幸せの飴玉~たった一つの飴から繋がる縁(えにし)~
2020.4.30 もう一枚イラスト追加
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何処か懐かしい景色。見覚えのある感覚に身を委ねる。
『ぐすっ……』
『ほら、泣かないの。男の子でしょ?』
『う、うん……。わかった』
ポロポロと流れる涙を手で拭い、見上げると女性が優しく微笑んだ。
『えらいえらい。じゃー、お姉ちゃんがご褒美に飴をあげるね。はい』
ピンク色に透き通っている飴が日の光でキラキラと輝いている。
それを受け取り口に含むと、優しい甘さが口の中に広がる。
『おいしい?』
『うん』
『そっか。よかった』
――優しく頭を撫でられる。
いじめられて泣いていた時、姉は必ず飴をくれて頭を撫でてくれた。
嫌な気持ちを一瞬にして吹き飛ばしてくれる。姉の笑顔を見ると幸せな気持ちになれた。
優しい姉から貰う飴玉もまた、俺にとっては特別な物だった。
魔法の飴玉を頬に転がしながら姉に手を引かれ家路を歩く。
ああ、いつぶりだろう。転生前の……この夢を見るのは――。
――……ル! ッド!!――!
どこからか声が聞こえてくる。徐々に意識が鮮明になり――。
「はっ!!」
「目が覚めたかアルフレッド!!」
「カイト……? っつ!?」
頭が痛い。一体何が起きたのか、辺りを見渡すとクリスタルが地面から生えている。ああ、そういえば鉱山に採掘にきたんだっけ。
「よかった。おまえなー、あんま無茶すんなよ。足を滑らす馬鹿があるか?」
「ああ、悪い悪い。ついつい興奮しちまって」
幼馴染のカイトに上半身を起こされる。気絶する前の事を思い起こす。
クリスタル鉱山の最奥、クリスタルドラゴンが生息するエリアへ到達することができたんだっけ。
しかも主が偶然いなかった為、チャンスとばかりに調子に乗って発掘してたら足を滑らして……そこからの記憶がないから、地面に頭を打ったのだろう。
隣にいるカイトへと視線を向けると、カイトは上を見上げながら鼻水を垂らし顔面蒼白になっていた。
「あばばばばばばばっ!!」
「ど、どうした?」
カイトが見ている方へと視線を向けると、上空から旋回して降りてくる見覚えのあるシルエットが……。
ま、まさか……。
「やばいやばいやばい、おいおいおいおいおい!」
それは地面へと着地する。
ズゥン――!!
神々しく輝くクリスタルの鱗を纏っている生物、クリスタルドラゴンが咆哮を上げた。
グオオォォオォォォ!!!
「「でたーーーーーーーーーー!!」」
俺たちは直ぐに立ち上がり一目散に駆けだす。
「カイト逃げろーー!!って、ちょっ、おま、逃げ足早すぎるなっおいぃぃ!!」
肉体的な能力はカイトの方が上だったー!!
カイトは我先にと最奥のエリアの入り口だった方へと抜ける。そこまで逃げ切れれば人一人分の大きさしかないからドラゴンは入ってこれない。
だが――。
ドラゴンは直ぐ後ろまで迫ってきている。
「わー!! 図体デカいくせに早いじゃないかあのトカゲーーーー!!」
グオオォォオ!!!
