その日桜の樹の下では
はじめまして、初投稿です。
「小説家になろう」の機能の確認がてら書いた駄作ではありますが、読んでくださると作者が喜びます。
春の日の話です。
中学校を卒業して暫く経ったある日、俺はとある公園へ向かう道を歩いている。俺より少し先を歩いているあいつに誘われたのだ。
「ねえ、高校の入学式が始まるまでにさ、あの公園の桜の樹の下行こうよ」と。
「懐かしいね。覚えてる?」
「ああ、あの卒業式の日だろ」
「本当にあれは強烈だった……」
俺が今思い浮かべている顔をあいつも思い浮かべているのだろう、俺たちは2人揃って同じ方向を見ていた。
公園で一番大きな桜の樹の下。あそこには、俺たちのタイムカプセルが埋まっている。
3年前、小学校での卒業式があった日のことだ。
「ねえねえ、いっしょにあそんで!」
ピンクの半袖のシャツに、デニムのズボンを着た子供。茶色がかった長い髪を少し長めのショートカットにして、強く吹く風になびかせていた。身長がかなり低く、言動からも幼い印象を受ける。ぱっと見た感じは、この辺に住んでる幼稚園児か小学生だろう。
「いいよ!君、なんていうの?」
「さくら!」
一番はじめに話しかけたのはあいつだった。のほほんとした見かけ通り、優しい性格なのだ。お人好しともいえるだろう。
卒業式が終わった後、公園には10人ほどの子供が遊んでいた。男子も女子もごちゃ混ぜで、みんなテンションが上がっていた。
だからだろう、突然現れた女子もすぐに馴染めたのは。まるではじめから仲間だったかのように一緒に話し、遊び、駆け回った。小学校から離れたところにある、普段あまり来ることのない大きな公園だったから、飽きることもなかった。今考えれば、ガキらしい行動をしたのは久しぶりだったな。
気づけばすっかり日が暮れていた。お別れの時間だ。
「お兄ちゃんたち、ばいばい!」
「バイバイ、またね」
あいつはニコニコと見送ろうとして……
目を見開いた。
無理もない。
目の前にいた子供が突然、霧のように消えてしまったのだから。
ほとんど一瞬のことだったが、あいつには確かに見えていたらしい。
「ね、ねえ……今あの子、消えた?」
そう俺に話しかけてきた。
「そんなわけないだろ、どうしたんだよ」
「でもさくらちゃん、確かにさっきまでそこに……」
「見間違いだろ、そんなんありえねーし」
そう、普通に考えたらあるわけないのだ。目の前で人が消えるなど……。
実際周りにいた大人たちも見えていなかったらしく、俺たちの行動を不思議そうに見ていた。
俺は徹底的に否定した。俺が「確かにいたかもな」なんて言えば、ますます事態がややこしくなる。優しいあいつのことだから、見つけ出そうと必死になるだろう。
だからあいつが幻覚を見たということにしておいた。
実際次の日になっても、子供の行方不明事件なんて報道されなかった。
あいつもあれは自分だけが見た幻だと納得したらしい。
しかしその次の日、あいつは俺の家に来た。
「ねえ、あの樹の下にタイムカプセル埋めようよ」
実に子供らしい提案だった。
だがまあ、悪くはないと思った。
その日のうちに俺たちは準備を済ませ、公園に出かけた。
桜はまだ咲いていない。
「何持ってきた?」
「別に。色々とテキトーに」
「これ、先生に褒められてた絵じゃん。懐かしいね」
「そういえばそうだったな。お前は?」
「色々あるけど、一番はこれ」
「このピンクのカード?」
「そう。さくらちゃんへのメッセージ」
文を読ませてもらうと、今度会えたらまた遊ぼう、君の話も聞かせてほしい、と言ったことが書かれていた。
「お前、幻まだ信じてんのか?」
「いや、今では幻だと思うよ。でも言っちゃったから、『またね』って。このまま存在を忘れるのもかわいそうだし。タイムカプセルに入れておけばまた思い出せるでしょ?もしかしたら彼女、春の妖精だったのかも」
……こんなメルヘンなやつだったのか。
ちゃんと返事をするあたり、優しいこいつらしいともいえるが……。
「お前、優しいな」
とりあえずそれだけ言っておいた。
そして、3年後。
桜はまだ咲いていない。テレビで見たが、この地域は開花が遅れているらしい。春休みにしては珍しく周りには誰もいなかったから、余計に公園全体の寂しさが増しているように感じる。
「タイムカプセル埋めたのはいいけど、いつ開けるか決めてなかったね」
「俺は成人したらだと思ってたが」
「いや、定期的に確認に来てもいいかなって思ってさ。なんだか気になっちゃって」
「定期的にカプセル開けていいのかよ」
まあいい、この件に関してはずっと俺も気にしていたのだ。
うちから持ってきた家庭菜園用のスコップを使い、地面を掘る。程なくしてカツンと硬い手応えがあった。
