系譜 2
「フェル様、バレてますよ」
聖女にあてがわれた部屋に戻ったアリスが紅茶を淹れようとしているフェルに声をかけた。
「えっ、なんで?」
「なんでって言われましても。驚いていましたよ」
「その聖女バージョンのメイクは別人に見えるし、めったに会わないって聞いたから大丈夫だと思ったんだが……けっこう観察力のある人なんだね」
「ええっ、私が偽聖女だってバレたのになんでその感想なんですか?もっと慌てましょうよっ」
「ちゃんとバレた時の事も考えてあるよ。とりあえず今はお茶を楽しんで」
ことりと目の前に置かれた紅茶からいい香りがする。
さすがに緊張していたせいで喉が渇いたのでありがたくいただいた。
くつろいでいると、宰相がやってきた。
フェルナンが宰相に紅茶を淹れると、宰相はのどを潤すために一口飲んだ。
心持ち、疲れているようにも見えた。
「そなたの懸念した通り、ヴァリアンが物申してきたぞ」
「どのような事を?」
「偽物ではないかとな」
「ふふ、何か理由がとかではなく、断定ですか?」
頷いて宰相が肯定すると、アリスはやれやれといわんばかりにため息をついた。
「でしょうねぇ。想像はつきます。国を相手取って詐欺を働くつもりだとか言いそうだし」
まさにその通りのセリフで詰め寄られた宰相は驚いた。
「どういう関係なのだ?ただの知り合いではあるまい」
「端的に申し上げれば、私の父が大臣の勘当された次男です」
宰相が驚きに目を見張り、フェルナンは思いもかけず知ってしまったアリスの系譜に驚きつつも納得もしていた。
伯爵家の次男にマナー教育を受けたのならば、アリスの貴族としての振る舞いが完璧なのも納得がいく。
なるほどと思っているフェルナンとは違い、宰相は当時のすったもんだを書類上で知っていた。
貴族の一族から勘当する場合、書類の手続きが必要なのだ。
もちろん縁切りする理由も明記するのだが、国に保管、後世に残される文章なのでたいていは当たり障りのない記述だ。
平民との結婚、輿入れが最も多く、次いで個人的に商売を始めるため、冒険者になるためというのが続く。
その実態は問題児の放逐だが、ものはいいようである。
そういった中で異彩を放つ文章があった。
下町の躾のなっていない娼婦のような娘に誑かされた次男を伯爵家から抹消する、といった内容だったため宰相の記憶に強く残っていた。
もちろんアリスの素性や素行を調べたので本当はそうではないことは宰相も知っているが、アリスの両親についてはいいとこのお坊ちゃんと下町のさびれた食堂の娘が駆け落ち同然に結婚して現在に至る、普通の商売人といった評価だったので素直に驚いた。
「隠していたわけではありませんが、公にする事でもないので」
申し訳なさそうにアリスが言った。
勘当された貴族、というだけで印象は最悪だ。
そういう輩はたいていはロクでもない最悪な人格だからだ。
自分の父がそう思われるのはさすがのアリスも嫌なのだ。
父親を悪く言っていいのは妻であるティナと娘の自分だけ。
「それで、どこまで話したのですか?」
「身代わりだということしか話しておらん」
本物の聖女が誰なのか、は秘密らしい。
誰がどこでつながっているのかわからないので、そこは徹底的に秘密を貫くらしい。
「伯爵家はお母様がお父様を誑かしたといまだに思い込んでいるんです」
真相はお父様がお母様を誑かした?のだが。
「彼が城勤めをやめたせいもあるだろう」
「えっ、そうなんですか?」
「将来を期待されていた優秀な男だったから、伯爵家も余計に許せなくなったのだろうよ」
そもそも次男なのだから平民と結婚しても立場的には大丈夫だ。
しかし将来有望な美青年となれば婿入り希望の貴族からのオファーも相当だったに違いない。
逆玉だって思いのままだというのに、すべてを捨てて平民の貧乏な娘の元へ行ってしまったのだ。
小説だったら感動的な話ですむかもしれないが、身内としてはそう簡単に割り切れるものではない。
「好かれてはいなくても嫌われてはいないと思っていたのですが……詐欺師呼ばわりされちゃう程度の関係だったというわけですね」
犯罪行為を行うかもしれないと少しでも思っていたからこそ出てきた言葉だ。
ほんの少しだけ寂しそうにアリスは笑った。
「愛しい息子の娘じゃなくて息子を誑かした女の娘、かぁ」
仕方ないのかなとも思うが、残念だとも思う。
嫌う理由がなかっただけにとても残念だ。
「アリス」
フェルナンが気遣うように声をかけてきたが、アリスは小さく首を振った。
「大臣とは関りがない。その方向でお願いします」
残念な気持ちはあるが、傷になるほど関係があるわけでもない。
和解を口にするほどの関係もない。
大臣とのつながりを勘繰られて身に覚えのない嫉妬を向けられても困るだけだ。
「お気遣い、ありがとうございます。仕事で名をあげれば、母の汚名もなくなると思っていますのでお気になさらないでください」
アリスの言い分に思わずクスリとフェルナンは笑ってしまった。
彼女らしいと。
「あなたほど私を驚かせるご令嬢はいませんね」
素直な気持ちを口にすると、なぜか宰相がニマニマと口元を緩ませる。
「フェルナン様の周りには深窓のご令嬢しかおられないのでしょう?平民なら普通ですが、貴族としてでは異色で型破りでしょうからね」
ここにホノカがいれば間違いなく首を横に振っていただろう。
平民のお嬢さんというには型破りだし、女性という枠組みの中でも普通でないカテゴリーに入るであろう事実にアリスは気が付いていない。
普通って何だろう、と考え込むに違いないという他人の評価はさておき、アリスは好きなようにやりたいように人生を悔いなく謳歌する、が流儀である。
「聖女としてはどうでしたか?」
「うむ、その点については問題ない。利権に群がる輩はこっちで何とかするゆえ、そなたはわからないの一択か宰相に相談しますと言っておけ。今、魔法省の方で無毒化の指輪を作らせている。しばらくはこの者がそなたの毒見係だ」
「フェルナン様が?」
侯爵家の跡取りが毒見係。
「大丈夫。私の家系はそういうのが得意なんだ」
それがチーム聖女に選ばれた一番の理由でもある。
フェルナンが戦うのは外からくる敵ではない。
周りにいるであろう、内にいる敵だ。
侯爵家という立場上、王族の友人(監視と警護)に選ばれるため、暗殺に巻き込まれないように自衛しているうちに気が付いたらそういう一族になったという。
「外敵は私の専門ではないのでね、くれぐれも城で大人しくしてくれると助かるのですよ、聖女様」
軽やかに言いきるフェルナンをアリスは秘かに見直していた。
チャラい見かけとは裏腹に、肝が据わった豪胆な男なのだと。