トカゲと呼ばれて怒ったのかクリスタルドラゴンが更に咆哮を上げてスピードを上げてきた。
「ひーー!! って、お? ぬああああああああああ!!」
体に突然、青色に輝く鎖が俺の腰辺りに巻き付き入り口の方へと引っ張られた。空中を飛翔する形で。
どうやらカイトがスキルで俺を引っ張り上げたようだった。
入口へと飛び込むと同時に、ドラゴンが壁へと激突。地響きが起こる。のた打ち回るドラゴンを尻目に、俺たちは直ぐに逃げ出した。
――クリスタル鉱山の麓。
「ぜぇ、はぁ、ぜぇ、はぁ」
大の大人二人が地面に大の字になって倒れる。
「い、生きて帰ってこれた。カイト、サンキューな」
「あ? いいってことよ。しっかし、あのタイミングで戻ってくるとはついてねーなぁ。あーあ、折角良質な鉱石が手に入ると思ったんだがなー」
「なぁ、あのドラゴンって倒せないのか? カイト、十分に強いだろ?」
「ムリムリムリ! この辺境島国の冒険者じゃ無理だ。前に他の奴とパーティー組んで挑んだことがあったが、あのドラゴン剣も魔法も通用しねぇんだ。Lvの差があり過ぎるんだろうな。王都の騎士様か、魔導士様クラスやないと無理だろ」
そうなのか。カイトは俺よりも強い。剣も魔法も使える万能型の冒険者。
俺はと言うと、一応冒険者なのだが、使える能力は『生産系』スキル。生産系でも細分化され、『鍛冶』・『錬金術』・『調合』・『料理』がある。
その中で俺が得意とするのは『料理』なんだが、その中でも変わった特殊な食べ物を作れる――。
「はぁ、まだ心臓がバクバクいってらぁ。なぁ、アルフレッド。アレくれアレ。喉と鼻がスーッとするアレ」
「ん? ああ、『飴玉』か。スーッとするっていうとハッカ味か……。ちょっと待ってろ」
俺は上半身を起こし、右手を握り意識を集中する。右手拳から淡い光が漏れ収まり、手を開くと白い色をした飴玉が一つあった。
――そう、俺の得意スキルは『飴玉』生成。この世界にはないユニークスキル。そもそもこの世界には『飴玉』というお菓子はない。甘いパンケーキやクッキーと言ったお菓子はある。
これは俺がこの世界に転生する前の世界にあったお菓子。
俺は元々地球という別の世界に住んでいた。この異世界に生まれた時から、なぜか俺は生前の記憶を持っていたんだ。前の生前の最後は覚えている。病死だ。難病にかかり俺は18歳で亡くなったのだ。
時々思う事がある。姉さんは元気だろうか、と。勿論、時間軸が同じかは分からない。だけど、俺がこうしてこの異世界にない『飴玉』を作れるのは、優しかった姉さんの餞別じゃないかと思っている。
そう思うとなんだか嬉しくなるんだ。だから俺は前の記憶があっても、悲観することなく頑張れる。そう、日銭を稼ぐのがやっとであっても。――ぐすん。
俺は生成した『飴玉』をカイトに渡すと、それをひょいと口に含みガリガリと噛砕いていきやがった。
「おいおい、ソレは舐めて味わうんだって何回言えばいいんだよ! 舐めるんだよ! こう! 味わうように!!」
「お前、その気持ち悪い舌の動きヤメロ。可愛い女の子がやるならまだしも、お前がやるとドン引きだ」
カイトは引き気味ながらも立ち上がった。俺もそれに続いて立ち上がる。
「で、とりあえず収穫はあったのか?」
「ん? ああ、おかげ様でな。助かったよ」
俺はカイトにお礼を言う。俺とカイトは幼馴染だが普段は一緒にパーティーを組むことはない。基本ソロだ。『生産系』スキルしかない俺は他の冒険者と組むことがあまりないのだ。
必要な材料は自分で調達するのだが、どうしても無理な場合はギルドに採取依頼をしたり、護衛で人を雇ったりする。今回はクリスタル鉱山の最奥で採れる鉱石が必要だったので、最奥まで行ったことのあるカイトに依頼したのだ。
最初は嫌がられたのだが道案内ならという事で合意してもらい、今に至るというわけだ。
「そうか。ならそろそろ街に戻るか。今からなら明日の昼には着くだろ。お前の作る飯は上手いからな。晩飯頼むぜ?」
「ああ、任せろ。依頼成功の報酬以外にも飯で色付けてやるよ」
「そりゃ楽しみだ」
俺たちは笑いながら街へと戻っていった。
◇
翌日、街に戻ってきた俺たちは冒険者ギルドへと向かった。カイトは受付で報酬を受け取った後、普段パーティーを組んでいる仲間たちへと合流しにいった。
男2人、女2人の4人パーティーだ。和気あいあいと楽しそうにしているのを見たことがある。俺も女の子とパーティーを組みたいが、戦闘タイプと非戦闘タイプがパーティーがいた場合、やはり必然的にモテるのが戦える男だ。
