一幕 アスカの思うこと
序幕より半年後。アスカの能力はまだ明かしません。
母の葬儀が終わった。母の遺体が安置された棺はこれから火葬される。
私は母の遺体を見て思う。父と安らかに眠ってほしい、と。
と同時に悲しくもある。厳しくもあり、優しくもあった母だったから、母が病に侵され助かるすべもないことを知った時、すごく泣いた。兄もルルリアも察してくれたのか、一人にしてくれた。
お医者様曰く、その治療費は平民が払うには高すぎるもので、その治療をしてもなお、助かる可能性は低いと言われた。だから泣く泣くあきらめるしかなかったのだ。
私はまだ、母にこれまでのいろんな教育のお礼をしていないのだ。自分勝手だがあきらめずに生きてほしい。私はそう言いたかった。結局言えないまま、母は息を引き取ってしまったが。
母の遺体が火葬され始めた。それを眺めながら落胆していた。
私は結局疫病神でしかないのだと思ってしまう。私が13歳のころ、瓦礫から私を守って父が亡くなった。母はそれからずっと私達のために働き詰めだった。兄も手伝ってくれたが、2人が稼いでくる金銭は少ないものだった。
だからだろう。母が病気になっても仕方がないのかもしれない。それに…私の事でもかなりの心配をかけたのだろう。
私は小さいころ、自分が能力を持っていることを自覚していなかった。だから、自分の能力の危険性を自覚できなかったし、周囲もまだ、このことには気づいていなかった。
しかし、ある出来事によって知られることになった。それは5歳ごろのこと、この日はたしか小動物であるシュレットという動物を捕まえていた。シュレットは捕まえるとその日の食料になる。しかも子供でも捕まえられるのだ。
私もシュレットを捕まえようと動いていた。そして、見つけたので捕まえた時だった。私は少しだけ力を入れたつもりだっただけだ。しかし、シュレットは悲鳴をあげて死んでしまった。
手は血まみれになっており、シュレットは潰れてしまっていた。この様子を見ていた少年が悲鳴をあげて、他の人を呼んでいたが、私は全く気にする余裕はなかった。恐らく頭が真っ白になっていたんだと思う。
あれから、友達ができたことはない。この出来事を知り、母は能力が備わっていることに気づいたのだろう。
母はあの日の数日後から亡くなるまでかなりいろんな事を私にさせていた。とはいえ、どうして礼儀とか貴族のマナーとか学ばせられたのか…。それだけは未だにわからない。
と、兄が私の横にいることに気付く。兄は火葬される母を見てどう思っているのだろうか。
「アスカ、悲しいか。」
兄は私にこう聞いた。私は怪訝な顔をする。何を当たり前のことを聞いているのだろうか。
「ああ、愚問だったか、ごめん。何だか泣きそうな顔をしている気がしたから。」
「泣いてないよ。…でも悲しくなってきたのは確かだから。」
私がそう言うと
「そうか。」
そう言って兄は悲しそうな顔をした。兄はこれから一人で私達を食べさせていかなければならないのだ。
最近、稼ぎのいいところで働いているとはいえ、大変なことだと思う。だが…兄も泣きそうな顔をしている。だから、
「兄さんこそ泣きそうだよ。私とおんなじぐらい悲しそうな顔をしてるもの。」
そう言っておいた。だがね、自分の顔なんか自分でわかるもんか。
そういえば、と思う。さっきからルルリアがいない。どこにいるのだろうかと思った。
なので、横にいる兄に、ルルリアを探してくると言って、火葬場から離れた。ルルリアは幼い。あの妹はまだ10歳なのだ。母の死は理解できるがゆえに、余計に傷ついている可能性は高かった。
ルルリアは火葬場近くの小さい空き地にいた。ぐすんぐすんと泣いているようだったのでそっとしておこうかと思ったが、声をかけることにした。
「ルルリア。」
「お姉ちゃん…?ぐすん。」
「やっぱり泣いていたわね。」
ルルリアのその姿を見ていると、3年前の自分を見ている気分になる。確かあのときは父が亡くなって私は情緒不安定になり、心を閉ざしていた。そんな時、母はこう言って慰めてくれた。
『泣きたいならたくさん泣きなさい。いずれは泣くことなんてできなくなるんだし。』
あの時、私は一晩中泣いた。枯れるほどに泣いたあの日も母との思い出だった。だが、もう母に慰められる事はない。だから、ルルリアは私が慰めなければならないだろう。
「お母さんが亡くなってつらいのはわかるけど、つらいのはみんな同じなんだよ。私は母のような優しいことは言えないけど…。泣くなとは言わないからここでだけにしてね。…お兄ちゃんがつられそうだし。」
最後に、ぼそっと兄の事を言ったが、ルルリアの鳴き声にかき消されたらしく、私以外に聞いた人はいなかったと思う。
しばらくして泣き止んだルルリアと火葬場に戻ると、母の火葬は終わっていた。
この国では普通、火葬された後の骨は骨壷に入れられ、共同墓地へ入れられる。死者を悼むという行為はあまりされないからだ。ただ、異国ではそれぞれの墓を作り、埋葬されるのだと異国の商人から聞いたことがあった。
だから、母の骨壷は自分達で作った墓に埋葬すると兄と話し合って決めた。母の骨が骨壷に入れられると、兄が骨壷を持って私達は火葬場を後にした。
やがて首都近くの草原についた。そこには簡素な木材で作った棒が突き刺さっている。母の墓である。私達は草原の高台で地面に穴を開けた。母の骨の入った骨壷を埋めるためだ。
そして、母の骨の入った骨壷を入れ、見えなくなるまで埋める。そして、グラン草(青い撫子のような花)の花束を供えると、私達は母の墓がある高台から下っていった。
ありがとうございました。
次回、ニコラスの就職先が明らかになります。