目指す場所 3
屋内の訓練場にアリスを連れてきたグレイは一言告げた。
「君の闘い方を見てみようか」
声に喜色が混じっているのは絶対に気のせいではない。
アリスは助けを求めるようにランスを見るとすっと視線を外された。
「得物は何かな?たいていのものはそろっているから、選ぶといい」
白々しい口調でランスは壁沿いに並んでいる武器を指さす。
「えぇぇぇぇぇ……」
小さくぼやきながら一瞥する。
棚にはナックルや短刀、壁沿いには剣をはじめとして杖やら錫杖らしきものがある。
ふと一点で目がとまった。
死神が持つような釜の横に、薙刀に似たような得物が置いてある。
自然と手が伸びた。
「それでは、これでお相手させていただきます」
いい笑顔でアリスは振り返った。
そして地面を蹴り、一気にグレイとの間合いをつめる。
しかし素人なのでスピードが遅く、グレイは余裕で剣を抜くことができる。
アリスはランスの横をわざと通り、すれ違いざまに腰に刺さっていた剣を抜くとその勢いのままグレイに投げつけた。
「なにっ」
慌てるランスをよそにグレイは飛んできた剣を弾いた。
その間に間合いを詰めたアリスは弧を描くように振り回す。
「とりゃぁーっ」
気合を込めて長い柄をもって振り回す。
三回ほど刃を合わせるとアリスは突きを繰り出すが、グレイに流されてしまう。
左手に握っていた小さな小石を落とし、それを蹴飛ばす。
「はあぁぁぁぁっ!」
気合を上げて薙刀を振り上げつつ落下する小さな小石を踏み出すふりして蹴飛ばした。
薙刀に視線を向けていたグレイは気が付かない。
大きな動作に隙だらけになったアリスの胴に一撃をくらわせようとしたその時、頬の下に何かが当たってグレイの動きが一瞬だけ停まった。
すかさずアリスが薙刀を振り下ろす。
グレイは後ろに飛び下がることでそれを回避した。
それを見たアリスは冷静な判断をしたグレイにさすがだと言わんばかりの顔で薙刀を手放し、手を上にあげて降参の意思を示した。
「やっぱり本職の人は動きが違いますね」
「私は君の卑怯っぷりに驚いた」
グレイは剣をしまう。
それを見てアリスは薙刀を拾い、刃の部分を下にして真ん中より少し下を持った。
アリスは視線をランスの方に向け、いたずらっ子のような笑みを浮かべる。
「ふふふ」
それは偶然のように、自然な動きだった。
殺気もなく敵意もない。
柄の先がこつんとグレイの頭に当たった。
「いっぽ~ん」
アリスが間延びした声で告げる。
「ええっ」
やられたグレイより審判のランスのほうが驚いていた。
「ふっ、油断したな。見た目を裏切るその卑怯っぷり、いっそ清々しい」
アリスは意外そうにグレイを見上げた。
「怒らないのですか?」
我ながら卑劣だという事は自覚しているので、怒らせるのは想定内だったのだ。
しかしグレイはすました顔でアリスを見下ろす。
だが、目は笑っていた。
「君の闘い方は食堂で見ているからな。周りのモノを利用して戦うスタイルなら当然の行動だろう。油断していた私が悪い。審判は終了を告げていなかった」
言われて初めてランスが気が付く。
試合終了のようにアリスが勝手にふるまっていただけで、審判が終了を告げていないのなら試合は続行中という事だ。
だがしかし、試合の開始も告げていなかったことにランスロットは気が付いた。
「私は開始の合図などしていませんが?」
「だが、彼女はこれから仕掛けると宣言していたぞ」
記憶をたどれば、似たようなことは言っていた。
しかしそれは目下の者が目上の人に教えを乞う礼節だとランスは捉えていただけだ。
グレイはしっかりとあれは宣戦布告だととらえたようだ。
喧嘩バカと脳みそが筋肉の人間の思考回路はどうなっているのだろうかとランスはあっけにとられるしかない。
「これが、君の闘い方?」
黙って立っていれば深窓のご令嬢、しゃべりだせば商人の娘。
食堂の事件が起こる前まではランスもそう思っていた。