経験上、地味な役割な俺はあまり女の子から目もくれないことが多い。別にパーティー内で省かれているわけではないが、何となく雰囲気で感じるのだ。
なので俺は気楽な活動ができるソロで細々とやっている。そう、離れた所で女の子と話しているカイトを羨ましいと思ったことはない。そう、ないのだ。――ぐすん。
「アルフレッドさん、どうしたんですか?」
受付カウンターの前でボケっとしていたら、顔見知りの受付嬢が微笑みながら話しかけてきた。
「あ、いや、ちょっと考え事してて」
この街で一番の美人と称されているギルド受付嬢のアニスだった。この街出身で俺より年が一つ下。器量の良い彼女は誰分け隔てなく接してくるため、唯一俺が話せる異性だ。
「ふふ、クエスト終えたばかりでお疲れじゃないんですか?」
「まぁね、でも目的達成できたから気分は上々だよ」
「鉱石採掘で護衛を頼んでましたね。確か……クリスタル鉱山でしたっけ?」
「ああ、少量でも目的の鉱石が取れればいいと思ってたんだけど、運よくクリスタルドラゴンがいない時だったから結構な量の鉱石が採れたよ」
「まぁ、良かったですね。でも、気をつけてくださいねアルフレッドさん。クリスタルドラゴンはこの島で最強の魔物なんですから。何人の冒険者が挑んで敗れたことか」
そうなのだ。このドラゴン、この島の名物魔物でもあるのだ。クリスタルドラゴンから取れるクリスタルは希少物で高値で取引される。
中でも角から取れるある物には曰くつきの話がある。角内部にドラゴンの力を濃縮した宝石が生成されているというのだ。それ食すことによって、願いが叶うとかどうとか。
噂では大変美味で『食種石』として美食家達の世界では有名だという。だが、クリスタルドラゴンは大変にお強いので滅多に採れる物ではないらしい。
現に、先日ドラゴンの恐怖を味わったばかりだ。例え多額の金額を用意されようと戦闘は御免被りたい。――非戦闘員だけど。
「まぁ、戦う事はないから」
他愛のない話をしていると、隣に人が立つ気配がした。
「あのー」
「あ、はい。冒険者ギルドへようこそ」
声のした方へと向くと小柄な女の子が俺の隣に立っていた。身長150センチメートルもないだろうか。金髪で前髪の一部をヘア留めを付けている。腰には剣が一本。
見た目から年齢は15歳もいってないように見える。そんな少女が冒険者ギルドに訪れていることに俺は違和感を覚えた。
身なりが良く、場違いな雰囲気なのだ。そんな彼女がこんな場所になんの様なのかとちょっと気になった。
「パーティー募集をお願いしたいんですけど、できますか?」
「できますよ。えーと、ギルド登録書はお持ちですか?」
アニスは丁寧に対応している。
「これでいいですか?」
「あら、これって王都の登録証ですね。……まぁ、凄いこれって――」
王都? てことはこの子はこの島の子じゃないのか。てか、こんな小さな子でも登録書を持っているって一体……。
「失礼しました。大丈夫ですよ。募集要項はいかがなさいますか?」
「この島の名物、クリスタルドラゴン退治に道案内役を募集したいです」
「え? クリスタルドラゴンの? 討伐依頼じゃなくて?」
「はい。道案内できる人です」
アニスは流石に困っていた。そりゃ、こんな小さな子がいきなりドラゴン退治の募集内容を提示してきたのだ。しかも、募集人員は道案内だけ。
「わ、分かりました。登録書のランクも該当いたしますので、募集事項を受理いたします」
「ありがとうございます」
女の子はぺこりと頭を下げる。
え? マジで? この子そんなに冒険者ランク高いの?
「では掲示板にクエスト募集を張りますので――」
「ちょぉーーーっと待ったーーー! その話、盗み聞きさせてもらった!!」
アニスが洋紙をクエストボードに針に向かおうとした時、3人組の男がポーズをとりながら立っていた。
なんてこった、あれはこの街で悪名高いロリコン・ライダーズじゃないか! 愛馬のポニーを乗り回しながら、街中の少女を愛でる。だがその対応は紳士で実害はなく、少女の為なら命を張るキングオブHENTAI共だ。
その実力は冒険者ランク『 A 』の上級者だという。
リーダーらしき男が前へと出てくる。
「お嬢さん! その任務、我々に任せてくれないか! ああ、報酬は結構。お嬢さんを眺めているだけ――」
「――ウインド・ロード」
少女が風魔法を唱える。
「でえええぇぇぇぇぇぁぁぁあああああああ――」
ロリコン・ライダーズはギルドの外へと追い出されてしまった。
ええええ!! なんだあの威力! ウインド・ロードってあんな威力だっけ!?
