体力テスト
雑談で時間をつぶしていると、リリィが用意ができたと呼びに来た。
そして案内された場所は、なぜか騎士団の訓練所だった。
「それではホノカさん。今から体力テストを行います」
「え?なんで体力テスト?魔法のテストじゃないんですか?」
ホノカの疑問ももっともだが、コンラート伯爵は有無を言わせない笑顔を浮かべた。
その瞬間、逆らったらいけないという本能がホノカに警告する。
「はい、がんばりますっ!」
微妙な危険察知能力に呆れているアリスにコンラートが視線を向ける。
「アリスさんもご一緒にどうぞ」
付き添いの範疇ではないと断りをいれようとしたが、リリィに訓練用の着替えを押し付けられたために断りそびれた。
リリィの監視の元、別室で動きやすい服装に着替える。
丈夫な生成りで作られた運動用の服だ。
戻ってきた二人にコンラート伯爵はいい笑顔で告げた。
「まずは体をほぐしましょう」
そういう彼の服装は、騎士が訓練時に着る服に変わっていた。
「あ、あれ?コンラート伯爵って校長先生みたいな立場だって……ですよね、アリス姉さん」
「私もそう聞いていたけど……年齢的にも教室で座学じゃなかったの?」
漲るやる気は熱血な体育教師のようだった。
第一印象の、穏やかなインドアタイプはどこへいったのだろうか。
「いかにもアスリートみたいなオーラがまた……しかも嬉しそうなのはなんで?」
やはりあの時に感じた悪寒は間違っていなかったのだとホノカは思った。
よくあるストレッチ運動をこなす。
汗がうっすらとかくまでそれは続き、ほどよく体があったまった頃を見計らって伯爵が声をかけた。
「それでは、ぶっ倒れるまで走ってください」
「「えっ?」」
ぶっ倒れるまでという言葉に耳を疑う。
「きちんとタイムを計ります。手抜きはダメですよ」
コンラート伯爵はなぜか人差し指だけをたてて胸の前に持ってくる。
その指先では線香花火を思わせるような、パチパチと音を立てながら光の線が短く四方八方に伸びては消えていく。
言葉にしなくても二人は悟ってしまった。
手抜きをすれば、彼の放つ魔法にやられる。
蒼白になる二人は首を大きく縦に振った。
「二人とも、がんばってくださいな」
クローディアの美しい微笑みも、今は悪魔の微笑みに見える。
なぜこの状況で普通にいられるのか、それともこれが普通なのか。
魔法を扱う授業ではこれが普通なのか。
わからない、と思いながら二人はゴールのないマラソンに向けて一歩を踏み出した。
魔法がどれだけ扱えるかのテストのはずだ。
なぜゴールのないマラソン?
なぜ踏み台昇降?
なぜ剣を振り回す?
なぜ盾や鎧を装着して短距離のダッシュ?
「……体力テスト、ですよねこれ」
ゼイゼイ言いながらも話す気力のあるホノカとは違い、アリスはぼろ雑巾のように地面に倒れていた。
指一本動かしたくないし、しゃべりたくもない。
このまま溶けて眠れたらどれだけ幸せだろうかと妄想する辺り、思考も疲れ切っているようだ。
「ホノカさんはなかなか身体能力が高いですね」
「えへへ……」
褒められてちょっと嬉しい。
真夏の日差しの中、真冬の極寒の中、長蛇の列にひたすら並ぶ忍耐力。
広い会場を一日中さまよい、増えていく荷物を抱えながら帰路につく体力。
大人買いをすべくバイトに精を出し、ウエイトレスで磨き上げた体のキレ。
コスプレ仲間と殺陣の練習で身についた武器の持ち方。
現代っ子とはいえ、腐女子街道まっしぐらなホノカは己の趣味を突き進むうちに自然と鍛えられていたのだった。
「ただの魔法使いなら体力は必要ないが、優れた魔法使いには体力が必要だ。なぜなら魔力が切れたときに体にかかる負担が大きいからね。それに、魔法をかけるまでの間に相手がじっとしていてくれるとは限らない」
「なるほど……。魔力切れってそんなに大変なんですか?」
素朴な疑問に伯爵はおやっ、というような顔をしたあと、したり顔で頷いた。
「ああ、そうだね。一度は経験しておいた方がいいかもしれない」
余計な事を言った、とホノカは激しく後悔したがもう遅い。
クローディアが情報を補足する。
「ですが伯爵、聖女の魔力量はジャック様と同じく膨大です。そう簡単には魔力切れは起こさないと思います」
「余計な事を言うなーっ」
ホノカの絶叫は完全に二人はスルーだ。
「それは問題ない。ジャック君と同様なら、一日もあれば魔力切れをおこすだろう」
嫌な宣言にホノカは眩暈を覚えた。
今更だが、ジャックの嫌がりようがわかる気がした。
次の更新は来週の土曜日の予定です。