お嬢様の不在 4
アリスがドラリーニョと喧嘩をして罰を受けている頃、第二小隊のドット家潜入組は屋敷からほど近くの隠れ家で報告書を書いていた。
ペトリ、パグ、ハンナの三人だ。
ドット家に使用人として潜入して数日。
火事からのまさかの水没、そして乾燥という名の風化。
ビデオで屋敷が朽ちていくのを早回しで見ているようなものだった。
瑞々しかった草木が朽ちていく様は悪夢でしかない。
「……魔法使いって、すげぇな」
報告書を作成しながらペトリが呟いた。
「つーかあの人が規格外なだけでしょ」
ハンナは大きくため息をついた。
「あんたたちが実況見分に行っている間、旦那様が豹変して大変だったんだから」
思い出しては体をぶるりと震わせた。
「小隊長のしごきが可愛く感じられたわ。検分の方はどうだったの?火元は?」
「台所。放火だ」
「は?屋敷に侵入されてたってこと?」
ペトリの発言にハンナが声を上げた。
自分たちが屋敷にいるのに、外部からの侵入を許したなんてありえない。
「あいにくと、相手は人じゃなかったんでな」
火元とみられる厨房で出火原因を探したところ、炭化したネズミの死骸をジャックが発見したのだ。
魔術をかけられたネズミが台所に侵入し、発火。
それが出火原因だ。
「魔術かぁ……。マルグリート様はなんて?」
「研究室に持って帰って調べるとさ。乾燥して炭化しているから痕跡をたどるのが難しいらしい」
口には出さないが、彼らの考えていることは一緒だった。
自業自得だ。
「どっかの魔王信仰の魔法結社の仕業ってこと?」
「おそらくな」
「聖女様の事が完全にばれているってことだよね」
「三か月もバレなかったっていいんじゃね?」
「そうね。で、私たちはどうなるの?」
「どう、とは?」
「聖女様とアリスお嬢様は訓練所で寝泊まりしているんでしょ。家もああなったら帰ってこられないじゃない」
その言葉を聞いて、部屋の片隅で斧を磨いていたパグが顔を上げた。
「継続だ。こうまで直接的に手を出してきたんだ、アリスお嬢さんの家族の身辺警護にシフトという形だな」
「えっ、でも……」
「旦那さんと奥方はお嬢さんが帰ってくるまであそこに住み続けるそうだ」
ちょっとばかり焦げ跡があって草木が枯れはててはいるが住めないことはない。
カーテンなどの布製品はのきなみボロボロだろうが、ベッドで寝れないこともない。
蝶番はのきなみ素敵な異音を奏で、風が吹くと窓が素敵なリズムを刻む。
「……ものすごいぶっとい神経」
金はあるのに薄気味悪い幽霊屋敷に住み続ける神経がわからない。
「何より恐ろしいのは、使用人が誰も反対せずにあの屋敷で働き続ける点だろう」
ドット家の給金はあくまでも平均の中でちょっと上くらいで、特に他より抜き出て良いというわけではない。
その気になればドット家よりよい働き口はいくらでもあるのだが、今回の件があっても誰もやめなかったのだ。
「確かに見ていて面白い一家だけど……」
何が彼らをそこまでさせるのか。
潜入している彼らにはまだドット家の本当の魅力を理解するには時間が足りなかった。
それを理解した時、彼らはドット家から離れがたくなるなんて、今はまだ想像もしていない。
古今東西、おいしいモノというのは不変の価値を生み出すのだ。
俗にいう、胃袋をつかまれたというやつだ。
「俺たちの任務は聖女を守ることだ。それに、お嬢様達がいつ帰ってくるかもしれない以上、事が終わるまではしかたあるまい」
「はいはい。それじゃあ見回りにいってくるわ」
「ああ」