長い一日 4
「オーダー入りましたーっ、ミタラシ三本、アンコ三本、抹茶三杯、4番テーブルでーす」
どこの居酒屋だよと突っ込みたくなるくらい場になじんでいるホノカを見て、フェルナンだけでなくアリスもあっけにとられた。
溌溂とした綺麗な笑みを浮かべてくるくるとテーブルの間を踊るように抜けて運んだり、オーダーをとったりと手際がいい。
「こちら、食器を下げますね。どうぞごゆっくり~」
見事な接客ぶりに、ウエイトレスとして雇いたいとアリスは切実に思った。
「ホノカ……」
フェルナンは愕然としていた。
全身で働くことが楽しいというオーラを放ち、見たこともないくらいに輝く笑顔を浮かべている。
城にいたころのホノカは伏し目がちであまりしゃべらず、視線を自分から合わせることがあまりなく、置物のようにじっとして動かなかった。
別人のような生き生きとした表情がフェルナンに向けられ、そして硬直した。
「あ…………」
フェルナンもまた別人のように生き生きとしているホノカにどう接していいのかわからないようだった。
「ホノカ、おいで」
やわらかい笑顔でフェルナンの前に立って二人の視線を遮り、声をかける。
「アリス姉さんっ!男前ですぅ」
周囲に花でも飛ばしそうな勢いでホノカは手を胸の前で組み、祈るようなポーズをとる。
「えっ?」
愕然としているフェルナンをよそにアリスはホノカの手をとり、店の外へ連れ出した。
アリスが男なら、これから駆け落ちでもしそうな雰囲気だ。
慌ててフェルナンも後を追いかける。
手をとられたままのホノカはちらちらとフェルナンを見るが、その顔は先ほどまでの表情とは違い、どこか怯えている。
ここにきてようやくフェルナンは今まで見てきたホノカは本来のホノカではないことに気が付いた。
彼女は大人しい女の子ではなかったのだ。
アリスはぐるりと外から店の裏手にまわると、裏口から入ってこじんまりとした応接室へと向かった。
「ホノカはそこに、アストゥル様はそちらに」
向かい合うように座らせると、その間のテーブルに紅茶を入れて出す。
その間、ホノカは黙ってテーブルを、フェルナンはそんなホノカをじっと見ていた。
身をすくませ、びくびくとしている少女にはさっきまでの生き生きとした表情はない。
「さてと」
アリスはホノカの横に座り、安心させるように手を握る。
「アストゥル様なら、先ほどのホノカの表情を見ればお分かりになりますよね?」
「……認めよう」
ふっ、と緊張を解くようにフェルナンは肩の力を抜いてほほ笑んだ。
「聖女に無理強いをするつもりはない。世界を救ってくれればどこに住もうが何をしていようが構わない」
ホノカの人を見る目は確かにあるようだ、とアリスは自身で入れた紅茶を口に運ぶ。
本質を押さえてそれに向かって動くから臨機応変に対応できるのだろう。
言い換えれば、目的のためには手段を選ばないタイプでもある。
「では、彼女が我が家に住むことに同意していただけるのですか?」
「彼女には気持ちよく仕事をしてもらいたいからね」
「いいんですかっ!」
目をキラキラさせながらホノカが念を押す。
「もちろんだとも。聖女様のやる気が第一だからね。ただ……頑固者たちをどうするかだ」
「頑固者?」
「教会と王子と老害と王子」
身もふたもない言い方にアリスは唖然とする。
しかも王子と二回言った。
ホノカは平然としているところから、フェルナンという人物は普段から毒舌家なのだろう。
「教会なんかもう、よだれ垂らして聖女様を見ているからね」
「象徴にもってこいですもんね……。同じ看板でも規模が違うし」
自分で振っておいてなんだが、政治的な話にアリスが返事を返すとは思わなかったフェルナンは彼女自身に興味が出てきた。
「ドット嬢の学歴は?」
「市井の義務教育だけですけど」
フェルナンは意外そうにアリスを見た。
