魔力が減ると? 2
コンラート伯爵に関わりたくないジャックは、警護をオルベルトにかわってもらっていた。
学生時代のジャックと伯爵の思い出をちょっとだけ知ってしまったホノカに不満はない。
「ああ、懐かしいですね」
ジャラジャラと腕で主張している魔法具に気が付いたオルベルトは懐かしそうに笑った。
ジャックほどではないが、オルベルトも魔力の量はそれなりに多い方だ。
「オルベルトもこれがなんだか知っているの?」
「ええ。これは教会の管轄になっている魔法具なんです」
うそ発見器に続いて魔力放出器と立て続けに物騒な道具が教会管理とくると、さすがにアリスは教会の行く末が心配になってきた。
彼女の表情に気が付いたのか、オルベルトは安心させるようにほほ笑んだ。
「使い方によっては危険な道具なので、一般に広がらないように管理しているのですよ」
「……どこの誰が使いたがるんですか?」
好奇心に負けてアリスは聞いてしまった。
「魔力切れを体験させたい貴族や学校ですね。あとは魔力の高い犯罪者とか」
慈悲深い笑顔で言われたアリスはやはり聞くんじゃなかったと後悔した。
「私も使ったことがありますが、面白い感覚ですよね」
「面白い、のかな?」
現在進行形でだるくてしょうがないホノカは首をひねる。
「自分の体が思う通りに動かないなんて、めったにない経験ですから」
それがどんな場面なのか、ちょっと怖い想像ができてしまったアリスは口をつぐんだ。
ホノカを見れば口元が緩んでいる。
けだるく動きが鈍いオルベルトを想像しているのだろう。
その隣に誰を想像しているのかは興味ないが、菩薩のような美しい微笑みには納得がいかない。
神々しい微笑とはかけ離れた下種な妄想に浸るホノカからアリスはため息とともに目をそらした。
「明日はもっと体が動かなくなりますよ」
悪魔のような宣言を、教会の騎士は清々しく告げた。
目が覚めたホノカは驚いていた。
重力が変わっていた。
そう錯覚するほどに体が重い。
「マジですか……」
自分が健康だという事は自分が一番よくわかっている。
それにもかかわらず、体全体が重くなったように動けないのだ。
なんとかベッドから起き上がるもだるくて背中からベッドに戻る。
オルベルトから聞いていた通り、ものすごい倦怠感が体を動かすことを拒絶している。
筋力が落ちたわけではない。
風邪で熱が出た時のような感覚なのだ。
「ホノカちゃん、起きた?」
ドア越しにアリスの声が聞こえる。
「アリス姉さん……起き上がれません……助けて~」
「入るよ?」
一拍置いてからアリスが部屋に入ってきた。
遅れて二人のメイドが中に入ってくる。
「オル様の予想通りだね」
「はいぃ……動くのもおっくうです……」
「だろうと思って助っ人を連れてきた。それじゃあよろしく。またあとでね」
赤ちゃんか、と自分に突っ込みをいれたくなるくらいにメイドさんにはお世話になったホノカだった。
家を出てから訓練所へ移動する際にはオルベルトに背負ってもらった。
教室代わりの城の一室でホノカはようやく一息つけた。
「オル~、ありがとう~」
「どういたしまして。今日も訓練、がんばってね」
天使のような微笑みにホノカは人形のようにこくりと頷く。
「そこは頬を染めて頷くところじゃないの?」
「なんで?」
心底不思議そうなホノカの様子にアリスは苦笑するしかない。
「あぁ、うん、なんでもない。オル様、お疲れさまでした」
「僕も経験があるからわかるけど、無理はしないようにね。君もだよ、アリス」
天然には敵わないと思いつつ、アリスの方が顔が赤くなりそうだった。
その様子をホノカがにやにやしながら見ていることに気が付き、慌てて表情を引き締める。
「では、僕は失礼するよ」
爽やかなイケメンは爽やかに立ち去っていった。
アリスと二人だけになったホノカはもはやニヤニヤと冷やかす気満々だ。
「オルとアリス姉さん、なかなかお似合いですよね~」
「聖女様には負けるわ~」
「いえいえ、アリス姉さんこそ会話も弾んでましたわよ~」
「オル様は見ているだけでいい。観賞用。昔から神主と坊主は苦手なのよ」
「えっ、そうなんですか?イメージ的にはトムとジェリーな感じなんですけど」