桜の樹の下から、古びた蓋つきのおもちゃケースが出てくる。これもタイムカプセルを埋める時、うちから適当に取ってきたものだ。
「ワクワクするね」
あいつはかがんで蓋を開け、中から様々なものを取り出す。100点のはなまる付きテスト、クラスメイトと撮った写真の一部、薄汚れた野球ボール。俺にとっては大体がどうでもいいものだったが、あいつは一つ一つを思い出を噛みしめるように眺めていた。
そして最後。あいつが一番最初に入れたことでそこに入っていた、『さくらちゃん宛てのカード』だ。
真っ黒に変色していた。
月日が経ったせいで汚れて、というレベルではない。黒インクを上からぶちまけたように、全てが真っ黒に染まっていた。当然文字を読むこともできない。
「何これ?なんでカードが黒く?え?」
あいつは滅茶苦茶に混乱している。俺にとってもこれは想定外の事だ。だが同時に、合図でもある。
「お兄ちゃん、久しぶり!」
俺はあいつにそう話しかけた。
「……何」
「やっぱびっくりするよな、いつもの友達が急にさくらちゃんだって分かったら」
「……どういうことだよ!おい!さっきから悪ふざけはやめろ!カードを黒くしたのも君だろ!」
「あ、それは違う。黒くしたのはこいつだよ」
そう言って俺は俺の体を指さした。
「は?」
「正しくはこの外側のやつ」
「何言ってるんだ?」
「俺の外見はお前の友達、林正人だ。だが中身は違う。今喋ってる『俺』は、お前のいうさくらちゃんだ。本名は、
佐倉健太」
俺はニヤニヤと笑みを浮かべて言う。
「女だって言った覚えはないんだけどなあ」
「だから、悪ふざけはやめろ!そんなのありえないだろ!」
「あり得るんだなあこれが。だから、お前が見た幻も本物。さくらちゃんは確かにいたんだよ。お前とバイバイした後、こいつに乗り移った。だから俺に『林正人』のころの記憶はない」
「………………」
「中学入って、俺はいきなり声変わりしただろ?好みや性格も変わっただろ?当たり前だ、俺の声の出し方、俺の好み、俺の性格だからだ。できる限り正人に近づけたけどな」
「……本当なのか」
「証拠を見せる前に、ちょっと話をするぜ。俺がなんでこんなことをしたのかだ」
俺はお前の通ってた中学に通っていた。5年前まで。
酷いいじめを受けてたんだ。クラスメイトからだけじゃない。教師からもだ。ついでに親からの体罰もな。
俺は死ぬことにした。死んで生まれ変わって、多少マシな人生を送ることにしたんだ。どうせなら派手に死んでやろうとして、この桜の樹で首を吊ったんだ。
俺は見事に死んだ。だが、成仏できなかった。
この樹に縛り付けられたんだ。この樹はこう見えてもう枯れかけだ。内側から腐り始めている。俺はそれを防ぐ為の栄養分にされた。少しずつ魂を吸い取られていく感覚だ。このままだと成仏して生まれ変わることなく消滅しちまう。それは避けたかったのさ。
だから、魂の力が強いやつを新たに縛り付けることにした。それがお前だ。
本当はあの卒業式の日、まだガキだったころの幻影を出して油断させて、お前を縛り付けて終わりにしたかったんだ。だが強すぎて、俺の弱った魂じゃ体を乗っ取れなかった。だから代わりに、お前の横にいた林の魂を体から追い出して、乗っ取った。
つまりはそういうことさ。
「お前のお友達は今もそこにいるぜ」
俺はそう言って今度は樹の幹を指さした。
「カードが黒くなってたのは、林の絶望だ。想いが強すぎてそうやって出てきたんだろうな。苦しいだろうなぁ、いきなり樹の中に魂だけで入れられて、少しずつ力を吸われて。俺も経験者だからよくわかる」
「……助ける方法は」
「お前がその樹の下で死ぬ。それだけさ」
俺は淡々と言った。
「………………」
「俺はもう何もしないぜ、じゃあな。お前とは行く高校も違うから、ここでお別れだ」
優しいあいつのことだから、友達を見捨てるなんてしない。ずっとずっと、あの樹の下で悩むだろう。より良い方法を探すために、俺に連絡を入れるかもしれない。立ち尽くすあいつを残して、俺は家に帰った。
それから1時間後。
あいつから連絡は一切ない。
家にも電話をかけたりしたが、家族からは電話で俺の家に泊まると言っていた、と返された。
公園に行ってみた。
あいつは首を吊ろうとしていた。
慌てて止めた。
「すまん!本当にすまん!お願いだからやめてくれ!まさかエイプリルフールの嘘をここまで信じるなんて思ってなかったんだよ!!!」
「久しぶりに会ったのに、お兄ちゃんたち何してるんだろう……?」
純粋な心を持つ子供にしか見えない春の妖精はそう呟いた。
やがて彼らはもう自分を見ることができないのだと気づくと、少し悲しげに樹に向かって両手を挙げた。
桜のつぼみは花開こうとしていた。
ここまで読んでくださりありがとうございました。
妖精ちゃん可愛いですね。