「高等な教育を受けたのかと思ったが……そうなのか。もったいないな。私の部下に欲しいくらいだ」
アリスの頬がひきつった。
「過分な誉め言葉かと」
謙遜しつつにっこり笑うが、内心は絶対に嫌だと思っていた。
「さてホノカ。貴女はどうしたい?」
「わ、私はアリスさんのもとで寝起きしたいですっ!勉強は今まで通りで構いませんっ、ここからお城に通いたいですっ!」
「それを確約してくれるのなら、こっちは私がどうにかしよう」
「ありがとうございますっ!」
ホノカはまっすぐにフェルナンを見ながらお礼を言った。
何度も聞いてきたありがとうと明らかに違う声音にフェルナンは苦笑するしかない。
「聖女様が快適に過ごせるよう調整するのが私の役目ですからね」
やわらかくホノカに微笑んでから、少し意地の悪い笑みでアリスに視線を移す。
「ただ……ドット嬢の周りが少々騒がしくなるのは我慢してください」
決定事項かよっ、と心の中で突っ込みを入れるが口には出さない。
ただ、フェルナンの目に面白がるような色合いがあるのが嫌な予感を掻き立ててくれる。
「では、今日は私が城まで送りましょう。今なら昼食に間にあう」
「アリス姉さんも一緒に!」
姉さんが姐さんに聞こえるのは気のせいだろうか。
思わず現実逃避をすべくそんなことを考えていた。
「アリス姉さんが一緒ならいいですっ!」
「えっ、別にアストゥル様が……」
「いやですっ!怖いんです、不安なんです、このまま城に監禁されちゃったらどうするんですかっ!」
意外と考えているのだなと変な感心をしていると、ホノカががしっとアリスの腕に絡みついてきた。
「ぜーったいにっ!離しませんっ!死なばもろともです!」
「……決意はわかるけど、使いどころが間違っていると思うよ」
フェルナンが呆れながらも突っ込みを入れ、アリスを見た。
「一蓮托生、かな?」
アリスはがっくりと肩を落としてうつむくしかなかった。
煌びやかな部屋へ通され、最初にため息が出た。
絢爛豪華な一室は何もかもが素晴らしい。
左側にホノカがしがみついていなければもっと素晴らしい。
そして上座に座って眉間にしわを寄せてこちらを睨みつけている男がいなければもっと素晴らしい。
「フェルナン、その女は何だ?」
「クリス、落ち着い……」
「聖女をさらった首謀者を捕らえろ!」
フェルナンの言葉を遮って男が怒鳴り、部屋の壁際に並んでいた衛兵たちが一斉にアリスたちを取り囲んだ。
「やめてくださいっ、アリス姉さんはっわわわわわっ」
健気にもホノカはアリスから手を離し、彼女の前に両手を広げて立ちはだかった。
ここまではよかったが、兵士の一人がホノカの手を引っ張り、アリスから離して保護する。
「アストゥル様……って、素早い……」
隣にいたはずのフェルナンはいつの間にか兵士の向こう側にいて、アリスは剣を抜いた兵士に囲まれていた。
「おねーさまーっ!」
「連れていけっ!」
ホノカの声と王子の声が重なるのを聞きながら、アリスは抵抗の意思がないと両手を広げてじっとする。
逆らっていたい思いをするのは嫌なので、逆らわない。
「丁重にね」
フェルナンが笑いを含む声で兵士に一言添えると、兵士が小さくうなずいてアリスの手を取った。
「こちらへ」
何が悲しくて兵士と手をつながなければいけないのか。
それも牢屋までのエスコート。
アリスの手を取っていた兵士は表情一つ変えることなく彼女を鉄格子のなかへお連れした。
そう、敬語を使いたくなるほど丁寧に扱ってくれたが場所は牢屋である。
先に牢屋に入ると頭上に注意と警告し、膝をついて彼女が小さな入り口から中に入るのを手伝い、無駄のない動きで外に出ると無情にも鉄の扉を閉めて鍵をかけた。
ちっとも嬉しくないアリスはそれでも小さくお礼をいって簡易ベッドに腰を下ろした。
慌てず騒がずゴロリと横になると、アリスは目を閉じてこれからの事を考え始めた。