お嬢様の不在 1
新年あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。
話はアリスが食堂で喧嘩をする日の朝に戻る。
ぜいぜいと肩で息をしながら行き倒れている横に誰かが立つ気配がし、アリスは顔を上げた。
「お嬢……いったい何をしているんですか?」
「あんたたち……何か用?」
アリスの幼馴染でもある従業員たちがアリスを呆れたように見下ろしている。
「あっ、従業員さんだっ!」
元気な声でこちらへホノカが駆け寄ってくる。
美少女の登場に二人の表情が一瞬にして崩れるのを見てアリスは地面に突っ伏した。
「うん、それな。俺にはルークって名前がある」
「そして俺にはジョンという名前がある」
にかっと二人は人好きのする笑顔を浮かべた。
さすがは飲食業というべき営業スマイルだが、二人とも裏方の人間だ。
「確かアリス姉さんがやっつけた人を担いでいた人たちですね」
「そういう認識?まぁ、いいけど」
どちらかといえば二枚目のルークはがっかりしたようにため息をついた。
「従業員って認識があるだけいんじゃね?」
平凡な顔立ちのジョンが笑うと、目が糸目になる。
「だな。アリスお嬢さんがここにいるのは知ってたけど、なんでホノカちゃんまでここにいるの?」
軽い口調でルークが聞いた。
「ええっと……」
思わず言葉に詰まって地面に臥せっているアリスに目を向ける。
アリスはのろのろと起き上がると、右手を伸ばした。
苦笑しつつルークがその手をとって立ち上がるのを手伝う。
「正確には、私がホノカちゃんの付き添い」
呼吸が整ったらしく、普通にアリスがしゃべる。
「他言無用だけど、聞く?」
「話したら?」
「そうねぇ……ロッシおじさまに頼んで夜のお店に売り飛ばしてもらう」
いい笑顔でアリスが言い放ち、二人の青年の顔がひきつった。
それを横目になぜかホノカが頬を染めて期待の目を二人に向けている。
アリスは見なかったことにした。
「ホノカちゃんの魔力増強のトレーニングにつきあってるの」
「わーっ、俺たちまだ何も言ってないっ」
構わずアリスは話す。
「ホノカちゃんはとある貴族の落としだねってやつで、正式に引き取られるための準備期間」
「何のための意思確認だよ……」
ジョンがぼやくがアリスは気にしない。
彼らの口が意外と堅いことを知っているからだ。
伊達に幼馴染をやっているわけではない。
「ふぅん……。貴族かぁ」
つまらなそうにルークが呟いた。
「働き者の可愛いウエイトレスさんが来たーって思ってたのに残念」
「はは、ルークは狙ってたからなぁ」
「うっせぇだまれっ」
早口でジョンの声を遮るルーク。
貴族の落としだねが引き取られるという事は、政略結婚の駒と決まっている。
あわよくば彼氏の座を狙っていたルークとしてはがっかりだ。
「お前が付き添うってよっぽどだな。あ、これ以上は言うなよ」
余計な情報を耳にして厄介な事に巻き込まれたくはない。
そしてアリスがらみという事は確実に厄介ごとが待ち受けているということを彼らは幼いころからいやというほど学習しているのだ。
「でもって予定より滞在が長引きそう。そんなわけだから、しばらく店に顔は出せないかな……」
「総菜屋の開店はまだ先の話だし、お前がいなくても大丈夫」
ジョンが安心しろと言わんばかりに笑顔で言い放つ。
「……それはそれでちょっとムカつくんだけど」
「うん、言い方が悪かったから拳を握り締めるのはやめような」
ぎゅっ、と音がしそうな感じに握られた拳に気が付いてジョンが慌てて謝る。
「ああっと、肝心の用を思い出した」
ありえないほどわざとらしくジョンは持っていた封筒から紙の束をアリスに渡した。
「それ、何ですか?」
真剣な顔で紙の束をめくり始めたアリスを見ながらホノカが尋ねる。
「アリスお嬢さんのお仕事」
ルークが答えた。
途中、アリスはジョンに質問をし、ジョンはすらすらと質問に答えている。
事務仕事を統括しているのはジョン。
現場仕事を統括しているのはルーク。
改めて、アリスに迷惑をかけているのだという現実にホノカの胸がチクリと痛んだ。
それでもアリスを手放すことはできない。
どんなにみっともなくてもすがるしかないのだ。
自分が聖女になるために、そして聖女として生きるために。
(私は……最低で卑怯だっ……)
彼女の情の深さをいいことに巻き込み、そして離さない。
アリスから商売の時間を奪っている。
それはわかっている。
(だからこそ、私はやり遂げなきゃ)
アリスのいるこの世界を守るために、聖女になって魔王の封印を強化する。
大好きなアリスと、アリスが大切にしている人たちを守るために。
アリスに言えば絶対に気にするなと笑うに違いない。
だからホノカは心の中で決意をし、口には出さない。
どんなに弱音を吐こうとも、どんなにみっともなく泣きわめいたとしても、絶対に最後はキメてみせる、と。
先月は転生部門で日間ランキングに入りました。
「短けぇ天下だったなぁ」と呟きつつ、気持ちも新たにがんばりたいと思います。