系譜 1
宰相を交えてフェルナンと聖女様お披露目について話を詰めていた。
週に一度、王を交えた全大臣がそろった会議があるのでそこで顔合わせとなったのだが、アリスには一つだけ懸念することがあった。
「知り合いがいるのですが、大丈夫でしょうか?」
「めったに会わない程度なら大丈夫じゃろう。化粧を施したお前は別人に見えるしな」
宰相はそう言っていたが不安は残る。
「お前が気にする者は誰だ?」
「財務大臣です」
「ヴァリアンか……頻度はどれくらいで会う?」
「年に一度か、二度です」
「かの者は堅物で融通が利かぬ男だが信頼はできる。騒ぎ立てるようならばこちらでなんとかしよう」
宰相はそう約束し、話題は別な物へと変わった。
「どういう気まぐれです?」
聖女の手を取ってエスコートしながらフェルナンは小声で聞いた。
たった今、教会の幹部たちの集まりに聖女として顔出しをしてきたところだ。
アリスは完璧なまでに聖女を演じた。
むしろ本物の聖女より本物っぽい。
「何がですか?」
不思議そうな顔でちょっと小首をかしげてみせる。
惜しまず貴族の淑女のごとき完璧な所作と慈愛に満ちたセリフで教会関係者たちを魅了していた。
女優の演技、メンタリストなる存在の活躍と話をテレビで見た記憶が幸いした。
心理学を知っているうえに商売で培われた経験を足せばある程度の人心掌握は可能だ。
彼らの望む聖女像を演じればいい。
「そうだね……うまくいきすぎて怖いくらいだといえばわかるかな?」
「女は生まれながらに女優なのですよ。フェル様はご承知のことだと思いますけれど?」
腹黒策士が女性の裏の顔を知らないはずがない。
断言するとフェルナンは気まずそうに微笑んだ。
「それも含めて女性は可愛いと思うけれどね」
アリスのほうが絶句である。
そんなアリスに今度は魅力的な笑みを浮かべて見せた。
「申し分なさ過ぎて本物がかすんでしまうね」
「それが目的でもありますから」
敵の目をホノカではなくアリスに向けさせるために。
あのホノカががんばって聖女をやっていたのだから。
そう思ってみたものの、想像以上につらい現実を目の当たりにしたアリスは城を逃げ出したホノカの気持ちが嫌というほどわかった。
「……ああ、訓練所でしごきに堪えていたころが懐かしい……」
今ごろ、ホノカはコンラート伯爵による地獄の特訓の真っ最中だ。
あちらが肉体的苦痛を伴うとすれば、こっちは精神的苦痛を伴っている。
人の視線にさらされるという事がどういう事か、アリスは身をもって実感していた。
そしてこんな生活ができる王子や貴族をほんの少しだけ見直していた。
朝、侍女によって起こされてから身だしなみをきちんと整え、動きにくいドレスを身にまとい、ヒールのついた華奢な靴を履く。
聖女という身分の上、宝飾の類は断らせてもらったが、その分、布の質がよく、なまじ目利きがいいので絶対に汚せないと戦々恐々としながら食事をとる。
とても精神的に疲れるのだ。
「では、心の準備はいいかな?」
フェルナンはアリスの手を取って一つの大きな扉の前に立った。
扉の横には兵士が立っている。
アリスは意識を切り替え、聖女という仮面を心の中で装着する。
(私は女優、私は聖女、私は日本人、私は世界を救う者)
フェルナンの目くばせで兵士たちは扉をゆっくりと開け放った。
大きなテーブルを囲むようにこの国を動かす人たちが座っている。
一番奥のひときわ豪華な椅子に座るのは王様だろうか。
(そういえば、王様に会うのってこれが初めてよね?)
現実逃避気味に考えつつ、フェルナンに促されるままに会議室の中に足を踏み入れた。
(私は女優、私は女優、聖女という名の仮面をかぶるのよっ!)
とにかく雰囲気だけなら神秘的に見えるように背筋を伸ばして堂々と。
高飛車にならないように、へりくだるわけでもなくでも対等に。
「当代の聖女をお連れ致しました。ホノカ・サイジョウ様です」
フェルナンの声に合わせ、アリスはゆっくりと礼をとる。
洗練された上品な身のこなしで相手側の度肝を抜き、使い捨てにはできない侮りがたい相手と思わせることが今回の目的だ。
ここでどれだけ彼らの優位に立てるかで、ホノカの今後の扱いが変わると思えば気合も入る。
アリスの所作に思わず、といった感心するような空気に心の中でにやりと笑った。
(よしっ、つかみはOK!)
ゆっくりと顔をあげ、部屋の中を見回しつつ一人一人と視線を合わせていく。
その中で、眉間に深いしわを作り驚愕の表情で固まっている人物がいた。
(……やっぱり居たかぁ)
あらかじめわかっていたので表情には出さない。
(あの顔は、うん、バレたよねぇ)
型通りのあいさつをまず王様にし、それから宰相により大臣の紹介をうける。
世界を救うための決意表明をアリスがし、王様から激励の言葉を賜る。
そして退場、という流れはつつがなく行われた。