ルート 2
「気にすることはないよ。偉い人たちは簡単な話も難しくしなきゃいけないだけだし」
身もふたもない言い方に少しだけホノカの気持ちが浮上する。
「ようは聖女のお世話をこなせたらエリート街道まっしぐら、失敗したら左遷。左遷と言っても王族なんだから生活水準は貴族として最低ラインは維持されるはず」
貴族の生活水準がわからないホノカは首をかしげる。
「庭付き一戸建てで執事とメイドに従者、庭師に料理人付き。ああ、馬もいるから馬番もいるか。ちなみに家の規模はうちの倍はあると思うよ」
「……左遷されてそれなんだ」
「日本の社畜と比べたらだめな世界だからね」
同情するのがなんだか馬鹿らしくなってきたホノカであった。
「王太子と生まれてくる子供に何かあった場合、クリス王子の子供が王様になる可能性がある以上は没落してもらったら困るしね」
「えっ、まさかの飼い殺し……。王族、怖い……」
「普通。ほら、腐女子の大好物、戦国時代もそんな感じでしょ」
「あれはリアルじゃないから大好物になれるんですよ」
誰が舞台裏のリアルなドロドロとした世界を好むというのだろうか。
「お、王太子ってどんな人なのかな?」
「第一王子?クローディアの婚約者で文武両道の天才。文のほうだと学生時代にいくつか魔道具に関する論文を発表しているし、武では近隣の魔物退治の指揮をとったのが有名かな。今は期間限定で王家直轄領の領主代行、内政の手腕は折り紙付きで未来は明るい」
アリスは煎餅を一口かじった。
「商会でも王太子の評判はいいよ。発展しそうだって商売人は期待している。彼の側近も有名人が多くて、宰相候補とか将軍候補とか財務大臣候補とかまぁそういう人たちがそろってる」
「えっ、でもフェルナンが宰相候補なんじゃ……」
「いやいや、今の宰相様は現役バリバリで当分は引退しないだろうから、候補だけなら何人もいるよ。有力候補の中には入っているけど、フェル様でも宰相は無理なんじゃないかな。宰相補佐にはなれると思うけど、とにかく今の王太子がつばつけている人達ってすごい人ばっかりなんだよね……」
「そ、そうなんだ……」
競争社会の厳しさを目の当たりにしたホノカは唖然とするだけだ。
「身近な人で言えばジャック様がそうだよ。王太子に抜擢されて魔物殲滅作戦に参加して、そこで活躍しまくって有名になった人だしね」
「そうなの!?ジャックってクリスの部下じゃないんだっ!」
驚くホノカにちょっと呆れるアリス。
「正確にいえば国王陛下の部下。わかりやすくいえば、チーム聖女ってのは日本代表のサッカーチームと同じってこと。クリス王子という監督が率いるチームの選手」
「なるほど……。彼には帰れる場所があるってヤツですね」
「ちょっと違うと思うけどそんな感じ。代表チームに呼ばれたから集まっているだけで、クリス王子個人が経営するチームじゃない。解散になれば元居た部署に戻ると思うよ」
選抜されたのか寄せ集められたのかまではわからないが、国を左右する案件なのだから選抜されたとアリスは思っている。
「もともと歴代の第二、第三王子ってのは難しい立場なんだよね。王太子に子供が生まれた途端に病死とか事故死ってことも過去にはあっただろうし」
ホノカが硬直したように顔を引きつらせてフリーズした。
「お家騒動にはどうしても血が流れるんだよね。日本だって戦国時代はそういった話は珍しくなかったでしょ。信長の子供達だって天下人にはなれなかったしね」
「いわれてみれば……でも……」
「クローディア様の結婚式はたぶん、封印が成功したらかな。理想は聖女とクリス王子が結婚して領地をもらって隠居生活」
「なんで私がクリスと結婚!」
「王太子にはやっぱり聖女のほうがいいっていう馬鹿が絶対に出てくるもの」
「なんでそうなるの?」
「派閥の問題。王太子の派閥に乗り損ねちゃったから、聖女を養女に迎えて後見人に納まれば将来の王妃の後ろ盾ってことでお城で威張れるでしょ」
わかりやすい話にホノカは唖然とするしかない。
自分の立場というものが政治の世界から見たらどういうものなのか、ホノカは初めて理解した。
ゲームの中でなら聖女というただ一点ですんだ。
しかし今、リアルで聖女なのだ。
ゲームの画面に出てくる人たちだけでなく、モブも、そうでない人たちとも関わり合いが出てくる。
「クリスと聖女が結婚となればそういう馬鹿な企みはつぶせるってわけ」
「王太子側はそれでいいとしてもクリス王子的にはまずい展開ですよねっ。おとなの事情って怖いっ!」
アリスは気の毒そうにホノカを見た。
「権力や野心を持つ人にとって、聖女ってよだれが出るくらい美味しい手ごまなんだよね。だから聖女を召喚したって事は極秘。……軟禁扱いはアレだけど、王子達は守ろうとしていたんだって事だけはわかってあげてほしいかな」
困ったように笑いながらアリスが言うと、ホノカは肩を落としてしゅんとなった。
「アリス姉さん……私のしたことって、クリスの立場を危うくしただけなんですね」
すかさずアリスはホノカの後頭部を卓球のフォームでひっぱたいた。
「その通りだけどそれとこれとは別!」
きっぱりとアリスは言い切った。
「足を引っ張ったのは肯定なんだっ」
「鳥かごに閉じ込めただけで安心しているようじゃだめ!ストレスも考慮しないと、寂しがって死んじゃったら元も子もないでしょーがっ」
「いや、ウサギみたいに言われても……」
ペット扱いされて不満そうなホノカをアリスはじろりと睨んで黙らせた。
出会った時のホノカは心が疲弊して悲鳴を上げていた。
それを考えればクリスの立場を同情している場合じゃない。
「いい、お家騒動はクリスの問題。幸い、王子達の仲がいいのは周知の事実なんだから、問題ない」
それにしても、とアリスは煎餅にかじりついた。
なぜ隣の部屋の団長と宰相の会話が聞こえたのか。
それもところどころ。
実に都合がよすぎて気持ちが悪い。
「……これもゲーム補正ってやつ?」
だとすれば、これは間違いなく王子ルートだ。
(えっ、ホノカちゃんってば実は王子の事が好きだったの?)
ちらりとホノカを見れば、何やら考え事をしながら煎餅をウサギのようにかじっている。
(ゲーム補正で見た目が変わったって言ってたし……強制的にって事もありえるのかもしれない)
ホノカの気持ちはクリスに向いていなくても、ゲーム補正で世界が勝手に王子ルートに入ってしまった可能性は否定できない。
その場合どうなるかといえば、恋愛ルートのバッドエンドだ。
(いや、まてよ、使命ルートも恋愛ルートも似たような事件が起きるんだよね……)
事件の裏に女アリ、てきな。
うまくすれば恋愛ルートから使命ルートに乗り換えできるかもしれない。
そもそも神力さえ高ければ封印は成功するのだから。
アリスはホノカから視線を外した。
(……王子の恋愛ルートかもって、いつ話そう)
ホノカがパニックにならないようにどう話すのか。
それが一番の問題だった。
「まぁ、そんなわけだからさ、クリス王子にエスコートされたらダメだからね。絶対に!」
「……この前、クリスに送ってもらったのって、やっぱりまずかったんですね」
「王子ルートに入りたくなければ、やめたほうがいい」
「これからは何があろうとも拒否させていただきますっ!」
ほんのちょっとだけ、初めてクリス王子が哀れに思えたアリスだった。