俺とアニスは互いに目を合わせてしまった。
「す、すごい……」
「変態さんはごめんなさいです。……あの、もっとマシな方はいないのですか?」
「え、ええ、ああ……そ、そうですね。 あっ! 適任の方がいます!」
アニスは両手を胸のあたりでパチンと可愛く叩く。
嫌な予感しかしない。
「どんな方ですか?」
「貴女の隣にいる方です(にっこり)」
やっぱりー!!
「この方、先ほどクリスタル鉱山の最奥エリアまで出かけて今戻ったところなんですよ」
「え、いや――」
アニス譲、何勝手なことを言いだすのか。俺は戦闘できないから無理だと分かって、あっ道案内だけだから問題ないのか。
「そうなんですか? なら、ぜひお願いしたいです」
「いや、ほら、だって俺男だよ? 嫌じゃないの?」
少女はじーっと顔を見つめ――。
「お兄さんからは変な気を感じないので問題ないです。それに戦うのは私なので問題ないです」
少女は、ふんすっ!とぺったんこな胸を張ってみせた。
「それに私には時間があまり残されてないから。あ、そういえば報酬はこれくらいでいいですか?」
提示された額を見て俺は驚く。
一年間遊んで暮らせる程の額だった。こんな額を提示できる少女の身分は計り知れないが、どうやらなんだか訳有りのようだ。
少女を見ていたら、先日見た夢を思い出す。幼かった俺の面倒をよく見てくれた姉の事を思い出したのだ。
幼い子の頼みを無下にするのもどうかと思い、俺は一つの案を提案する。
「わかった。道案内は引き受ける。ただし、君がいくら強いと言っても危なくなったら直ぐに撤退するって約束してくれ。
それと、もしクリスタルドラゴンを討伐出来たら報酬はいらないから、その代わり鉱山で採掘させてくれ。あのドラゴンが邪魔でさ、俺、鉱石欲しいんだよ」
少女はキョトンとした顔をした後、くすくすと笑う――。年相応の笑顔だ。
「わかりました。それでお願いします」
「俺の名はアルフレッド――。」
右手を差し出すと、少女は力強く握り返してきた――。
「はい。私の名前はリルムです。よろしくお願いします」
「ああ、よろしく」
数日ばかりだけだが、リルムとのクリスタルドラゴン討伐パーティーが決まった――。
◇
リルムとパーティーを組んだ後、俺は街中にリルムを連れ出していた。
俺の方で事前準備が必要があったからだ。クリスタル鉱山までの道のりは一泊二日の旅になる。なので、必要な食糧などを用意しておく必要がある。
この世界には冷蔵庫はないが、代わりに面白いアイテムがある。物を特別な空間に収納できるバッグだ。また、食料専用バッグなどがあり、その中は冷蔵庫のように冷やすことができる。
しかもこれ、個数制限がない。中々に便利なのだ。
俺は先程手に入れた鉱石をいくらか売り払い、食材を買い込みバッグへと詰め込む。
「結構買い込むんですね」
リルムが覗き込んでくる。
「ああ、道中何が起こるか分からないからな。補給できない場面が出てくるかもしれないし。それに――」
「それに?」
「戦うのはリルムだからな。少しでも力が引き出せるように上手い飯を食わせてやりたいし」
「おー、それはなんだか楽しみかも」
リルムの声が弾む。
「おう、任せておけ」
一通り必要な物を買い集めた俺達はクリスタル鉱山へと向かった。
道中、当然魔物と出くわすがリルムは臆することなく、魔物に向かっていく。その戦闘力に俺は驚かされた。
リルムの身長とさほど変わらない剣を軽々と扱い、まるでダンスを踊るかのような流れる剣筋は見事だった。
3匹いたフォレストウルフはリルムの剣によって倒される。
「終わりました。もう大丈夫ですよ」
「あ、ああ。……凄いな。魔法だけじゃなく剣も扱えるのか」
ちっちゃい体に似合わず能力が高い。後方で見守っていた俺はハラハラドキドキしていたがどうやら杞憂だったようだ。
「ええ、これくらい余裕です。さぁ、どんどん行きましょう!」
「ああ」
その後どんどん街道を進んでいく。魔物と遭遇しても全てリルム一人で片が付いて行く。本当に俺は案内役で終わりそうだ。
出発から数時間が経ち、日が傾き沈みかける前に俺はリルムに野営の準備をしようと提案する。
「わかりました。じゃー、テントの用意を――」
「ああ、俺が準備するからいいよ」
