七日に一度は悪巧み 8
「……私は、アリスと知り合えたことは神の導きと考えます」
「何を口にしているのかわかっているのか?」
「私は彼女と話をして気づいたことがありますの」
「それは何ですか?」
「私は聖女様の事を常に考えておりましたが、ホノカの事を何一つ考えていなかったのだと気づきました」
王子は不思議そうな顔をする。
「何を言っているのだ?」
聖女もホノカも同じではないか、という彼の心の声が聞こえたような気がした。
「私が彼女の立場であればどうか。そう考えるきっかけをくれたのはアリスです」
「聖女の立場がどうだというのだ?」
クローディアは扇を広げ、小さくため息をついた。
今の王子を見ていれば、自分がどうホノカに映っていたのか、どうしてホノカが心を開いてくれなかったのかがよくわかる。
わかるようになったのはアリスのおかげだ。
「……もしクリスが聖女の立場でしたら、どうします?」
「もちろん国を、世界を救うために誠心誠意つくすに決まっている」
少し前までクリスの考えはクローディアの考えでもあった。
だが、アリスに会ってその考えが間違っていることに気が付いた。
「不十分ですわ」
「何がだ?」
「考え方が、です。私は聖女の立場と申しましたね?」
「ああ……」
何が間違っているのかさっぱりわからない。
「クリス王子、あなたは異なる国、それも異なる世界のあったこともない人たちを救うために誠心誠意、尽くすことができますの?」
「なにを……」
「家族も友人もいない、誰も知らない世界を救えますの?最初、アリスにホノカを拉致監禁したあげくに強要して働かせようとしている、と言われたときは怒り心頭でしたわ」
クローディアは自嘲するように小さく笑った。
「ですが、冷静になれば彼女のいう事が正しいとわかりました。どんなに大切にされてもてなしを受け、この仕事をしてくれと丁寧に頼まれても、しょせんは人さらいの言う事です。断れば何をされるかわからない以上、引き受けるしかないのです」
「何を世迷言を。我々はお願いをする立場だ」
「ですから、前提が間違っているのです。相手は自分を好きなようにできるし機嫌を損ねれば殺されるかもしれない。そんな相手のお願いを断れますか?」
クリス王子は馬鹿ではない。
クローディアの言っていることはわかるが、認めたくないというのが本心だ。
聖女の召喚という行為が、拉致監禁と変わらないという事実。
それを認めるという事は、国王が人をさらってきて無理やりやらせていることを認めてしまうことになる。
自分たちが助かるために、少女をさらって働かせる。
だからクリスとしては絶対に認められないことだった。
「私たちは彼女を聖女として、アリスはホノカとして接していたのです。なるほど、ホノカが慕うわけですわ」
「だとしても、我々は最高の待遇で彼女を迎え入れたぞ」
「先ほども口にしたように、我々は彼女からすれば人さらいなのです。心を許すわけがありませんわよね」
聖女ではなく、ホノカの立場を理解すればあの態度には納得がいく。
自分が彼女の立場なら、ずっと嘆き悲しむだけだろう。
自分の事をわかってくれる人が誰もいない世界でたった一人、聖女として働かなければならない重圧。
もし彼らの期待に応えなかったら?
自分を殺して別の聖女を召喚する可能性だってある。
殺されるのは嫌だし、自分と同じ境遇の人を生み出したくもない。
だったらやるしかない。
ホノカの心境を思うと胸が痛む。
そのことに気が付かずにいた自分が恥ずかしい。
「私はアリスの考え方に賛成です」
「考え方?」
「この世界を好きになってほしいという気持ちですわ。顔も知らない誰かを救うよりも、よっぽどやる気が出るというものです」
打算が入るのは致し方ない。
「兄上はどうお考えなのだ?」
「なぜそれを気にしますの?カルロス様は聖女の担当ではありませんのよ」
厳しい言葉にクリスは口を閉ざす。
叱られたことに反発を抱くが、自分が悪いという理性的な部分が怒りという感情を霧散させた。
「……私はドット嬢を認めることができない」
「なぜですの?それは聖女のお心をつかんだ事に対する嫉妬ですか?聖女の事を相談されなかったことですか?聖女が自分の望む行動をとらなかったからですか?少し頭を冷やして考えたらよろしいかと」
容赦ないクローディアの言葉にクリスのライフはゼロに近くなった。
「目先のものに捕らわれて大局を見失うなど、執政者として資質を問われますわよ」
冷たく言われるよりも淡々と言われるほうが怖いという事をクリスは知った。
見放されたのではないかという不安がじわじわと押し寄せてくる。
「貴女の言う通りだ。少し、頭を冷やして考えてみよう」
よくできました、といわんばかりにクローディアがほほ笑んだ。
誤字脱字の訂正をしました。