隠しキャラ? 2
自己紹介をかねたお茶会が終わると、コンラート伯爵とクローディアはホノカの今の実力を見るための準備に部屋を出ていった。
残されたアリスとホノカは大人しく二人だけのお茶会を続けている。
「アリス姉さん……」
「ん~、何?」
「ままままさかとは思いますけど、コンラート先生に一目ぼれなんてことは……」
「それはない」
速攻で返ってきた答えにホノカは胡乱なまなざしをよこす。
「どーかなぁ……アリス姉さんの好みっていまいちよくわからないし……ジャックを推そうと思っていたけど、先生が好みとなると難しいよね……」
「何を言っているのかわからないけど、私がコンラート伯爵に思う気持ちは恋じゃないわよ」
「えっ、でもうっとりした顔で見てましたよね」
そう突っ込むとアリスの頬がちょっとだけ赤く染まった。
初めて見る、アリスの恥じらう表情。
これは、とホノカが息をのむ。
「あ~、うん、まぁね。顔も思い出せないけど死んだ連れ合いがあんな感じだったなぁって……」
その連れ合いが前世の夫だという事にホノカはすぐに気が付いた。
予想外の答えについつい口がぱっかりと開いてしまう。
懐かしむようにアリスは微笑んだ。
「侍から軍人といった家系でね、その影響からか凛とした佇まいでとても姿勢の綺麗な人だったわ。穏やかで落ち着きがあって、あまり物事に動じない人で……真面目だけど融通のきく性格だったから後輩たちにも慕われていたの」
とても幸せそうに微笑むアリスにホノカは見惚れた。
見ているこっちも胸の奥がほんわりとしてしまう。
「顔は思い出せないけど、きっとコンラート伯爵のように素敵な方だったに違いないわ」
大事な事なのか、顔が思い出せないと二回も言った。
過去の恋愛を語るというよりは、恋愛に夢を見る少女のような表情だった。
「……アリス姉さんって、金にがめつ、じゃなくて恋愛にはピュアなんですね」
意外と恋愛に夢を見ているのかもしれない。
雰囲気だけをしっかりと覚えているらしく、色々と脳内変換が激しそうだ。
人のことは言えないホノカはそんな風に思った。
現実主義なアリスの意外な面を見てちょっとほっこりしていたホノカだが、次の言葉にあっけにとられるのだった。
「コンラート伯爵が隠しキャラって可能性はないの?」
「は?え?隠しキャラ?格闘ゲームならともかく乙女ゲームですよ」
師匠が仲間になるという展開はありがちだが、どちらかといえばパーティーを組んで戦うようなジャンルだろう。
映画だと最後の方で主人公を逃がすために一人残るという王道キャラだ。
「ありえませんって」
「私が覚えている乙女ゲームにいたよ、おじいさんの攻略キャラ」
「マジで?」
「うろ覚えだけど、スパイ養成所の所長だったかな。白髪白髭の渋いキャラだったよ」
「マジか……というか、攻略したんですね……」
アリスはちょっと照れくさそうに笑った。
「死んだ夫に似ていたからもう思い入れもひとしおだったなぁ……」
おじいさんキャラに需要があったことにホノカは驚きだ。
だがカッコいい老人スパイが新人のスパイに手取り足取り寝技を教えるというシチュエーションも腐女子としては押さえておきたい。
想像するあまりよだれが垂れたホノカを見て我に返ったアリスは慣れた手つきでハンカチを渡す。
黙って受け取って拭うと、ホノカはテーブルの上に置いた。
「話を戻すけど、アリス姉さん、あの人は隠しキャラじゃないですから」
「そうなんだ。じゃあ、余計な事を考えずにすむね。……ファンディスクとか追加シナリオにないの?」
可能性の一つに、本編で攻略対象ではないが人気があったために続編やリメイク版では攻略対象になっているケースもある。
「……まさか。だって魔法はジャックからしか教わらないし」
「絶対とは限らないでしょ」
ファンディスクなら本編とは関係ないのでそれもありだ。
「えっ、まさか……でも……いやいや、ありえないって……」
百面相を繰り広げるホノカを見てアリスはくすりと笑った。
「全部をやり込んだわけじゃないなら、可能性はあるわけだ」
「アリス姉さん、からかってますね?」
「あはは、バレたか。恋愛ルートの身代わりを押し付けようとしたお返し」
にやにやと笑うアリスにホノカは何とか反撃を試みる。
「ううう……でもほら、彼らと結婚したらアリス姉さんは玉の輿ですよ。商売も安泰じゃないですか」
「彼らは主役のためにそろえられた人材でしょ。私はモブでいいから関係ない」
「またまたぁ。アリス姉さんは絶対にモブじゃないですよ。案外、続編の主人公だったりして」