「どっちが猫でどっちがネズミかは追求しないであげるけど、仲良く喧嘩って感じでもないし」
今も昔も、普通に境内で悪さをして怒られただけである。
「いい感じだと思ったんだけどなぁ……」
「もはや自分じゃなければ誰でもいいとか思ってない?」
「まさか!ちゃんとアリス姉さんの幸せは願っていますよ!」
そこだけは譲れないといわんばかりの顔をしているが、結局は恋愛ルートの肩代わりをさせようという企みがあることには変わらない。
「まぁ、いいけどね」
ホノカが何と思おうが、アリスは彼らと恋に落ちる気はない。
アリスの理想は、前世の夫のような男性だ。
容姿は覚えていないけれど、愛されていた記憶は鮮明に残っている。
あんなふうに愛せる、そして愛してくれる男性がアリスの理想なのだ。
しかしアリスは大事な事を一つ、忘れている。
愛とは育むものなのだ。
好意から愛へと変わっていく過程がすっぽりと抜け落ちている。
出会いがなければ恋も愛も始まらない。
そんな単純な事にアリスは気が付いていなかった。
クローディアとコンラート伯爵が遅れて部屋にやってきた。
「おや、気絶していませんね」
小さな声で呟いたのでホノカには聞こえなかったが、近くにいたアリスにはばっちり聞こえていた。
二度見しなかった自分を誉めてあげたい。
「まだ枯渇しそうもないですな」
「昨夜、休んだ分だけ回復されたのでしょう」
クローディアの説明に伯爵は納得したように頷いた。
「ああ、それは忘れていました。では、もう少しこのままで過ごしましょう。さっそくですが、基本魔法からいきましょうか」
「は?」
思わずホノカは聞き返していた。
魔力が底をつきそうなことはわかっているが、それを早めようという伯爵の鬼畜さに身震いする。
「魔力切れは痛くないですよ」
痛みはないが、ものすごい倦怠感と場合によっては気絶をするだけだ。
「自分の限界を知ることは大切です。ドットさん、ホノカさんのブレスレットをすべて外してください」
ここから先は、なけなしの魔力を使っての実地で消費だ。
ブレスレットを外しながら、ここから地獄を見ることになるのかと心の中でホノカに手を合わせる。
「あれ~、倦怠感はないけど、なんか力が入らないような感じ」
「それが魔力切れですよ。いい感じで魔力がなくなっているようですね。小さな明かりをともしてごらんなさい」
「ライト!」
呟いたホノカの手のひらに、小さな光の塊が浮かび上がる。
それはまるで蛍の光のように小さくてふわふわしている。
「おや、詠唱はしないと聞いていたのですが……」
「細かな使い方は詠唱した方がコントロールしやすくて」
ホノカの返事に伯爵は楽し気に微笑んだ。
「普通は逆なんですが、やはり魔力量の差なのでしょうか。いやいや、ジャック君はどちらも無詠唱でしたから一概には言えないですね……」
アリスの気のせいでなければ、伯爵のホノカを見る目は実験動物を見る怪しげな科学者そのものだ。
「では、そのまま継続してください。暇なら雑談でもしましょうか」
そういって伯爵は本当に雑談を始めた。
主にホノカへの質問だが、好きな食べ物から苦手な動物など様々な事を聞いている。
どうみても個人データーを集めているようにしか見えなかったが、伯爵の話術は巧みでホノカも楽しそうなのでアリスは何も言わなかったが、はたから見ていると色々とわかることがある。
隠しキャラの要素が満載な性格だ。
教師と生徒なんてありがちな設定だろう。
馬鹿な子ほど可愛いとも言う。
研究対象に惚れこむというのもありだ。
伯爵という地位を考えても問題ない。
騎士団の二人より、むしろ彼が隠しキャラであってほしいとアリスは秘かに思っていた。
しょせん、乙女ゲームの主人公と攻略対象なんて他人事なのだ。
モブポジションを思う存分楽しむつもりであり、その中にはホノカが誰とくっつくのか想像するという事も入っている。
アリスもまた、恋愛に関してはその辺にいる女の子達と変わらない考え方の持ち主だった。
その日、ホノカは初めて魔力切れという体験をした。
重力が十倍になったようで身動きができないらしい。
「それでは明日から、特訓に入りましょうか」
老伯爵はいい笑顔で帰っていった。