ED.きつねの神社
並んで「参道」を歩く。おごそかな雰囲気は、ない。はっきりいって、まだ単なる通路だ。年度が明けて予算がつけば、施設課が凝ったものにするだろう。
「それにしても月見稲荷とは、単純な名前をつけたものですね。月が見えるというだけなら、地上でも同じでしょう?」
「違いますよ」間違いを指摘するオオカミも、今日の口調は笑っている。「ここから月を見るのではなく、地上から月を眺めるときに見える神社、です」
なるほど。ラグランジュ1は、いつも月と地球の真ん中にある。だから、地球から見れば月の中に浮いてる神社ってわけだ。科学的なんだかロマンティックなんだか。まあ、月夜の晩は上空から神社に見られてると思えば、悪いことはできなさそうだ。
境内に入る。
職員が全員集まっているらしい。施設もすべて臨時休業にしてしまったという。ただし大多数は、祝い事に参じたというより、見世物扱いしているに違いない。BGMとして、箏曲にアレンジした「ムーン・リバー」が流れているのは、その証拠だ。今日のために楽譜を打ち込んだのだろうが、悪ノリにもほどがある。
3年前、宇宙に出てコレを歌いながら、盛大に告白したことになっているのは、話に尾ヒレがついたどころじゃなく、完全なる捏造だ。否定するのも大人げないと放っておいたが、けっきょくヒトは信じたいように信じる。いったん信じられてしまえば、それが真実ってことだ。
小さな社の前に立つ。
資材をやりくりして建てた、本当に小さな神社だ。今朝まで立入禁止にしてあったから、この挙式にあわせてお披露目ということになった。その気遣いを思えば、たとえ小さくても愛おしい。
お供え物を並べていく。
まぁ……ね。結び昆布は分かりますよ。実際にコンブは縁を結んだ立役者なんだから、ここに並ぶ価値があるってもんです。
でも、瓶子の代わりにメスフラスコってのはどうでしょう。たしかに形は少し似てますけど、中身のエチルアルコールなんて研究用の試薬でしょ? そんなものを供えられたら、キツネだってびっくりですよ。
それにね。代用という意味では、あなたもです。むしろ、誰も問題にしてないのがおかしいです。結婚式に着るのは、白無垢とかドレスとかでしょう? 「一番白い服だから」という理由で、白衣を着てくるセンスが分かりません。それ、あなたにとっては普段着ですよね。
この指示書もおかしいです。試薬を口にするのは違法なので、三々九度の代わりに、三回接吻すること。これが宇宙式だから──って聞いたことありません。いちおう神社なんだから、神前式でいいじゃないですか。
あの……胸が当たってますよ? 近いですよ? 本気ですか柚子さん。宇宙式なんて局長の嘘っぱちですよ。な~にが、宇チュッ
おしまい。
親作品にあたる本編「月のアイドル~大気圏突入!」(https://ncode.syosetu.com/n5147fd/)には、細かい設定があります。中でも大月温泉は設定が長大化して、主人公格である貨客船トパーズより行数で4倍長いという、たいへんムダな裏設定ができてしまいました。
もう本編に出ることはないのに、もったいない。そこで設定を供養するために「文系」を書き始めましたが、なんということでしょう。書いているうちに設定が増えてしまうなんて。
水産棟も名前が出てくるだけで、施設内に入っていませんものね。本当はキレイなところなんですよ。陽光あふれる水槽に、昆布がユラユラ漂ってて。
とにかく、年内完結という宣言に自縄自縛ですが、今回はいったん終了します。ラジオの選考が終わって3万字の上限キャップが外れたら、とか適当なタイミングで改稿するか、別のお話を新規で書くかもしれません。そのときには、またよろしくお願いします。
('18/12/29)