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OP.まるなげ温泉

「そうだ、温泉つくろう」


 はじめに発言したのが誰だったかは覚えていない。

 多分そいつも、気だるい停滞をみせた運営会議で「なにかアイデアを出せ」と詰め寄られ、口から出まかせを言っただけだろう。だが、局長は「水とお湯はふんだんにあるからねぇ」とネタを引き継ぎ、課長が「日本人には風呂ですからなぁ」と追従したんだ。


──あれから1時間くらい経った気がする。いつまでこの会議というか、雑談を続けるつもりだ。

 たしかに、表面上は盛り上がっているようにも見える。だが、一人ひとりの顔を見てみろ。長時間の拘束でハイになっている──というか自暴自棄になっているだけじゃないか。だから、話はうわっ面を滑るばかりで、まったく具体的なところに進まない。後先考えずに、勝手なことを言っているだけだ。


 バカらしい。


 実際のところ、ここにはシャワー設備さえない。いや──あるにはあるが、プラントにあるのは葉物野菜の潅水用だし、イチゴやらの果実畑にあるのは、たしか噴霧器だろう。いずれにしろ人間が浴びるためじゃない。


「少々よろしいでしょうか?」


 向こうのシマから不機嫌そうな声が聞こえた。何といったか名前は知らないが、いつもふてくされている眼鏡女だ。


「ここは公費で運営されている農業衛星です。周辺宙域で暮らす人々に、食料を供給する使命があります。そこに温泉などといった非生産的かつ不謹慎な設備を作ろうというのは、倫理的に大きな問題があると思われます。さらに言えば──」

「まったく桃山くんは堅いねぇ、発想が」


 あっちの次長が話をさえぎった。


「いいじゃないか“温泉”なんだから」

「まったく理由になっていません。それに──」

「なんだい。キミは入浴の効果を否定しているのかね」

「風呂にも入らないから、いつまで経っても貰い手がないんじゃないか?」

「ガハハハ! ちょっとは自分を磨きたまえよ!」


 眼鏡女は顔を真っ赤にしてうつむいた。


 あ~あぁ、かわいそうに。地金が男尊女卑で出来てるようなオヤジども。部下にセクハラ十字砲火とは、少しは心が傷まないのかね。だいたい自分たちにも同年代の娘がいたっておかしくないだろう。娘に同じこと言われたら、怒らない親なんていねぇぞ。

 まぁ、あの女もバカだ。黙ってればいいことまで口を出すから叩かれるんだよ。


「どうでしょう。ここは一つ、桃山くんに担当してもらうというのは」

「そうだな。広い意味で『水』が専門なんだから適任だ」

「風呂のなんたるかを知るのも花嫁修業の一環だろう」

「ガハハハ! そうそう! 自分を磨きたまえよ!」


 パチパチパチ


 眼鏡女があ然としている。そりゃそうだ。思い切って反対したら、あっという間に推進委員──って皮肉にもなんねぇな。だから、黙ってればいいものを。バカな女だ。


「では、農水省の方は桃山くんで決まりですな」

「それじゃ、環境省も誰か出してくださいよ」

「ええと、それでは──」


 なんとなく眺めていた眼鏡女とオレの間に、たまたま課長がいた。

 あわてて伏せようとした視線が、ほんの一瞬だけ合ってしまったような気がする。さて……と。資料をまとめて仕事に戻ろう。立ち上がれオレ。出口まで、ほんの十数歩だ。おい、やめろ。近付いてくるんじゃない。


 課長の手が肩に乗った。


「じゃあ、あとはよろしくね! 木桜くん!」


 はあ!? いやいや、ちょっと待て、そのまま行こうとするな、おっさん。


「ええと、よろしくというのは、どの件でしょうか?」

「話を聞いてなかったの? 温泉の件だよ」

「アハハハ、課長は冗談きついんですから。ボクはただの広報ですよ?」

「広報だからなに?」

「いや、だから温泉の専門家じゃないっていうか」

「ここに温泉の専門家なんていないさ」


 そりゃそうだ──って納得するな、オレ。

 このままじゃマズいって。


「し、しかしですね、もう少し適任な人がいるでしょう」


 おっさん、驚いた顔をしやがった。なんだ、その演技。


「なるほど。つまり自分よりもっと暇な奴がいるから、そいつにやらせろと」

「いえ、決してそういう意味では……」

「だろう? ここに暇な人間などいないはずだよな。まあ、若いうちは何でもやってみることだよ。じゃあ、よろしくね」


 なぜか、急に会議が終わったことになり「楽しみですなー」などと言いつつ、ゾロゾロ退出していく。

 マズい、押し付けられる。誰かオレの代わりになる奴──柳葉と藤原はどこに行った──くそっあいつらっ! 要領よく逃げやがったな!


バタン


 ドアが閉じられた。会議室に取り残されたのは、オレと眼鏡女だけだ。あっちは声も出なくなってるし、オレも他人を気遣える状態じゃない。


 だんだん……ムカっ腹が立ってきた。

 なんで言いだした奴が責任も取らずに消えてるんだ。オレは何も言ってないし、むしろ眼鏡女──彼女なんて反対してただろう。

 だいたいだ。温泉をつくる理由が「水と湯があるから」だと? それだけでいいなら、全国のご家庭が温泉になるわ!

 いや、それよりタチが悪い。ここにあるのは衛星本体──鉄とガラスでできたデカイ筒、あとは農水産品だけだぞ。温泉要素なんかねぇ、これっぽっちもねぇ!


ちくしょう!

なんなんだ、この丸投げは。

どうしろっていうんだ。

いや、本当にどうしろって……いうんだ……?

「月のアイドル~大気圏突入!」本編

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