聖女様になろう 2
簡単に身代わりといっても普通の人とは違う。
聖女という特別な存在なため、アリスはより詳しく聖女についてオルベルトから講義を受けることになった。
一応、ホノカからは簡単な話は聞いていたが、神様の登場から宗教の成り立ち、過去における魔族の襲撃など覚えておいて損はないけど知らなくてもいいことを延々と聞かされるのは確かに苦痛だ。
教え方の悪い古典の授業を聞いているようで全く入ってこない。
オルベルトの教え方が悪いわけじゃない。
興味がないのだ。
「それは必要のない事ですわ。オルベルト様」
上品な口調を心掛けながらアリスは神話を語りだしたオルベルトを止めた。
「今、その情報は不必要と思います」
多神教だが創造神がトップで他の神は横一列。
そのせいか歴代の教皇と呼ばれるすべての神の使徒を束ねる者は創造神を信仰する司祭長から選ばれる。
もちろんそんなことはこの世界に生まれて育ってきたアリスは知っている。
今更、宗教の組織図を説明されても眠たくなるだけだ。
「オルベルト様、私が知りたいのは現時点での各派閥における動向とボスの名前だけです」
「派閥ですか?」
「どの宗派が仲がいいとか悪いとか、あるでしょう?教皇の次の座を狙っている人とか」
ものすごい具体的に突っ込みを入れると、オルベルトは困ったように頭をかいた。
「創造神の司祭たちってみんな野心家なんだよね……」
「じゃあそれぞれの宗派のトップはどうなんです?」
「教皇を忌々しく思っているのは間違いないよ。今の教皇はまともな人だからね。色々と目障りなんじゃないかな。早く引退してもらいたいみたいだ」
さらりと恐ろしいことを口にするオルベルトにアリスはため息をついた。
後ろ暗い人たちというのは、トップも後ろ暗い人でないと安心できないらしい。
「……次の教皇に誰が誰を推しているのか調べてもらえます?」
これで教会内部の動きが少しは把握できるはずだ。
そんなことを考えていると、オルベルトがうっすらと笑みを浮かべてアリスを見る。
「貴女はどうしてそこまでホノカさんに肩入れするのですか?」
「だって彼女がいなければ世界は救われないのでしょう?だったら彼女の味方になるのは当然じゃないですか」
「そこが不思議なのですよ。貴女はとても利己的な方だ。世界を救済するにあたって出る利権を目的に……というのならわかりますが」
要は利益がなきゃ聖女に肩入れするはずがないというものすごい言われようにアリスの目が丸くなる。
まさか癒しの君とまで呼ばれているオルベルトに言われるとは思わなかった。
「ええっと、オルベルト様が私をどう見ていらっしゃるのかがものすごく気になるところですが……」
アリスはちょっと姿勢を正してオルベルトをまっすぐに見た。
「最初に申し上げた時と気持ちは変わっておりません。彼女と出会わなければ、ほかの方と同じで聖女様がんばって~と無責任に願うだけだったと思いますよ」
「では、なぜ?」
「ホノカちゃんを知ってしまったからです。なんの縁もゆかりもない世界を本気で救おうだなんて……私が彼女の立場だったら子々孫々まで税金の免除とか三代までは給付金をくれとか色々と条件を出しますよ」
ものすごく現実的な条件にオルベルトの頬が微かにひきつる。
「そんな条件も出さずに聖女としての仕事をがんばろうって子に助けてって言われたら、手を差し伸べるでしょう。商売人は買ってくれる人がいてこそなんですよ。世界が魔族に支配されたら商売どころじゃなくなるじゃないですか。それに……」
アリスはどこか困ったように笑った。
「頑張る人は好きなんです」
「ですが、彼女は城から逃げ出したんですよ。それは放棄では?」
アリスは面白そうにオルベルトを見た。
生真面目な彼には途中で逃げ出したという事実が見過ごせないのだろう。
聖女が嫌で、世界が嫌で逃げ出したと思っているのだ。
「違います。あれは聖女の肩書と貴方たちから逃げ出しただけ」
「意味が分かりません」
「私が彼女を助けようと思ったのは、魔王の封印を強化して世界を救おうとする気持ちを彼女は常に持っていたからです」
「だったらなぜ……」
「誰だって気持ちがくじけちゃうことはあるでしょう。うまくいかなくていじけちゃう時はあるでしょう。でも世界を守るって気持ちだけは忘れない」
アリスはいじけたり拗ねたりするホノカの顔を思い出しながらくすりと微笑んだ。
「この世界を救おうという気持ちだけはいつだって揺るがない。くじけるけど諦めない。いじけるけど忘れない」
ふわりとごく自然にアリスの口元が緩んだ。
「彼女の心意気に惚れた、と言えばわかりやすいかしら?」
どんなに残念な美少女だとしても、ホノカは決してこの世界を見捨てない。
世界を救うと決めているのなら、愚痴を言おうが文句を言おうがかまわない。
訓練が辛い、勉強が嫌だ、やめたい!と叫んでも世界を救う事だけは嫌だとは言わない。
「だから周りが鞭を振り回して彼女を死地に赴かせようとするのなら、私は飴でつって送り出そうと思いましたの。彼女が甘えられる、安らげる場所になれたらいいと思いましたのよ」
彼女の笑みから目を離せないでいることに気が付かないまま、オルベルトは問い返す。
「商人の貴女が、無償で?」
アリスはくっ、と笑いだしそうになるのをこらえた。
「対価はもちろんもらいますよ。だって私は商人ですもの」
「では何を?」
「世界の脅威をなくすこと」
オルベルトの目が丸くなる。
「それとは別にね、オルベルト様。友達が困っていたら手を貸すのは当たり前でしょう?」
彼女と話していると頭がこんがらがってくる。
だけれども、不快ではない。
「ただの友達で、命に危険があるかもしれないのに身代わりを引き受けたのはなぜですか?」
「さぁ、どうしてでしょうね?」
ちょっと遠い目をしながらアリスは切り返す。
(ほんと、どうしてこうなったのかしらね……)
「成り行きなのでしょうけれど、こうもとんとん拍子に彼女の都合の良いように事が運ぶ辺り、案外、神の御意志が介在しているのかもしれませんね」
そう思わなければやっていられない。
ホノカではなくアリスが聖女の名を騙ることになるなんて、ゲームの枠組みを超えている。
いわゆるゲームの世界補正が働いているのだとしても、アリスの秘められた力というものはいっこうに開眼しそうにないし、そもそもない。
「……貴女はとても高潔な方なのですね」
いきなりむず痒くなるようなことをいわれたアリスは思わず天然紳士の顔を見た。
女性が蕩けてしまいそうな笑顔にびっくりだ。
「ままままさかっ。オルベルト様のご想像通り、私は利己的で傲慢な商人ですっ」
「しかも謙虚だ」
なにがどうしてこうなったのか、アリスにはさっぱりだがオルベルトが変に勘違いをしているような気がする。
彼の中のアリス像がどうなっているのかとても気になるが、同時に絶対に聞けないとも思った。
本能が、聞いたらダメだと警告している。
なんだがとてもいたたまれない気持ちになったアリスは話を聖女のお仕事に戻すことにした。