ずっとリルムが戦闘してきたんだ。疲れているだろうから、野営の準備は俺がやるべきだろう。
「え? いいんですか?」
「ああ、リルムはその辺で休んでいてくれ」
「じゃー、お言葉に甘えます」
リルムは丁度いい岩にちょこんと座り、此方の作業を黙ってみていた。
俺は簡易的なテントを張り終えると、次に料理をするための釜土を作る。焚き火用の薪を収納バッグから取り出し、火をつける。
当然ライターなんてものはこの世界にはない。火属性魔法を使えればいいのだが、あいにく俺は属性魔法も使えない身だ。
ならどうするか。
魔法が使えないものでも簡易的に使えるマジックアイテムがあるのだ。それを使って薪に火をつけた頃には日は沈み、空は茜色の空から夜の空へと変わる所だった。
パチパチと薪が燃え、辺りを優しい明かりが照らす。
リルムは黙って作業を見ている。
「もう少し待ってな。今晩飯の用意するから」
「あ、はい」
俺はバッグから調理器具や食料を取り出し、テキパキと下ごしらえをしていく。
そんな様子を黙って見ていたリルムが感嘆の声を漏らす。
「おー、お兄さん手際がいいですね」
「はは、そうか? まぁ、パーティーを組んだ時は俺がメンバーの食事を用意していたからな。こう見えても俺の『料理』ランクは『 S 』なんだぜ?」
「え!? そうなんですか? 凄いです!」
リルムが驚きの声を上げる。
この世界には料理を作るにも何故かランクがある。同じ料理でもランクが違う者同士が作るとその美味しさは段違いに差がつく。何故なのかは分からない。
料理ランクは先天性的なモノが大きくかかわっているらしくて、人によっては限界値があるようだった。
俺としてはそんなものより、リルムやカイトのように肉体的な戦闘能力が欲しかったわけだが、この世界の神様はどうやら俺には授けてくれなかったようだ。
二人分の料理を作り終えると、俺たちは食事を摂った。
リルムは美味しいと言って食べてくれた。やはり自分が作った料理を美味しいと言ってもらえるのは素直に嬉しい。
食後の飲み物を作りリルムへと渡す。
「どうもです」
リルムがカップに口を付けた後、リラックスした表情で焚き火を見つめている。
静寂の夜空の下、パチパチと焚き火の音だけが響く。
何か話題を振った方がいいのかと考えたが、リルムの横顔を見たら無粋な気がして黙ってカップに口を付ける。
暫く二人して焚き火を見つめる。
そういえば、俺今まで女の子と二人きりでクエストに向かう事はなかったなーと思い出す。
「あの、お兄さんは『料理』ランク高いのになんで冒険者をやってるんですか?」
黙っていたリルムが此方を見て唐突に質問してきた。
「ん? そーだなぁ。一言でいうと男のロマン? だからかな」
「ロマン……ですか?」
「ああ、だってカッコいいだろ? 剣を片手に魔物と戦い冒険する。そう考えるとワクワクするよな」
まだ俺がガキの頃は冒険者になれると夢見ていた時期があった。だって、そうだろ? 死んだと思ったら異世界で生前の記憶を持ったまま生まれたんだから。
初めて『生産系』の能力を使えた時の感動は今でも覚えている。その最初のスキルが『飴玉』の生成だった。当時は凄く嬉しくて、村中の人に手当たり次第にあげてたっけな。
最初は見たことのない食べ物に戸惑っていたけど、皆美味いって食べてくれた記憶がある。懐かしい。
「確かに男の人にとってはロマンがあるかもしれませんね」
「ん? リルムはなんで冒険者やってるんだ?」
リルムはカップの底を暫く眺めた後、ポツリと話しだした。
「えっと、実は私ちゃんとした冒険者じゃないんです」
「え? どういうこと?」
「話すと長くなるんですけど、私には親が決めた婚約者がいるんです。でも、私には好きな人がいて……」
むむ。なんか込み入った話が出てきたぞ。
「でも、その好きな人は一度しか会ったことがなくて。しかも名前も知らないし……」
「一度だけ?」
「あ、はい。ややこしいですよね。実は8年前この島に父と訪れたことがあって、その時に出会った男の子が好きになってしまって」
「あー、なるほど。一目ぼれってやつか」
「はい! そうなんです!」
顔を赤くしてはっきり答えるという事は相当好きなんだろう。リルムは小さいころから青春してたんだなー。