「ええ。私、喧嘩しかしたことないですから」
「……それもどうかと思いますけどね」
衝撃に打ちのめされながらも突っ込み精神を忘れないランス。
「あなたは動じないんですね」
上司を見ればどこか楽しげだ。
「いや、驚いている。スタイルは暗器使いと似ていると思っていたが、まさか小石を仕込んでいたとは」
「あれを受けて下がられちゃうとこっちは手の打ちようがないんですよね。もともと実力差は圧倒的だから、奇策で意表をつかないと」
「だが殺気がないな」
「当然です。殺す気で喧嘩なんかしませんよ」
「人を殺したことがないのか」
何言ってんだこいつ、という顔でアリスとランスが驚いているグレイを見る。
「グレイ、彼女は一般市民ですよ。わかりますか?一応、善良な、一般市民」
「わかっているが、彼女の関係者を考えると一人や二人、陰でこっそりやっているのかと」
アリスがものすごく嫌そうな顔でグレイを見る。
人様に誇れるほど清廉潔白な人生を歩んだ記憶はないが、人様に顔向けできないほどの極悪非道な人生を歩んだ記憶もない。
「すいませんね、アリス。この人はこういう人なんです」
副音声で馬鹿と聞こえた気がしたアリスは苦笑いだ。
「ともかく、彼女の戦闘スタイルはわかりました。まずは暗器の使い方を覚えましょう。それが終わったらグレイを相手に戦い方を覚えてもらいます」
「え?」
「彼は器用ですからね、なんでも扱えますよ。剣、弓、短剣、暗器、槍との戦い方を覚えましょう」
「魔法が抜けているぞ」
グレイが横から口を挟むとランスは忌々し気に上司を見やった。
「剣でファイアーボールやウインドカッターを切るような馬鹿は貴方くらいです。普通の人はよけます」
「え?ええっ!魔法って剣で切れるものなの?」
ある程度なら防具で防ぐことも可能だが、剣で切るというのは初めて聞いた。
それこそアニメでしか見たことも聞いたこともない。
「普通の人はできません。脳筋なあの人をはじめとする数人の達人クラスだけです」
「ですよね~。ああ、びっくりした……」
魔法を叩ききれと言われたらどうしようかと不安になっていたアリスはほっと胸をなでおろした。
「君ならできそうな気がするのだが」
「カンで発言するのはやめてください。絶対に無理な気がします」
できる気がしない。
「素人の域を出ない彼女には無理でしょう」
この先の訓練が非常に不安になってきたアリスだったが、ランスロットという常識人の存在が安心させてくれる。
ふと頭をよこぎったのは、ホノカが話してくれたランスロットルート。
なんとなく、匍匐前進してまでもこの常識人を見守りたくなる気持ちがわかるあたり、アリスもこのグレイ小隊長の事がわかってきた。
色々と規格外なこのグレイ小隊長を補佐するのは大変な苦労だろう。
しかし、アリスが見落としていることが一つある。
そのグレイ小隊長の補佐ができるという時点で、彼もただ者ではないと気が付くべきだった。
「せいぜい弾くところまででしょうか」
ランスロットが真剣な顔で熟考しましたと言わんばかりに呟くのを聞いてアリスは二度見してしまった。
「はい?」
もはやどこから突っ込んでいいのかわからない。
火の玉を弾く、水の球を弾く、風の刃を弾く……。
まったくもって想像できない。
ランスは営業用の笑顔をアリスに向けた。
「なかなかの逸材なのは間違いない。わが小隊に就職する気はないかな?」
アリスが目指しているのは経済界の女王であって騎士ではない。
「つつしんでお断りいたします」
匍匐前進してまで見守りたいのではなく、あれはきっと狙撃するための匍匐前進だとアリスは考え直した。
ホノカの思惑とは裏腹に、アリスに恋の花は咲きそうになかった。
気が付けばブックマークが急に増えていてちょっとびびっていますが、嬉しいものですね。
誤字脱字報告もありがとうございます。
多いから、きっと見つけがいが……コホン、自分では見つけられない不思議。