「ないない。乙女ゲームの主役って柄でもないし、そんな立ち位置じゃないし。せいぜいチュートリアルなキャラとかだよ」
乙女ゲームの主人公といえば、異世界召喚、貴族の娘、辺鄙な村の娘、過去に悲劇があった娘などだ。
アリスはどの条件にも当てはまらないごく普通の?商家の娘だ。
どうがんばっても主人公の友達止まり。
「……恋愛じゃなくて商売系のシュミレーションゲームならありかもね」
己の才覚で成り上がっていき、最終的に商会ギルドの長の座につく。
アリスのいやらしく緩む口元に気が付いたホノカは呆れるしかない。
「ギルド長を狙っていたんですか……」
「商売をやるものなら、最終的にはそこでしょう。といっても私はその気はないけどね。一応、結婚して旦那様を支えるのが理想だし」
アリスの年齢=恋人いない歴。
内助の功よりも対等なパートナーと商売繫盛と言われたほうがよほど頷けるというものだが、あえて突っ込み入れなかったホノカだ。
そもそもアリスの前世の知識を生かした商売路線についてこれる、もしくは上回る頭の持ち主となれば経験豊富なおじ様しかいないような気がする。
「それより、テストって何かしらね」
「アリス姉さんでもわからないんですか?」
「当然、わからないわよ」
ただの学校では魔法の授業は基礎知識のみで2時間ほどで終わる量しか教わらない。
魔法の種類や用途、魔法使いという職業についてと魔道具にどんなものがあるかという表面的なものをさらっと教わる程度で実技の授業もない。
さらに上の学校に進んで初めて魔法に関する授業があるのだが、上の学校に進学せずに商売の世界に飛び込んだアリスだ。
今でもそれは英断だと思っているし、ひとかけらの後悔もない。
「大多数の一般庶民はね、魔法とは生活をちょびっとだけ楽にしてくれるものなの」
「ちょ、ちょびっとですか?」
「薪に火をつけるライターの代わりとか、手元を照らすだけの懐中電灯、空気の入れ替え程度のそよ風、むずがる赤ちゃんをあやす精神干渉とか」
「なんか最後に怖いのがキターッ!」
頷きながら聞いていたらとんでもない魔法があって思わず叫ぶ。
「それだってせいぜい赤ちゃんを眠りに誘うとかその程度だよ。ハイハイできる頃には効かなくなるし。おしゃぶりの方がよっぽど大人しくなるしね。あってもなくても困らないものが庶民にとっての魔法なの」
「でも魔法使いって職業はありますよね」
「だから特殊な才能なんだって。全人類が百メートルを十秒で走れないのと同じ感覚。遺伝的に貴族なんかは魔法が優れているから陸上部で全国大会なんかの常連、ジャック様クラスは世界陸上の常連さんって感覚でしかないよ」
ホノカに分かりやすくアリスは説明する。
「走るのは誰だってできるけど、百メートルを十秒台となると生まれ持った素質とか才能の問題。走るのが遅くても自転車や車を使えば間に合うのと同じで、魔法がなくても道具を使えば問題ないって認識なの」
ホノカはちょっと不満そうだ。
剣と魔法の世界といえばやはり過剰な期待をするなというほうが無理だろう。
「ええ~、転生者はたいていチート魔法を持っているのが定番ですよね」
「チートなのはジャック様だけで充分、おなかいっぱい。そもそもモブの平民に何を期待してるの?私は平民にふさわしい平凡な魔力しかないわよ」
胸を張って堂々と能力のなさを自慢する。
自分がモブだと思う根拠でもある。
あくまでも前世の記憶をちょこっともって生まれただけで、他の人たちと何も変わらない。
前世の自分と今の自分は別人で、別の人生を歩んでいるというしっかりとした考えがあった。
日本人として生きた続きではなく、何もかも別なアリスという人生なのだ。
「でも、まぁ、魔法って私には一生縁のないものだと思っていたから、ちょっとだけわくわくしているのは認めるけどね」
「……アリス姉さん、他人事だと思っていますね」
「当然でしょう。神力をあげる修行は聖女がやらなきゃ意味がないじゃない」
「ですよね……」
がっくりと落ち込むホノカだが、ちょっと期待もしている。
聖女と一緒に魔法の授業を受けることによってアリスの秘めた魔力が解放されるというご都合主義な展開だ。
できれば聖女の力に目覚めてほしいものだ。
そうすれば聖女の立場を押し付けられる。
ホノカはこの世界の神様に心の中でお願いをしていた。
(どうかアリス姉さんが神力に目覚めますように)
夏の間は忙しいので土曜日のみ更新予定です。
蛇足ですが、おっさんではなくおじいちゃんキャラを攻略する乙女ゲームは存在します。