ふむ、8年前か……。そん時の俺は馬鹿みたいに村人の皆に『飴玉』を配っていたな。
「それでどうしてもその男の子に会いたくて。会えば気持ちの整理がつくかなって。でも、その子が住んでいた所に行っても既に村が無くなっていて……」
あー、青春ドラマではあるあるだな。
「その時に耳したんですけど、この島のクリスタルドラゴンから採れる宝石を食すことによって『願い事が叶う』って聞いて」
「なるほど、それが本当ならその男の子に会いたいって願うのか?」
「逢いたいです! むしろお嫁さんにしてほしいです!! 」
リルムは顔を真っ赤にして叫んだ。
「お、おおう……」
「あ、取り乱してごめんなさい」
「お父さんはこのことは知っているのか?」
「い、いえ。勝手に決められた婚約に居ても立っても居られなくて、勝手に飛び出してきちゃったんです」
シュンとするリルム。
なんつー行動力。これが恋する乙女なのか! この子、純粋すぎるだろ。
この子に思われている男の子は幸せもんだな。
さてと、俺はなんて答えるべきだろうか。
「んー、親に内緒で勝手に飛び出してきちゃった事はダメだけど、でも――その男の子に逢えるといいな。俺も応援するよ」
落ち込んでるリルムの頭に優しく手を添える。
「あ……。はいっ! 頑張ります!!」
満面の笑みを浮かべるリルム。
夜空には2つの満月――。
俺はカップに残った飲み物を煽り、暫く夜空を見上げていた。
◇
翌朝、俺たちはクリスタル鉱山へと足を向ける。予定より時間が掛かったが、鉱山の麓迄辿り着いた。
「ふぅ、やっと鉱山入り口までたどり着いたな」
「はいっ!」
リルムの反応が可愛くてついつい頬が緩んでしまう。
昨夜に話を聞いてからリルムの反応が少し変わったような感じがしていた。転生前の俺が姉に対して信頼していた時のような、リルムを昔の自分に重なって見えてしまったのだ。
良きお兄さんとして戦闘も参加できればいいのだが、悲しいかな現実は厳しい。
「お兄さん、安心してください。クリスタルドラゴンは私一人で大丈夫ですので」
俺の雰囲気を察したのかリルムが気を使ってくる。
「ああ、分かった。だけど、無理だったら撤退の約束守ってくれな」
「はいっ」
リルムの笑顔が眩しい。
俺たちはクリスタル鉱山へと入山していった。
クリスタル鉱山は天然の洞窟があり、山の山頂中心部まで続いている。山頂は火山の火口のようになっており、そこがクリスタルドラゴンがいる最奥エリアになる。
前回はたまたまドラゴンが居なかったため、目当ての鉱石が入手できた。
果たして今回はいるだろうか――。
最奥のエリアに入ると、そこにはクリスタルドラゴンの姿はなかった。
頭上の火口からは日の光のカーテンが差し込んでいる。幻想的な光景にリルムが感嘆の声を上げる。
「綺麗……」
「どうやら留守の時に来ちゃったようだな」
「みたいですね。あの、お兄さん。現れるまでいつになるか分からないし、先に採掘でもしますか? 私もお手伝いします」
「え? いいの?」
「はいっ」
そういう事なら、お言葉に甘えようかな。
俺は収納バッグからピッケルを2つ取り出し、その一つをリルムに手渡した。
「俺が欲しいのはこれだ。ドラゴニック鉱石って言うんだけど、武器防具にも調合薬としても使える万能鉱石なんだ」
「わー、綺麗な青色ですね。なんか薄っすらと光ってる?」
「そう、この鉱石は日の光を受けるとぼんやりと発光する特徴がある。だからそれらしい物が出てきたら、太陽に照らせば一発で判別できるからよろしく頼む」
「わかりました!」
リルムは元気よく返事をし、採掘作業に入った。俺もリルムの横で採掘を始めた。
時間にして1時間くらいだろうか、結構な量のドラゴニック鉱石が採れた。それを収納バッグへと収めていく。
「有難うリルム。これくらいあれば十分だよ」
「そうですか? まだドラゴンは現れないようですし、なんだったらまだ採掘しますけど」
「はは、有難う。でも、リルムの体力が減るのも――」
地面に大きな影がスライドしていくのが視界に入る。
「へ? まさか……」
上空へと顔を上げると旋回して降りてくる見覚えのあるシルエットが……。
それは地面へと着地する。
ズゥン――!!
