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モブでいいよ  作者: ふにねこ
第二章 修行
93/202

そこにある悪意 1


 廊下を歩いていたアリスはどこかのご令嬢達が噂話をしている場面に遭遇してしまった。

 耳をすませば声が聞こえる範囲には衛兵と掃除中の侍女がいる。

 彼女たちの目にはそういった人種は壁にかかっている絵と同じ扱いなのだろう。

 でなければこんな誰が通るかわからない廊下で人の悪口を言ったりできない。


(絡まれるのも面倒よね……)


 厄介ごとに巻き込まれたくないアリスは向きを変えようとしたが、聞き覚えのある名前に足を止めた。


「……ですわよ」

「まったくです。あんなどこの馬の骨ともわからぬ輩、ふさわしくありませんわっ」

「クローディア様もあんな女の何がいいのかしら。下品なだけじゃない」


 三人集まればかしましいが、悪口に熱中するあまり声も徐々に大きくなっている。


「不細工のくせに生意気ですわよね」

「本当にそうですわよね」


 ホノカの顔を見たことがあるのか、彼女たちの顔に少し悔しそうな色が浮かぶ。

 少しでもホノカを見たことがあれば、忘れることなどできない。

 圧倒的な美しさを前に、女としての美しさに矜持を持つ者ならば狂いかねないくらいだ。

 だからこそ悪口を言って少しでも自分の中で彼女を貶め、わずかばかりの優越感を得ようと必死になるのもわからなくはない。


 わからなくもないが、それとこれとは話は別だ。

 アリスの中にどす黒い靄が発生した。

 絶世の美少女に対して不細工と言い放った彼女たちのご面相がどんなものか、真正面から見たくなった。


 背筋を伸ばし、優雅な足取りでアリスは彼女たちに近づいた。

 アリスに気が付いて三人の目がこちらに向けられた瞬間、こらえきれないように口元に笑みを浮かべて見せた。

 あからさまな侮蔑の笑みだ。


「ふふ、美しいモノを不細工と貶めるからにはさぞ自信があるのかと思いきや……その程度で……」


 何が、とは言わない。

 しかしアリスの目は彼女たちの顔にくぎ付けだ。


「ちょっとあなた、いきなりなんですの?」

「人の顔をじろじろと見て失礼な人ですわね」

「あら、ごめんなさい。面白いお話が風に乗って聞こえてしまいましたので、つい」


 意訳:こんな場所で話しているからつい顔をみちゃったじゃないの。

 仕草:嘲笑。あからさまに馬鹿にした目つき。


「いきなり会話に割り込んで、どういうつもりなのですか?」


 アリスは持っていた扇を広げて口元を隠したが、笑っている目元は隠せない。


「割り込むつもりはありませんでしたのよ。驚いて思わず声が出てしまっただけですの。ご不快な思いをさせてしまったのでしたら、申し訳なく思いますわ」


 意訳:驚きのあまり本音がポロリしちゃったわよ。

    ちっとも悪く思ってないけどごめんね~。

 仕草:笑っちゃいけないけど笑っちゃうわ。


「ちょっとあなた、失礼だわ。登城を許されているのならそれなりの身分でしょうけれど、社交界で貴女を見たことはありません」

「何者ですの?衛兵を呼びますわよ」


 自分よりも身分の高いご令嬢ならば余すことなく網羅している彼女たちは不審者を見るような目をアリスに向けた。

 衛兵ならばさっきからこちらを見て聞き耳をたてている。

 ついでに掃除中の侍女も。

 アリスは真正面からそれを受け止め、嫣然と微笑んで見せる。


「吹き抜ける風を捕まえようだなんて、無粋でしてよ」


 意訳:正体を暴いたってどうにもならないからやめとけ。

 仕草:お前らに教える義理はない。


「私は伯爵家の者ですが、貴女はどちらの方ですの?」


 更に突っ込みを入れてきたご令嬢を一瞥する。


「そうですわねぇ……私はクローディア様のお茶会で紅茶を淹れてもらい、愛妾候補と同席した事があります。王子に拝謁しようと思えばいつでも会える立場でもありますわ。そしてあなた方が私の事を知らぬとおっしゃるのなら、あなた方がそれを知る立場にない者という事ですわね」

「なっ……」


 意訳:未来の王妃と未来の愛妾とは友人で王子ともいつでも会えちゃう立場だけど、教えてもらえない小物に用はないわ。


 クローディア自ら紅茶を淹れてもてなしたとなれば、友人か、対等もしくは上の立場という事だ。

 三人の令嬢は目を白黒させているが、馬鹿にされているというのはわかるらしい。

 スラム街ならキャットファイトのゴングが鳴らされているところだ。


「愛妾候補の方をこんな場所で悪し様にののしるのは不敬ではなくて?」


 意訳:公共の場で人の悪口って、お前ら馬鹿?


 事実なので三人は黙る。

 アリスはふっと身にまとっている高慢な空気をといた。

 場の緊張感がうすらぎ、ご令嬢たちはいぶかし気にアリスを見つめる。


「他人を羨む前に、その立場がどういったものか……考えたことはありますか?」

「えっ?」


 打って変わった柔らかな口調に三人が戸惑っている。


「古今東西、王妃と愛妾というのは王の寵愛を競うものと相場が決まっております」


 意訳:お前ら、クローディアに勝てる気でいるの?


 ただ羨んでいただけの彼女たちはその可能性に至ってあたふたし始めた。

 ホノカの悪口を言っていた三人をやり込めようと思っていたアリスだが、ここでふといたずら心がむくむくと顔を出す。

 ふふっ、とアリスは怪しげな笑みを浮かべて意味ありげな視線を三人に向けた。


「女の私から見てもあの愛妾候補はとても見目麗しいかたですわ。バラのような頬に潤んだ瞳、艶やかな赤い唇……吸いつくようなきめ細やかな肌の質感……」


 ちょっといやらしい響きを感じさせながらアリスは言葉を紡ぐ。


()()動物のようにとても愛らしい方ですわ」


 言葉の最初の方にちょっと力を入れてみた。


「そういえばあの愛妾候補は王子とクローディア様のお二人にたいそう可愛がられているとか。動物に例えるのなら雌犬ですわね。愛らしいペット……」


 令嬢たちの頬にうっすらと朱がさしたのをアリスは見逃さなかった。

 面白いように思惑に乗ってくれて、アリスは楽しくなってきてなおも話を曲解させようと口をひらく。

 が、声にはならなかった。


「そこで何をしていらっしゃるの?」



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