特訓開始 3
「じゃあ魔法をもっと自由自在に扱えるようになれば、神力もあがるのかな……」
「ええ。正確には神力が上がる、ではなく扱える量が増えるといったほうが正しいですね。後は体力です」
伯爵の話を聞いていると、体力というワードがしょっちゅう出てくる気がする。
アリスの中で、もはやコンラート伯爵は熱血!根性!の体育教師だ。
「先生、なんで魔法使いに体力が必要なんですか?」
「たいていの魔法使いには体力は必要ありません。一握りの魔法使いだけが体力が必要なのです。わかりますか?」
ホノカとアリスは首をかしげる。
「実験器具が重いから?」
「徹夜をするため?」
「それは魔法使いじゃなくて研究者のイメージですね」
彼女たちの知る魔法使いといえばジャックだ。
二人のジャックに対するイメージに伯爵はくすりと笑った。
「魔力を多く扱うには体力が必要なのです。アリス君なら針、一般的な魔法使いはナイフです。ジャック君やホノカ君は大剣を扱うようなものです」
「針……」
ものすごくわかりやすいがちょっとだけ物悲しい。
地味にアリスはへこんだ。
「でもナイフを振り回すのも体力がいると思います!」
「ええ。でも魔力が多くないので疲れる前に魔力切れでおしまいです。せいぜい素振り10回程度でしょうね。普通に生活していれば、それくらいの体力はあります。ですが大剣を百回振り回すには体力が必要です」
魔力が少ないから体力を使い切る前に魔力切れを起こすが、ホノカは魔力が多いので先に体力が切れて魔法が使えなくなるのだ。
「ジャック君は研究者タイプですが、あれほどの魔力を使いこなすには筋トレは絶対に欠かしていないはずです」
「ああ、だから魔法使いなのに前衛で戦っちゃうんだ……」
「納得です……」
遠い目をする二人。
「そうですね、彼は昔から体術を好んで訓練していましたよ」
鍛えすぎて素手で戦えるようになってしまったのはどうかと思うが。
しかしもしアリスがジャックの立場なら、絶対に同じように体術のスペシャリストになっているに違いない。
ホノカも同じことを考えたのか、ちらっとアリスの方を見てから視線を伯爵に戻した。
「……という事は、私もジャックみたいに体術のスペシャリストに!いやいや、剣士とかも憧れるけど……」
「ホノカ君は体力づくりで充分ですよ。有事の際に戦うのではなく、逃げ切れるだけの体力のほうが大切ですからね。それにたかだか三か月では使い物になりません」
そして先生はにっこりとどこか黒い笑みを浮かべた。
「もちろん使い物になるよう訓練してもかまいませんが……」
「だだだだだ大丈夫ですっ!マラソンで体力づくりでそれだけでいいですっ、逃げ足を鍛えます!」
顔を青くさせながらホノカが叫んだ。
承諾すれば絶対に地獄の特訓が待っている。
本格的な地獄の特訓がどんなものかはわからないが、脳内の危険信号が真っ赤になってアラームも鳴っていた。
「では、そのように」
ちょっとだけ残念そうに見えたのは気のせいだろうか。
ホノカとアリスは粟立つ体をぶるりと震わせた。
泊まる場所はといえば、アリスは騎士の宿舎でホノカは城の客室だ。
今日はフェルナンが迎えに来ていた。
ジャックの姿はない。
「絶対に伯爵にあわないという意思を感じます」
厳かにくだらないことを告げるホノカにアリスは苦笑する。
「とりあえず、今日もお疲れ様」
「はい。アリス姉さんもおやすみなさい」
疲れ切ったアリスを気の毒そうに見ながらホノカが声をかける。
「うん、ホノカちゃんもお休みなさい」
「ではアリス嬢、失礼します。さぁホノカ、行くよ」
さりげなく腰に手を回してさっさと帰るべくホノカを促すフェルナン。
そのしぐさは「おじいちゃん、病室に戻りましょうね~」と優しさと義務感にあふれた看護師のようで、異性に対する愛情が全くない。
「フェル様との恋愛ルートはないのかなぁ……」
フェルナンにもホノカにも異性を意識する様子はどこにもない。
ホノカが誰に恋をするのか。
誰がホノカに恋をするのか。
それによって未来が変わる。
誰のルートに入るのか……。
「何を選択するか、かぁ……うん?」
宿舎に戻ろうとしたアリスの足が違和感を覚えて止まった。
かつて頭をよぎった違和感を、今度はちゃんと捕まえた。
「…………聖女って、魔法が使えなかったんじゃなかった?」
クローディアとのエンディングで、回復魔法がないからこそのバッドエンディングだと言っていた気がする。
しかし、ホノカは光、火、回復魔法を使った。
「どういうこと?」
憮然とした面持ちでアリスが呟いた。
騙されていたとは思いたくないが、すっきりしない。
もやっとしたものを抱えながらアリスは歩き出した。