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モブでいいよ  作者: ふにねこ
第二章 修行
61/202

暗躍 3


「アイツの様子はどうなんだ?」

 クリス王子の前にはクローディアとコンラート伯爵が立っていた。

「伸びしろは大いにありますな」

「……実際、大丈夫なのか?」

 例の神託の一件がクリス王子を不安にさせていた。

 嘘だというには、ホノカは自信がありそうだった。

 フェルナンも半信半疑のようだったが、三か月後に何かがあるのは本当だろうと話していた。

「三か月で鍛え上げるには少々不安が残りますが、再封印する分には問題ない程度には仕上げましょう」

「彼女もがんばっていますわ。あの頑張りを見るに、三か月後に封印が汚されるという話は本当なのでは?」

 鬼気迫る、とまではいかないのがホノカのクオリティだが、彼女なりに必死なのは伝わってくる。

「封印場所を知る者は少ない。こちら側でそれを知っているのは父と兄上だけだ。敵はそれをどうやって知るというのだ?王都に教会の数は多い」

「そうですわね。どうやって封印された教会を特定するのかを探ることから始めなければなりませんものね」



「ああ、魔王様はいずこにおわすのだ……」

 教会の一室で男がぼそりとつぶやいた。

「王都の教会といっても数が多い」

「片っ端から調べるにしても、時間がかかるし……」

「あの方から、大々的に動いてよいという指示を受けている。いっそのこと大騒ぎをさせて反応をみるというのはどうだろう」

「大騒ぎか……それならば手はある」

 部屋の中にいた男たちは興味深そうに一人の男に注目した。

「なに、ごみ屑に等しい者を使えば大した手間はかからんだろう」

 暗い光を宿した者たちはひっそりと笑いあった。



 物事は、始まりだすとあっという間に進む。

 下り坂を転がるチーズのように。

 グレイ小隊長は深いため息をつき、面倒くさそうに空を仰ぎ見た。

 路地裏から見上げる空は屋根のひさしにかくれてほんの少ししか見えない。

「小隊長、掃除が終わりました」

「ご苦労。身元が分かりそうなものを所持していたか?」

 視線を目の前の騎士に戻すと、視界のはじに倒れた男たちの姿が目に入る。

「いいえ。ですが、隊員の一人が東区のスラム街の人間ではないかと」

「東区?」

「はい。彼は東区の人間で、見覚えがあると」

 朝のすがすがしい空気には似つかわしくない不穏な光景。

 路地から見える通りを、ドット家の馬車が通り過ぎていく。

「朝の運動は終わりだな。次は帰宅時間帯か……。下見に来る奴が必ずいるはずだ。見落とすなよ」

「はい」

 聖女は城に泊まり込みで魔法の特訓を受けている。

 それでも毎日、空の馬車がドット家と城を決まった時間に行き来しているのだ。

 何も知らない輩が空の馬車を襲い、それをグレイの小隊が片っ端から撃退する。

「例の死体が見つかってから、動きがだいぶ活発になってきましたね」

 副小隊長のランスロットがグレイを見つけて声をかけた。

「そうだな。忙しくてかなわんが、護衛対象に気を使わない点では気が楽だ」

「今はいいですが、いずれまたドット家に戻ってくるのでしょう?」

 グレイは面倒くさそうに髪をかき上げた。

「コンラート伯爵が直々に聖女様が自身の身を守れるよう魔法を鍛え上げているというが、どの程度なのか。そういえば、彼女は誰かに師事を受けたことがないと聞いたが、あの強さは……」

「グレイ、今はそんな詮索よりも聖女を狙う輩に集中してください」

「朝の襲撃はこれで終わりだろう。次は帰宅を狙う襲撃に備えよう。戻るぞ、ランス」

「……はい」

 ランスロットは撤収の合図を出す。

 死体を片付ける者、まだ息のある者を尋問するべく運ぶものと忙しく動き始める。

「雑魚を狩るのも飽いてきたな」

「そうですね。そろそろ本体へのとっかかりをつかまないと」

「俺のところからは人数は割けられん。他の小隊にスラムへもぐれないか打診してくれないか?」

「了解しました」

 スラムの人間を使っているのなら、スラムで人を集めているに違いない。

 だったらそれを利用しない手はない。

「忙しくなりそうですね」

「ああ……」

 少しずつ賑わいを見せ始める朝のざわめきの中を二人は歩き出した。




「少しずつ。一滴を毎日。それが肝心なのです」

 絵本に出てくるような魔法使いの男が小さな小瓶を恰幅の好い男にわたした。

「いいですね?」

「わかった。一滴を毎日、だな」

「ええ。そうすればあなたの思いのままに」

 恭しく魔法使いの男は首を垂れると、見えない位置でニヤリとほくそ笑んだ。




「私はその案が気に入ったのだけれどね?」

「兄上……それではあまりにも兄上の外聞が悪すぎます」

「クローディアがよければ私はかまわない。だってほら、すべてが終われば私の評判は貶められる前以上に上がるのだろう?」

 からかうような口調だがクリスは面白くない。

「ですけど……ああ、フェルの奴はなんだってこんなモノをっ」

 イライラしながら目の前の書類をつかむとクリス王子はぐしゃりとつぶした。

「お前の気持ちもわかるが、この案ならば誰もが納得する。それに……」

「なんですか?」

「私もお前たちの仲間になれたようで嬉しい」

 クリスによく似た面差しの青年はくすりと笑った。

「兄上……」

 がっくりと肩を落とし、あきらめたようにため息をつく。

「馬鹿な貴族からお前を守ることもできるしな」

「どういう意味ですか?」

「クローディアから、第二王子派の貴族が彼女の存在に気が付いたとの報告があった。お前の恋人だと勘違いされたら彼女の身が危ない」

「まさか……」

 クリスが笑って流そうとしたが、王太子はそれを許さなかった。

 鋭いまなざしでクリスを射抜くように見た。

「我々のいる場所は、そういうところなのだよ。誰かを殺して引きずり落としてでも手に入れたいと思わせるだけの、ね」

 第二王子とはいえ、継承権は王太子の次だ。

 第一王子に何かあればクリスが王になる可能性はまだある。

「すぎた野心の前に常識は通用しないんだ。言動には十分に気を付けるように」

「……わかりました、兄上」

 今更ながら、自分の立ち位置の危うさに冷や汗が出る。

「立ち振る舞いには十分に気を使え。特に、女性には」

 意味ありげな口調にクリスは首をかしげる。

 そんなクリスに、兄としてちょっとだけ心配になる。

「騒動が収まるまで、絶対に一人にはなるな。婦女暴行の責任を取ってその相手と結婚するような弟は持ちたくないから」

「なっ……」

 あっけにとられるクリスに笑うしかない。

「一人で出歩いてはいけないよ。特に暗い場所には出向かない、呼び出しには応じない、顔見知りの相手に一人でホイホイついて行かない、いいね?」

「兄上……私を何だと思っているのですか?」

「君は変に初心だからね。美人局に会わないように注意しておかないと」

「ですが……」

「だってそうだろう?君の妻になる人の実家に暗殺されるのは嫌だからね」

 ぐっ、と言葉に詰まった。

 敬愛する兄の目は笑っていない。

 むしろ真剣だ。

「……わかりました。気を付けます」

「そう願うよ、お互いのためにね」

 そう告げた目の前の青年は、兄ではなく為政者としての眼差しをしていた。

 そんな目をさせてしまった自分のふがいなさにクリスは心の中でため息をついた。





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