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モブでいいよ  作者: ふにねこ
第一章 出会い
6/202

長い一日 5


「ドット嬢、起きてください」


 柔らかな声に意識が浮上する。

 聞き覚えのあるこの声はフェルナンだ。


「うわ~、マジで寝てるよ。すごい度胸だね。こんな場所で眠れるってどういう神経しているんだろう」


 呆れているがどこか好奇心を抑えきれない声にはっきりと意識が覚醒した。


「ジャック、何しにきたんだ?」

「何って、王子が騒いでいたくだんの人さらいを見に来たに決まっているだろう?さすがの僕も牢屋で昼寝をする趣味は持ち合わせていない」


 毒舌ぶりはフェルナンに負けていないジャックだ。


「瞑想の邪魔をするのは誰ですか?」


 たまらずアリスが口を挟むと、フェルナンとジャックは目を丸くさせた。

 今まで明らかに寝ていたよね、と言い返したいのだがアリスの言い訳に声が出ない。


「アストゥル様、どうなさいましたか?」

「……ホノカが籠城してね。君がいないなら聖女をやめるって大騒ぎさ」


 フェルナンより早くジャックが口をはさんだ。


「僕はジャック・マルグリート。聖女様の魔術の師であり護衛の一人だ」


 ポニーテールにした金の髪は腰まで届き、眼鏡をかけた神経質そうな顔立ちは文官か医者といわれたほうがしっくりするような美形だった。

 フード付きの魔術師が着るローブがなければ彼が魔法使いだなんて思わないだろう。

 だが、彼の名前を聞いてアリスの意識は一気に覚醒した。


「あなたが……」


 後方からの攻撃や支援が戦闘スタイルの魔術師だが、あえて前衛で血塗れになるのを好む戦闘狂なのが稀代の天才魔術師と呼ばれたジャックだった。

 自分の噂を知っているとアリスの反応から読んだジャックはシニカルな笑みを浮かべる。


「そう、血塗れの魔術師って呼ばれてる。聖女様がご執心の女性というから見に来た」


 野次馬根性をまったく隠そうともしないジャックにフェルナンは呆れた目を向ける。


「好奇心が満たされたのなら戻れ」

「というより、魔法使いならさっさと室内に転移して穂香ちゃんを説得してきたらどうですか?」

「そうしたいところだけど、城内は転移できる場所が限られているし、非常時じゃないからね」


 確かに、暗殺者にほいほい王様のいるところに転移されてはたまったものではない。

 そういった魔法を封じる結界か何かが張ってあるのだろう。


「勝手に私をここから出すと、王子様に怒られませんか?」

「いいのいいの。頭いいくせに視野が狭いのが彼の欠点でね」


 身もふたもない事をフェルナンがいい、アリスはあっけにとられる。


「不敬罪でつかまりますよ?」

「なんで?侮辱しているわけじゃないよ。欠点を指摘したぐらいで不敬罪だなんて、どこの暴君?上に立つもの、時には苦言を受け入れるくらいの度量がないと末は恐怖政治一択になる」


 さらりと怖いことを口にしながらフェルナンは起き上がるアリスに手を差し出した。


「お手をどうぞ、お嬢さん」

「お気遣いありがとうございます。一人で歩けますので結構です」

「……笑顔でブリザードを放っている場合じゃないだろ。あんまりおいたが過ぎると横やりが入る」


 ジャックのセリフにアリスは笑顔を消した。


「どういう意味ですか?」

「そのまんま。若い僕らに聖女を任せておけないって一派がいるんだ。まぁ、どこにでも手柄を横取りしたがる奴はいるけど。若く美しい聖女様相手に、何を考えていることやら」


 物騒なセリフを口にしながらジャックは牢屋から出ていった。

 アリスもあわててその後を追う。

 フェルナンはやる気なさそうに牢屋を後にした。






「アリス姉さんと会えるまで、断固として聖女のお仕事は放棄しますっ!」

「ホノカ、考え直せ。お前は騙されている」

「やかましーっ、黙れーっ、アリス姉さんにひどいことする人たちなんか信用できるかーっ!」


 扉を挟んでホノカと王子が言い合いをしている。

 会話が聞こえなければどんな愁嘆場だろうかと思えるほどに王子は悲壮感たっぷりだった。

 魔を払うと言われている銀の髪に高貴さを表すという深い紫色の瞳。

 なまじ見た目がいいので悲劇の王子とタイトルがつきそうな絵面だ。


「クリス殿下、なにやっているんですか……」


 フェルナンが声をかけると、いかにも王子様といったクリストファーがこちらに振り返った。

 アリスを見ると眉間にしわを寄せて睨みつけてきた。


「連れてきたのか」

「聖女様がお望みですからね」


 フェルナンは王子の攻撃的な態度に怯むことなく答えると、扉をノックする。


「ホノカ、ドット嬢を連れてきた」

「声を聞かせてっ!」


 どうぞ、とフェルナンが場所を譲る。


「ここはもういい。お前たちは仕事に戻れ」


 兵士たちのほっとした表情を横目にアリスは扉の前に立つ。


「私なら大丈夫よ、ホノカ」

「アリス姉さんっ!」


 ホノカはあっけなくドアを開けて出てくると、アリスに飛びついた。


 絶対にはなれないと言わんばかりに背中からアリスの腰に手を回してホールドする。

 このままバックドロップでもされるのかと思うくらいがっちり固められてアリスは身動きができなかった。

 しかも目の前の王子さまは目で殺さんばかりに睨みつけてくる。


「ほらほら、クリス殿下。だから言ったでしょう?」


 フェルナンはわざと、『だから』に力を入れる。


「しかしフェルナン、こんな下賤な女に聖女を任せるなどできるか!」

「アリス姉さんが下賤なら私だって下賤な女ですっ!」


 ホノカがアリスの後ろで叫んだ。


「こんな頭の悪そうな女、高貴な者に仕えるなど無理だろう」

「賢さはお勉強のできとは違うんですよっ!学歴がナンボのものですかぁっ!」


 王子がフェルナンにアリスの悪口を堂々と言い放ち、アリスの後ろでホノカがしがみついたまま反論するというおかしな構図が出来上がっていた。

 フェルナンは聞き流している。

 ジャックは面白そうにこっちを見ているが近づこうとしないあたり成り行きを見守っているのだろう。

 アリスは面倒だと言わんばかりに天井を見上げていた。


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