グオオォォオォォォ!!!
神々しく輝くクリスタルの鱗を纏っている生物、クリスタルドラゴンが咆哮を上げた。
「「でたーーーーーーーーーー!!」」
二者二様の反応。俺は恐怖を、リルムは目をキラキラと輝かせている。目的の獲物がやっと現れたのだ。嬉々として腰に帯刀していた剣を抜刀する。
「お兄さん、行ってきまーす!!」
「あ、リルムッ!! 気を付けろよ!!」
「はーいっ」
片手を上げながらリルムはクリスタルドラゴンへとトテトテと立ち向かっていく。
カイト曰く、クリスタルドラゴンは剣も魔法も聞かないと言っていた。だが、リルムが振る剣戟は確かにクリスタルドラゴンに効いていた。
余裕の表情のリルム。彼女は一体何者なんだろうか。
小さな女の子がドラゴンを圧倒している光景に俺は固唾を飲んで見守っていた。
あと少しと言うところでドラゴンの一部に変化が見て取れた。
頭に生えている一角が紅く輝き出したのだ。
突然、クリスタルドラゴンの体の傷が再生されていき、更に形状が変わっていき鱗が赤く光る。
するとリルムの剣が効かなくなった。魔法も撃ち込むも全く効いていない。
もしかしてカイトが言っていたことはこれの事だったのかもしれないと俺は後悔した。
優勢だったのが一気に劣勢へと変わる。
まずいと思い、リルムへと撤退することを伝えようとした時、リルムの体から幾つものリング型の魔法陣が展開された。足もとには別の魔法陣。
「むー、まさかこれを使う程強いとは思ってもみませんでした。クイックオープン――。『ファルベオルク』!」
リルムの右手の空間が弾けて、銀色に光る巨大な大剣が顕現した――。それを握ったリルムの体から神々しいまでの光が溢れる。
「なっ!! ファルベオルクだって!?」
俺はその大剣の名を聞いて驚いた。王族に伝わるという聖剣『ファルベオルク』。王国の民なら誰でも知っている大剣の逸話。
それを持っているってことは……、リルムは王族の姫君!?
俺は衝撃の事実に口をあんぐりと開けてしまった。
「いっくよー! 絶対、願いを叶えて貰うんだから! グラビィティ・アルファ!!」
光り輝く大剣を構えたリルムが振り下ろすと、眩い光の斬撃がクリスタルドラゴンを呑み込んでいった。
あまりの強烈な閃光に目を閉じる。
瞼越しに光が収まっていくのを感じ、瞼を開くとそこには洞窟にぽっかりと空いた穴。そう、山の半分が消し飛んでいたのだ。
そしてドラゴンの姿はない。あまりの威力に消滅してしまったようだ。
――穴から光が差し込みリルムを照らす。
リルムはドラゴンがいた場所をぼーっと見つめている。
「リルムッ!!」
俺はリルムの傍へと駆け寄った。
「あ、お兄さん……。加減間違えちゃいました。お兄さんを巻き込んじゃまずいと思って、ついつい全力でやっちゃったみたいです」
リルムは苦笑する。
気丈に振る舞おうとする姿に俺は胸を痛めた――。
親が勝手に決めた婚約をきっかけに、リルムは想い人に逢いたくてここまで来たのにこの結果はあんまりだ。
せめて、願いが叶う叶わない以前に目的の宝石を手に入れさせてやりたかった。
その結果がどうあれ、彼女は一つの区切りとしたかったのではないかと、俺はそう感じていたからだ。
心の整理もままならないまま、彼女の旅がこれで終わるのかと思うとやるせない気持ちになる。
俺はシュンと俯いているリルムの頭にそっと手を添えた――。
かつての姉がそうしてくれたように――。
「あのさ、リルム。お前はよく頑張ったよ。好きな気持ちを行動に起こすことは凄いと思うよ」
「……」
ポロポロと涙が地面に落ちる音が聞こえてくる――。
