長い一日 7
まだ一日が終わらない……。
「寄り道せずに、君の家に行くよ」
つまらなそうにジャックが歩き出した。
アリスとホノカもあわててジャックに続き、なぜかアリスをはさんで三人仲良く横並びで歩く。
「いいね、ホノカ。護衛は僕一人なんだから、寄り道とか外出は禁止。明日の朝までドット家に引きこもってもらう」
「え~」
不満そうに声をあげるホノカにジャックは冷ややかな目をよこす。
「危ない目にあいたいの?ここなら毒物にさえ気を付ければいいけど、外なら刃物も魔法もありだってことを忘れるな」
思い切り聞き捨てならないことを聞いたアリスは目を丸くさせる。
「毒物って、暗殺?穂香ちゃんが?」
「何度かね。事前に阻止している案件もあるから、油断は禁物。早く身を守る術を覚えないと、死ぬよ」
さらりと物騒なことを口にする魔術師にホノカは口をとがらせて拗ねて見せる。
本人にまるで危機意識がない事にアリスは頭痛を覚えた。
ジャックは慣れているのかホノカの態度を気にしてはいない。
自分がいれば死ぬ目にあうかもしれないが死なせない自信があるからだ。
「拗ねてる場合じゃないでしょ。聖女教育って何やってるの?」
「最優先な課題は魔術の向上と逃げるための護身術」
「……ものすごい想定外な授業内容」
逃げるための、という言葉が彼女の立場を深く物語っている。
「どこにでも馬鹿は一定数いるってこと」
思っていた以上に聖女という肩書は大きいのだ。
世界の安寧を願うだけではなく、安寧を望まない人もいる。
「面倒ですね」
「だね。早く魔術を覚えて僕と手合わせしようよ」
「そっちかよっ!」
戦闘狂の本音に思わず突っ込みを入れてしまってからはっとしたが、ジャックは気にした様子もなく頷いた。
「僕ほどの魔術師となるとさ、力を持てあまして困るんだよね。力がありすぎるってのも問題なんだ。治癒の才能があったらこんなに悩まずにすんだのになぁ」
才能がなければどんなに努力しても魔法を使うことはできない。
「聖女の護衛に選ばれちゃったから自由に魔物狩りにも行けないし」
魔法使いにもそれなりに悩みはあるようだ。
「そんなに魔力が有り余っているのなら、何かに貯めておくことってできないんですか?」
「僕の魔力が膨大すぎて器が足りない。はぁぁ、どっかで川の氾濫とか大火事とか起きないかな」
ものすごい物騒なことを口にする魔法使いにアリスはあきれ果てる。
「アリス姉さん、ジャックはいかに魔力を消費するかってことで常に頭がいっぱいですよ」
これまた慣れた反応でホノカはアリスに忠告する。
「一番手っ取り早いのは大きな魔法をぶっ放す」
「はた迷惑ですね」
もっと建設的なことに力を使えないのだろうか。
「早く野焼きの季節にならないかな……。干ばつでもいいけどさ……」
「本当にありあまっているんですね。……そうだ、マルグリート様は腐食系の魔法は使えます?」
商売の神が下りてきたかのように、アリスは閃いた。
「腐食?金属でも溶かしたいの?」
「どちらかといえば発酵です」
「酒でも造るの?」
「豆を発酵させて味噌という調味料を作りたいと思いまして」
アリスの言葉にジャックは目を丸くさせたが、すぐに不機嫌そうな顔をしてみせた。
「……この僕が誰かわかっていてそれを言う?」
「ダメですか?」
ジャックは少しだけ楽しそうに口の端を上げた。
戦いの道具にしようとした人間はどこにでもいたが、食品づくりに利用しようとする人間はアリスが初めてだ。
「宿代がわりにやってあげてもいい」
「ありがとうございますっ!」
アリスの目が輝いた。
「実は発酵がどうしてもうまくいかなくて手づまりだったんです。マルグリート様に手を貸していただければ、問題点もはっきり浮き彫りになるでしょう」
アリスはホノカを見た。
「味噌汁とか味噌田楽とか味噌ラーメン……ああ、夢が広がるわ!」
「アリス姉さんっ、試食は任せてください!」
なぜか盛り上がるアリスとホノカを見てジャックは呆れるしかなかった。
誤字脱字の修正をしました。