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モブでいいよ  作者: ふにねこ
第二章 修行
81/202

実家の現状を知る 1



 王子ルートに入ったかもしれないという疑念をアリスが持った二日後、ルークとジョンがやってきた。


「ええっと、私の耳がおかしくなったのかしら」


 アリスはホノカの方を振り返った。


「今、実家が火事にあったと聞こえたのだけれど?」

「アリス姉さん、しっかりしてください」

「現実逃避している場合じゃねぇぞ」


 ルークが無情にも告げる。


「おじさんは犯人探しに全力を注いでいる」

「仕事は全部俺らに丸投げでな」


 ジョンの声はどこか疲れている。


「騎士からおば……奥様にはお嬢に言うなって言われてたけど、俺らは言われなかったし」

「いつ火事があったの?」

「お嬢が食堂で暴れた日」


 ジョンが短く答えると、アリスはすぐに納得したように頷いた。


「ああ、なるほど。よ~くわかったわ。次の日にコンラッド伯爵からしばらく泊まり込みだって言われたのはそれが理由ね」


 犯人が捕まって聖女の身の安全が保障できるまではアリスも帰れないだろう。


「……家の事はここから出られないからどうでもいい。お母さんが何とでもするでしょ」


 現実から目を背ける気がまんまんのセリフにルークとジョンは複雑そうな顔をしている。

 珍しく空気を読んでホノカがフォローするように口を開いた。


「お屋敷の皆さん、大丈夫だったんですか?」

「ちょうど近くに魔法使いがいたらしくてな、早期消火で火事はたいした被害はなかったんだ」

「火事、は?」


 ルークの言い方に引っかかりを覚えたアリスが聞き返す。


「俺たちは見てねぇけど、なんでも屋敷を覆いつくすほどでっかい水柱で火事を一瞬で消したらしいぞ」

「……水魔法で!?すごい……けど……水柱って、えっ、まさかの水没?」


 ホノカの推理にルークは重々しく頷いた。


「で、そのあと魔法で水を操って家全体を乾燥させたらしいんだが、乾燥させすぎて食材とか紙の類が塵となって大変だったそうだ」


 布の類は辛うじて使えなくもない状態らしいが、庭の草木は枯れはててもはや幽霊屋敷のような有様らしい。


「水魔法って怖い……」


 ぼそりとホノカが呟いた。

 アリスが何かに気が付いたかのようにルークを見る。

 