俺はリルムと同じ目線迄しゃがみ込み、右手を軽く握り込み目の前まで上げる。
そんな俺の仕草にリルムはキョトンとした顔で見つめてくる。
「『願いを叶える』宝石は結局は手に入らなかったけどさ、代わりに俺が『リルムの願いを願う』宝石を俺がやるよ」
握り込んだ右手から淡い光が漏れる。
俺は姉からよく貰っていたソレをリルムの目の前に差し出す。
ピンク色に透き通っている飴玉――。
俺の思い出の飴玉だ。
それは差し込む光によってキラキラと輝いていた。
差し出した飴玉をリルムは驚いた顔で、俺と飴玉と交互に見つめる。
「……え? ……え!?」
次第にリルムの顔が信じられないものを見たといった表情に変わる。
「これ、甘くて美味しいんだ。ほら」
俺はリルムの小さな口に飴を食べさせてやる。リルムは黙ってそれを口に含むと、ポロポロとまた涙を流した。
だが、その表情は幸せいっぱいな笑顔だった――。
「美味いか?」
「うん……。うん……。おいしいです」
「そっか。よかった」
優しく頭を撫でる。
リルムは俺をじっと見つめ――。
「お兄さんのくれた『私の願いを願う』宝石、もう叶っちゃいました」
顔を赤く染め上げ満面の笑みでリルムはそう俺に告げると、優しい風が吹き抜けていった――。
◇
クリスタル鉱山から街に戻る途中、リルムは俺の腕に抱き着いていた。
「お兄さん♪ お兄さん~♪」
「どうした?」
「んーん、なんでもないです。……えへへ」
飴玉をあげた後、俺はリルムからとんでもない事実を聞いた。
どうやら、リルムが探していた男の子は俺のことだったようだ。
8年前、父親の視察でこの島に訪れた時逸れてしまったらしい。その時に出会った男の子が俺。
泣きわめくリルムに当時の俺は飴玉をあげていたようだった。その後、リルムと遊び仲良くなり村へ戻った所で父親と再会した。
村を出る時にまた泣き出したリルムに俺は、思い出の飴玉をあげてこう言ったそうだ。
『泣くな! 大人になったらお嫁さんにしてやるから! そうしたらまた会えるだろ!』
その時の言葉をリルムは本気で信じていたらしい。
というかその時に俺に恋をしたとのこと。
確かに、言われてみればそんなことがあった気がした。
一部始終を見ていた大人たちが笑っていた記憶が薄っすらとある。
ああ、当時の俺は大胆だったみたいだ。若さって恐ろしい……。
隣にいるリルムを見る。
「えへへ~」
ぐっ、可愛いな……。
どうやら俺は、この可愛い笑顔にやられてしまったみたいだ。
いずれ、ちゃんと気持ちを伝えないといけないだろう。
ん? ってことは、国王である父親を説得しなければいけないのか……。
……。
あばばばばば、死刑になる予感しかしない!!
一瞬青ざめたが、右腕にはリルムの暖かい温もりが伝わってくる。
リルムは幸せそうな笑顔を浮かべている――。
……約束しちまったし、この子の願いを叶えてやらないとな。
俺は空を見上げる――。
晴天の青空は俺たちの背中を後押ししてくれているように感じた――。
『幸せの飴玉~たった一つの飴から繋がる縁~』をお読みいただきありがとうございました(*´▽`*)
初めての短編小説です。
実はこれ、YouTubeで聞いた音楽でインスピレーションが沸き起こり、一気に書き上げた作品になります。
なのでその曲をずっと聞きながら書いてました(笑)
ほんといい曲なんだけど公式チャネル載せると宣伝になっちゃうんでやめときます(;´・ω・)
雑ですが、ヒロインのイメージが沸きやすいようにイラストも描きましたけど、どうでしょうか? 合いましたかね?(´・ω・`)
楽しんでいただけたら幸いです。ではでわ~_(:3」∠)_