長い一日 6
考えることといえば甘党が喜ぶわんこ汁粉大会の企画だ。
おおよその概要と算段をつけていると、フェルナンが声をかけてきた。
「ドット嬢、そろそろ現実に戻ってこようか」
「ああ、これはどうも、失礼いたしました」
背中にホノカを背負っているので、フェルナンには軽くお辞儀で済ませる。
「アリス姉さんと私を引き離すなら、聖女をやめますっ!」
「貴様、よくも彼女をたぶらかしたな!」
殺気を向けられても困る。
むしろその殺気に驚いたホノカが泣き出す始末だ。
これには傍観者を気取っていたアリスもむかっときた。
もちろん王子にであって、背中に涙と鼻水をこすりつけているホノカにではない。
「だったら王子が彼女をたぶらかして聖女をやらせればよろしいかと?」
「ええっ、ここで喧嘩を売っちゃうの?」
いきなりふふんと鼻で笑って挑発するアリスにフェルナンのほうが頭を抱えたくなった。
「立場が逆ならば不敬罪で死罪までかけられそうな罵詈雑言の数々、マルグリート様はどう思われます?」
「うわっ、とばっちりがきたよ」
見ていたジャックはいきなり矛先を向けられてびっくりだ。
「無礼を承知で言わせてもらえば、殿下、人の話は最後までお聞きください。私の話も聞かず牢に直行などと暴君のなさる愚行となんら変わりません。そう思いませんか、マルグリート様」
「だからどうして僕を巻き込もうとするの?」
狙った獲物は逃がさないとばかりにアリスはジャックを見てほほ笑んだ。
「立場の違いを主張なさるのならば、この世界に来る前の聖女様の生活環境が平民に近かったことはもちろん殿下もご存知ですよね、マルグリート様?」
言われて初めて気が付いたのか、王子が口を閉じた。
「短期滞在ならばともかく、長期滞在ともなれば慣れた場所が恋しくなるのも当然です。住み慣れた環境に近い方が落ち着きますものね、マルグリート様」
「僕の方を見て話すのはやめろ」
「我がもてなしが不満だというのか」
日本人の至れり尽くせりおもてなしの血が騒いだアリスは背筋をまっすぐに伸ばし、王子をひたと見据える。
「殿下、僭越ながら申し上げます」
おもてなしを舐めてはいけない。
「相手が喜んでこそのおもてなしです。相手の立場や気持ちを汲み、特別感を求めているか普段通りを求めているのか、好みの環境、色やグレードなどを短い会話から推測し、相手が何を今求めているのかを察してこその真のおもてなしっ!」
「すごいですっ、さすがアリス姉さん!」
商売人としての魂にうっかり火がついてしまったアリスの力説にフェルナンとジャックは若干引き、王子は完全に呑まれていた。
「気持ちよく過ごせてこその衣食住!庶民感覚で言えば城など一泊すればおなか一杯!絢爛豪華な食事など三食取ったら夢いっぱい!それ以上は粗相をしたらとか、高価な物を壊したらと不安でいっぱいになるのです!」
ホノカはアリスをホールドしたまま器用に拍手を送る。
どや顔のアリスに王子は冷静さを取り戻したのか、背中に隠れているホノカに目を向けた。
「お前も、この者のいう通りなのか?」
「……はい、そうです!豪華すぎて落ち着かないんですぅ~」
なぜか愕然としている王子。
「育った環境の違いなのです、王子。ところ変われば品変わる。南の国と北の国では衣服が違うように、彼女と王子の感覚は違うのです。南の国で北の国の服が着られないように、彼女もまた城での生活が苦痛なのです」
目の前の人物が王子だということに途中で思い出したアリスはできるだけ淡々と話して聞かせる。
「彼女は全てを否定しているわけではありません。寝食は我が家で、教育は城で。彼女の望みはそれだけなのです」
アリスの後ろから顔を出し、こくこくと頷いてみせるホノカ。
「どうか彼女の心の安定を願うのならば、ご一考くださることを平にお願いいたします」
背中にホノカをとりつかせたまま貴族令嬢もびっくりな優雅な礼をとってみせると、王子はその所作にちょっと目を見張ったようだった。
下賤な女と思っていたが、目の前にいる女は違うらしいということにようやく気が付いたようだ。
というか下賤な女と思っても口に出してしまったら上に立つものとしてアウトなのだが。
「クリス殿下。落ち着いて話をしましょう。ちょうどお茶の時間ですし、腰を落ち着けてじっくり話し合ったほうがよさそうですね。ホノカもこの際だから、嫌なことは我慢せずに嫌と示さなければ何も変わらないよ」
フェルナンが穏やかな声で場をとりなした。
「もちろんジャックもお茶会に参加だから」
逃げ出そうとしたジャックにフェルナンは笑顔で声をかけるが目は笑っていない。
仕方なさそうにジャックは肩を落として頷いた。
まだまだ続く。次は土曜日の予定。
誤字脱字の訂正をしました。