「その魔法使いって、眼鏡をかけてなかった?」

「さぁ。どんな奴かは知らん。次に来る時までに聞いておこうか?」

「ふふ、お願いね」


 ティナ譲りのいい笑顔でアリスが頼むと、ルークとジョンは顔も見たこともない魔法使いの冥福を心の中で祈るのであった。


「おっと、忘れるところだった。これ、ハロからの土産」


 そういってジョンが漫画本くらいの大きさの金属で作られた板を取り出した。


「……ナニコレ」

「土産の本だって」


 アリスがジト目でジョンを見るが、ジョンは気にした様子もなくそれをアリスに手渡した。

 厚さ1ミリほどの薄い金属板が二枚重なり、ルーズリーフのように四か所ほど開けられた小さな穴に通ったひもが二枚の板を結び付けている。


「…………本?」


 確かにそれは左右に開くことができた。

 そこには子供の落書きといっていいような絵が見開きで四分割されて書かれている。

 釘か何かでひっかいてかいたような線は文字ではなく絵をかいていた。

 それに目を通したアリスの口元がひきつったのにホノカが気付いた。


「どうかしたんですか?」


 好奇心に駆られてホノカがのぞき込む。


「……うわぁ」


 見終えたホノカは空を見上げた。


「四コマ漫画だ……」


 しかも面白くない。

 アリスは無言で地面にたたきつけ、足で踏みつけた。


「くっ……なによこれぇっ!」


 悲鳴にも似た声を上げながらアリスは何度もそれを踏みつける。

 しかし小さな金属板は傷一つつかない。

 やけくそ気味に踏み続けるアリスに声をかけるのもはばかられたので、ホノカはジョンとルークに向き直る。


「ええっと、ハロさんって誰ですか?」

「本名、ハロルド。実質、ナンバー2の男。開発部の食材調達係だ」

「顔よし頭よし性格よし腕っぷしよしで女運が悪い」


 ジョンの答えにルークが補足する。


「えっ、最後の女運が悪いって何?」

「モテモテなんだけど、なぜか惚れた女がみんなアリスの事が好きで最終的にフられるという運のなさ」

「そ、それはなんというか……」

「ふられると食材の発掘を理由に旅に出る。で、傷がいえると土産に本と珍しい食材をもって帰ってくる」

「ああ、それで食材調達係なんですね……」


 ホノカは何とも言えない顔で納得したように頷いた。


「ちょっとジョン、これってちっともへコまないんだけどっ!」


 本という名の金属板を地面にたたきつける蛮行におよびながらアリスが叫ぶ。


「なんかすっげぇ希少な鉱石の試作品らしいぜ」


 板状に加工するのに成功し、何でどれくらい傷がつくのか実験する過程でこの本ができたそうだ。

 ちなみに四コマ漫画にして見開きの本にしたのは職人の遊び心というやつだろう。


「役に立たない本だけどよ、腹にいれときゃ盾代わりになるんじゃねーの?」


 ルークの提案にアリスは叫んだ。


「それって本の扱いじゃないよねっ!」


 行き場のない怒りとストレスを存分に本にぶつけたのか、アリスは疲れ果てていた。

 がっくりと肩を落とすと本を拾い上げて途方に暮れたように空を見上げた。


「最高級の鉱石を板に加工する技術はすばらしいわ。でも……この絵を掘って本って……しかも絵は下手だしつまんないし……本にする意味が分からない」

「そんな希少本を手に入れちゃうハロルドさんってどんな人なんですか?」

「女運だけが悪い、男としては可哀そうな奴だよ」


 ジョンがそうまとめる横で、ルークが爆笑した。


「それにしてもアリス、随分とストレスが溜まっていそうだな」

「あと少しで達観しそうなくらいにはね。他人事なら冷静でいられるけど、さすがに今回はきいたわ」


 謎の金属板に八つ当たりをして気が済んだのか、ちょっと肩で息をしながらアリスが答えた。


「頭に来たから、甘味祭りの警備は絶対にただでジャック様と黒曜騎士団にやらせてやる……」


 引きつるルークたちをよそにアリスは決意表明をして見せた。


「私は、やると言ったらやる女よ」

「なんだかわからないけど男前ですっ、アリス姉さん」


 いつもの調子を取り戻したアリスにとりあえずホノカが声をかけておく。

 その様子を呆れたようにジョンが見つめ、ルークは興味を失ったかのように訓練中の騎士に目を向けるのであった。


「そんなわけだからアリス、馬鹿な従業員がうっかり雇用主にしゃべっちまったって事でよろしく」

「ん、わかった。店の方は問題ない?」

「今のところは通常通り。何かあったら俺の方で対処するから」


 喧嘩に参加する気満々の様子をジョンは隠そうともしない。

 ルークに至っては期待している節がある。


「……いい大人なんだから、荒事にしない」

「なーに言ってんだか。俺たちはあくまでもスマートに事を進めているってのに、いつだって相手が荒事に持ち込むんだ」


 悲し気にルークがいってはいるが目が笑っている。


「まぁいいわ。そっちは任せる」

「はいっ、言質取りましたーっ!やったなジョン、お嬢から許可が下りたぜ!ふぅぅ、腕がなるぜ」


 ヒャッホーしているルークを見て軽い頭痛を覚える。

 額に手を当てながらちらっとみてからジョンに視線を移した。


「ハロは父さんにかかりっきりになると思うから、ルークが暴走しないようにちゃんと手綱をとるのよ?」

「わかってますって」


 どこか好戦的な空気をまとわせながらちっとも大丈夫ではない態度のジョンにアリスはため息をついた。


「売られた喧嘩は高く買って、お釣りをちゃんと渡すんだろ?」


 ドット家の家訓を持ち出されてはもう何も言えない。


「うん。徹底的にね」


 二度と手を出す気になれないように。

 アリスはしゃんと背筋を伸ばし、いたずらっ子のような笑みを浮かべた。



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