お嬢様の不在 3
アリスが食堂で暴れた日、実家で何があったのか。
パチパチと火花が散り、ゴウゴウと音を立てて炎が渦を巻いている。
我が家が燃えているのを呆然と夫婦は見上げていた。
あっけにとられていると、見覚えのある眼鏡の青年がやってきて、巨大な水柱を魔法で作り出した。
余波で自分たちも流されそうになったところで夫婦は我に返る。
「けが人はいるか?」
眼鏡の青年がジャックという魔法使いだという事にようやく気が付いたティナは慌てて現実に目を向けた。
「何があったんですか?」
一仕事終えた充足感に浸っていたジャックは面倒くさそうに振り返ったが、冷静沈着なティナの様子にいささか拍子抜けしたようだ。
「一言で言えば放火だ。僕が近くにいてよかったな」
火災と水没という両極端な被害にあった家は見るも無残な状態だ。
「犯人は?」
「さぁ。運が良けりゃ見張りの人間が見ているかもな」
「そう……」
「お、奥様。家財道具を運び出しますので、指示をお願いいたします」
メイドがおそるおそる声をかけてくると、ティナは小さく頷いた。
「入っても大丈夫かしら」
「悪いが検分が先だ。それが終わったら水気を吹き飛ばしてやるから、掃除はその後だな」
吹き飛ばすという言葉に嫌な予感を感じたティナはまさかとおもいつつも問いかけた。
「……屋根が吹き飛んだりはしない?」
ティナにジト目で見られたジャックは言葉に詰まった。
屋敷を包む巨大な水柱を作るジャックなら、竜巻で家ごと吹き飛ばしてもおかしくない。
そのことに思い当たった他の人たちも探るような目をジャックに向ける。
「……ああ、大丈夫だ」
そう言いきったジャックの目が微かに泳いだのをティナは見逃さなかった。
これ以上のごたごたはごめんだと文句を言おうとしたティナだったが、背後から感じた異様な気配に口をつぐみ、振り返る。
「ふっ、ふふふ」
ジギルが笑い出した。
「あはははは、いったい誰だい、私の愛の巣をこんな風にしたのは」
陽気な口調に狂気を感じさせる。
「犯人を探し出して……生まれてきたことを後悔させてあげようかな、ふふふ」
明らかにヤバイ気配に周りの人間が凍り付く。
「は、早くしないと犯人が危険だわっ!」
久々に見たジギルのダークサイドモードにティナは戦々恐々となる。
「あなた達も七代祟られたくなかったら早く仕事にとりかかりなさいっ。私は頑張ってアレを落ち着かせるからっ」
「ああ、ティナ。犯人は必ず僕が見つけるから安心して」
ちっとも安心できない。
なんだかわからないけどジギルが怖いのでティナ以外の全員が一斉に仕事にとりかかるべく蜘蛛の子を散らすように走っていった。
「見つけたら、どうしてやろうかな?」
「わ、私がぶんなぐってぼっこぼこにするから貴方は何もしなくていいわ」
「そうかい?じゃあ、犯人を見つけたら君にプレゼントするよ。リボンの色は何色がいいかなぁ」
その思考回路もどうかと思うが、ティナは引きつり気味の笑顔をうかべた。
これでジギルが大人しくなってくれれば問題ない。
心の中で犯人の冥福をお祈りしておいた。
「さぁジャックさん、早く犯人の手がかりを教えてください」
初めて魔物を目の前にした時のように、ジャックは背筋にぞくりとしたものを感じた。
アリス不在のドット家ではこんな事がありました……。