたが、澪にも誰にも声をかけなかった。

澪は存在が黙殺されたことにかえってホッとして英単語集を開いた。

どうやら、美術部にもう少しいてもいいようだ。


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