特訓開始 1
朝から気の毒そうな顔をしたジャックに騎士団の訓練所に連れてこられた。
そこにはリリィが待ち構えており、体力テストの時と同様に動きやすい服装を渡された。
「またこのパターンかっ」
アリスがぼそりとつぶやいた。
もう嫌な予感しかない。
ホノカのほうがごねるかと思いきや、アリスのほうが思いっきり渋っている。
もちろん渋るだけの理由はある。
「この訓練所で泊まり込みの合宿を行いたいと思います」
コンラート伯爵の言葉にアリスは突っ込みを入れたい気分だった。
思うではなく、確定、決定、決行、遂行しますだ。
リリィが関係各所に手配済みだと補足された時は自分の耳を疑った。
家族団らんの朝食の席で父は普通だった。
普通に笑顔だった。
子離れできないアリスを溺愛するあまり結婚話を無意識に握りつぶしてきたあの父が普通だった。
という事は家族は知らない?
手配済みなのはホノカだけ?
淡い期待はコンラート伯爵の一言でついえた。
「もちろん、アリスさんも一緒ですよ」
気を失わなかった自分が恨めしい。
父が普通だったのは、すべてを知る母が黙っていたからだと悟った。
ジャックの気の毒そうな顔は、合宿を知っていたから。
腑に落ちた分だけテンションが下がる。
「なんで私まで……私は頭脳労働が専門なのに……」
「アリス姉さんでも苦手な事はあったんですね」
「体育の時間は好きだったけど、マラソンだけはどうもね……。ただ走り続けるって苦行以外のなにものでもないよ」
アリスの言葉にホノカは不思議そうに首をかしげる。
「えっ、走っている間に考える時間はたっぷりあるじゃないですか。それに……」
ホノカはだだっ広い訓練所を見回した。
へらっ、と口元がいやらしくゆがむ。
「ここって騎士団の人たちがあちこちで訓練しているんですよね……」
もちろん乙女チックな思考ではなく、腐女子の思考だ。
せっかくの美少女が残念なことになっている。
ホノカの事を夢見ている人達には絶対に見せられない顔だ。
アリスはそっとホノカから視線を外し、仕方ないので自分は普通にかっこいい男性ウオッチをしようと思った。
「くっ……あの伯爵、私に恨みでもあるのかしら?」
アリスが毒づく。
彼女は今、騎士候補の訓練生と一緒に走っていた。
ホノカが定期的に回復魔法をかけてくるので一向に疲労がたまらず、ついていけてしまう自分が恨めしい。
これでは適当にぶっ倒れることもできない。
走りながら回復魔法をかけることによって魔法の訓練になるのだ。
かけられているアリスがその効果を保証してしまうほどに、どんどん彼女の魔法は効率的になっていく。
「アリス姉さん、楽しいですね……」
騎士団の候補生たちは美形が多い。
あれこれと妄想を展開させているのか、声が弾んでいた。
しかも候補生たちはホノカという美少女の参加にやる気をみなぎらせている。
いいところをみせてホノカの気を引こうと頑張っている。
一人を除いて実にウインウインの関係だ。
「さて、体も温まったことですし、魔法の訓練に入りましょうか」
こともなげに伯爵が追い打ちをかける。
休む間もなく別の訓練に入った。
予約が上手くいかなかったので、一日遅れで投稿しました。
楽しみにしていた方には申し訳ないです。