アナタハ カミヲ シンジマスカ? 1
朝一番に登城したアリスとホノカはクリス王子とフェルナンに面会を求めると、ふきげんそうな仏頂面とへらっとした笑顔と二人はすぐに会うことができた。
聖女様は最優先事項なのだ。
「クローディアの授業を受けずに話すくらいなのだから、よほど重要な事なのだろうな?」
クリス王子の嫌味など右から左のアリスは真面目な顔で頷いた。
真剣な表情と興奮した空気をかもしだしているアリスは隣でしおらしくうつむいているホノカをちらっと見てから視線を二人に戻した。
「昨日、ホノカ様と色々とお話をさせてもらいました」
一息ついて、さも深刻そうな顔を作る。
「どうか怒らずに聞いてほしいのです。自分を取り巻く状況に恐れおののき、言い出せなかった彼女の気持ちを汲んでください」
「だから、何なのだ」
なぜか王子は苛立っている。
ホノカの様子が気になって仕方ないのだが素直ではないのだ。
「まぁまぁ、そんな喧嘩腰になったらアリス嬢も言い出しにくいよ」
いつものように軽い口調でとりなすフェルナンだが、目は面白がるようにこちらを見ている。
一挙一動見逃さないとばかりに。
「お二方は、神様を信じますか?」
「「…………………」」
なぜか二人は黙り込んだ。
互いに目を合わせるとすぐにそらし、フェルナンが困ったように笑いながらアリスに声をかけた。
「そういった話はオルベルト君にしてくれる?」
宗教関係の話は宗教関係者にしてほしいし、宗教の話を朝からしたくないのが普通の人の反応だ。
「ちなみに私は商業の神を崇拝しています」
誰も聞いていない。
そんな眼差しを受けつつ、アリスは口を開いた。
「ホノカ様はこの世界に召喚されすぐに神託を受けたそうです」
二人の顔がこわばった。
「なんだと?」
クリス王子の強い視線がホノカに注がれる。
苛烈なそれに怯えたホノカはアリスの背中に隠れた。
相変わらずな二人の様子にフェルナンはやれやれと言わんばかりに間に入る。
「クリス、落ち着いて。それで、神託は何と?」
「何者かによって封印が汚されると。その時期は……今から三か月後だそうです」
最後にためを入れ、沈痛な面持ちでアリスは重々しく告げた。
「ホノカ、それは本当なのかい?」
真剣な面持ちでフェルナンが問いかけると、ホノカはそっとアリスの背中から体を半分だけ出して頷いた。
「ごめんなさいっ!今まで黙っててごめんなさいっ!怖くて言えなかったの!言っても信じてもらえないかもしれないし、頭のおかしな子だって思われたらどうしようって……」
「ホノカ様を責めないでくださいっ。赤の他人にそんな事を言ったらどう思われるかわかりますよね?私だってよく知らない人にそんな事を言われたら頭がおかしい人だって思いますもの!」
ホノカの弱弱しい謝罪の後にアリスがこれでもかと畳みかける。
「神を信じますかっていきなり話したらさきほどのお二人のような反応が普通ですよね」
ついさっき、何言ってんだこいつと思った二人は言葉に詰まる。
そんなことはない、という言葉が封じられた。
信仰はあるが信心はないというのをアリスの言葉で自ら証明しているので、今更信じるなんて言っても白々しいだけだ。
「言えなかったホノカ様のお気持ちはわかっていただけますよね?召喚されて親兄弟友人すべてと引き離されて心細かったところにご神託、でも周りは知らない人達ばかりで話すこともできずにずっとこんな重い秘密を抱え込んで……」
涙は出ていないがいつの間にか出したハンカチでそっと目頭をぬぐった。
「聖女という重圧を受け、親しい人もいないし相談できる人もいない中、ずっとずっと苦しんでおられた聖女様の胸の内を思えば、よくぞ打ち明けてくださったと思わずにはいられません」
クリス王子は仏頂面だが、それはあくまでも表面的なものだとアリスは見抜いていた。
彼の眼差しは同情的なものに変わっている。
頭はいいが世間知らずな第二王子は悲劇のヒロインに弱いと相場は決まっている。
このチームで一番手ごわいのはチャラくて軽薄そうなふりをしているフェルナンの方だ。
フェルナンは困り顔でホノカを見つめている。
聖女という肩書がなければ虚言で世間を惑わす詐欺師として速攻で牢屋行きを命じていただろう。
「今まで言えなかったホノカ様のお気持ちはよくわかります。神のお告げが、なんて言っても疑いの目を向けられるだけですものね」
アリスが悲しげな顔でフェルナンをうかがうと、彼はアリスの嫌味をちゃんと理解しているらしく苦笑した。
それを見てアリスは次に進む。
「誰が、というのはわかりませんが、目的は明白です。封印を汚すことによって封印自体を弱体化させ、魔王の復活を早めようというものでしょう。それは断じて許すことはできない行いです」
厳かにアリスは告げた。
「魔王の復活はこの国、ひいてはこの世界の存続に関わることです。三か月の猶予で聖女様には神力を上げ、封印をより強固なものにしてもらわなくてはなりません。そこでフェルナン様にご相談があります」
淡々と言葉を重ねつつ視線をフェルナンに向けると、彼はすました顔でその視線を受け止めた。
「何かな?」
「クローディア様には昨日、魔法を教えることに特化した方を探してくださるよう手紙でお願いしてあります」
「ジャックでは不足だというのか?」
思わずクリス王子が横から口をはさみ、じろりとアリスを睨みつける。
アリスはそれを受けて立つようにしっかりと視線を合わせて頷いた。
「はい。彼は魔法使いであって、教師ではありません。今、ホノカ様に必要なのは優秀な魔法使いではなく優秀な教師なのです」
納得できる理由にフェルナンは頷き、クリス王子は黙る。
「三か月後、敵が封印を弱体化させることに成功した場合を考えれば、ホノカ様の神力アップは急務。それだけに集中させてほしいのです」
「どういう意味?」
「そのままの意味です。神力アップに関係ない事はやらせないという意味です。時間が惜しいのです、フェルナン様」
心の底からそう思うので、言葉には自然と力がこもる。
嘘偽りのない本心が。
「君は、聖女様の神託を信じるんだね」
「はい」
アリスはまっすぐにフェルナンを見た。
強固で揺るがないまなざしを受け、フェルナンのほうが動揺する。
雄々しい迫力に圧倒されたのだ。
「残念ながら、聖女様ご自身が今のままでは間に合わないと痛感されております。三か月後に起きるであろう出来事に、今のままでは対処できないのです」
「ホノカ」
クリス王子が優しさをにじませる口調で声をかけた。
「彼女のいう事は本当なのか?」
「はい……」
「本当に三か月後に起こるのか?」
「いつとはっきりした事はわかりません。ですが、三か月後にはそういったことが起こると……言えなくてごめんなさい……」
「いや、いいんだ。君は世界を救いたいと思ってくれたからこそ言ってくれたのだろう?よく話してくれた」
クリス王子がふわりとホノカに微笑んだ。
重大な事を打ち明けられ、信用されたのだと頭が春になっているのだ。
そんな王子を見ながらアリスは自分とホノカとのあからさまな対応の差に呆れるしかないが、表面上は神妙な顔でうんうんと頷いて見せる。
打ち明けたのは王子にではない、アリスにだ。
都合の悪い事はスルーらしいが、王子の態度を見るとホノカへの好感度は彼が一番高いようだ。
誤字脱字の訂正をしました。