目指す場所 2
ちょっぴり視界が潤みながらも隊長室を確認してノックする。
中から入れと声がし、アリスはドアを開けた。
「ドットです」
部屋の中にはグレイとランスが書類と格闘していた。
「……お忙しそうですね」
「ただの報告書だ」
面倒だといわんばかりにグレイが言い放ち、顔を上げた。
「どうした?」
「ええっと、先生……伯爵から当分の間、帰宅は許されないと聞いて、理由を伺いに」
「ああ……」
グレイは深々とため息をついた。
愁いを帯びた眼差しがどこか遠くに向けられた。
「理由か。そのせいで我らも報告書を書く羽目になっている」
いきなり愚痴を言われても何のことだかわからない。
「ドット嬢、お座りください」
見かねたランスが声をかけ、アリスは部屋の隅にある来客セットのソファーに腰を下ろした。
グレイとランスも手を止めて移動してくる。
ランスがお茶を入れている間に、グレイは話を進めた。
「端的に言えば、聖女の存在と居場所がばれて日々刺客が押し寄せている」
「は?え?押し寄せて?か、家族は無事なんですか?」
言葉のイメージは暴漢が家に押し寄せてきた感じでアリスは焦った。
父はともかく母がむざむざやられるはずがないが、万が一という事もある。
父はともかくメイドさんたちが人質になったら母も手が出せなくなる。
父はともかく……。
「グレイ、もう少し言葉を選んで話してください」
紅茶をアリスの前に置きながらランスがたしなめた。
「正確には、城と家を行き来する馬車を狙っている、です。移動途中が一番手薄になりますから」
「屋敷のみんなは大丈夫なんですか?」
「問題はない。貴女の母上はタダで警備がついてホクホクしていた」
アリスの目が遠くを見つめる。
「さすがは君の母といったところか」
褒められているのか微妙であるが、聞き逃せない問題が一つ。
「グレイ小隊長は母に会ったんですか?」
「聖女の存在が敵側にばれてしまった以上、蚊帳の外に置くわけにもいかないだろう。……なかなかの女傑だな」
母親とグレイの会話を想像するだけで眩暈がしそうだ。
「彼女の協力を得て、君と聖女が屋敷にいるように偽装している」
「囮ですか」
さすがだといわんばかりのグレイの眼差しにちょっと腹が立つ。
「屋敷の方は万全の態勢だ。だからこそ襲撃者は移動中を狙うしかない」
家族には危険が及ばないように手配してあるということだ。
「面白いように敵が釣れるから、奴らが気づくまで訓練所で寝泊まりしてくれ」
「……それで、報告書ですか」
「ああ」
渋い顔でうなずいたグレイを見て思わず笑ってしまい、慌てて表情を引き締める。
が、目ざといグレイは気が付いたようだ。
「襲撃者の数を鑑みて、いつこちらに襲撃をかけてきてもおかしくない状況だ。よってアリス嬢、君には聖女の護衛を頼みたい」
「はい?」
嫌な予感にアリスは思わずランスを見てしまった。
ランスはいい笑顔で頷いた。
「食堂での立ち回りを見た結果、貴女には武術の才能があるようですね」
「さ、才能と言われましても……」
ちらっとグレイの方を見ると、とても嬉しそうに目を輝かせてこちらを見ている。
「暗殺者と戦えとは申しません。貴女にお願いするのは、時間稼ぎです」
てっきり襲い掛かってくる輩を殺しまくれと言われるのかと思ったアリスは拍子抜けだ。
というよりそんな好戦的な考えを持つ子女のほうがおかしいことにアリスは気が付いていない。
どんなに体術に優れていようとも、アリスは一般市民なのだ。
一般市民にいきなり剣をもって敵を殲滅せよなどと言えるはずがないし普通は考えない。
「聖女には護衛が付いていますが、敵の姦計にはまってすぐに駆け付けられない場合もあるでしょう。そのような場合に備えて、貴女には護衛が駆け付けるまでの時間稼ぎをしていただきたいのです」
目に見えてアリスはほっとしていた。
どんなに喧嘩が強くても、人を殺したことはないし殺すつもりもないしそんな覚悟もない。
「それならなんとかなるかもしれません」
ほっとした様子のアリスをグレイは満足そうに見て頷いた。
「では貴女には私とグレイが直接指導します」
「わ、わかりました」
背筋に嫌な汗が流れ落ちる。
主に、ウキウキしているグレイのせいだろう。
ランスは小さくため息をついている。
対照的な二人を見ながら、もう嫌な予感しかしないアリスだった。